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スイスも「投資スクリーニング」導入 外資呼び込みより安全優先

赤色のモニターを前に頭を抱える男性
世界的なライバル関係の激化により、スイスの議員たちは、ビジネスに対する開放性と、潜在的な敵対勢力から主要産業を守ることのどちらを選ぶかを迫られた EPA/WU HONG

スイスは安全保障上重要な産業を対象に、外国企業による投資・買収を事前審査の対象とする「投資スクリーニング」を法制化した。長年スイスの繁栄を支えてきた開放的姿勢からの転換となるのか。

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2014年5月、中国の炊飯器メーカー「広東伊立浦電器株式有限会社(Guangdong Elecpro)」がスイスの実験用航空機エンジンメーカー「ミストラル・エンジンズ(Mistral Engines)」を買収外部リンクした。この買収は、「外国の先進技術を獲得」し、ドローンおよびヘリコプター製造分野に進出する計画外部リンクを掲げる中国企業による数多ある対外直接投資の一環に過ぎず、世間の注目を集めることはなかった。

はるかに大型の買収が成立したのはその3年後。2016年2月、スイスの農業大手シンジェンタは中国の国有企業「中国化工集団(ケムチャイナ)」からの430億ドル(当時レートで約4兆6000億円)での買収提案に合意したと発表した。中国企業の国外海外企業買収では過去最大規模の買収額だった。この時には、特に米国の複数の農業州から、中国に世界の種子市場の大部分を明け渡すことで食料安全保障が脅かされるのではないかという懸念の声が上がったが、2017年6月、米国、欧州連合(EU)双方の規制当局の承認を経て買収が成立した。

それから10年も経たぬうちに、現在は世界各国がこうした取引を事前に審査するようになった。米中のマイクロチップやレアアースの輸出規制の応酬など米国、中国、欧州間の経済対立を背景に、各国は自国の重要産業の保護と資源確保に躍起になっている。ロシアによるウクライナ侵攻では、双方とも戦闘用ドローンを不可欠な武器として使用外部リンクしており、仮想敵国と技術共有することのリスクが浮き彫りとなった。

数十年にわたり経済成長を牽引してきた政策を継続すべきか、それともゼロサムゲームの傾向を増す現在の世界で交戦国になり得る国に戦略的重要産業および技術が渡るのを防ぐべきか――経済大国間で高まり続ける不信感を背景に、スイスの立法者は板挟みの状態にある。

中国化工集団によるシンジェンタ買収成立から1年後の2018年、スイス全州議会(上院)議員のベアト・リーダー氏はスイス企業への海外直接投資を審査・規制する法制度「Lex China(中国法)」の整備を求める動議を提出した。

長年にわたる政治的駆け引きと議論の末、スイス連邦内閣は2023年末、国の安全保障に関わる分野への外国投資を対象とした、初の公的審査制度導入法案を議会に提出した。

法案の内容

この「投資審査法」案では、電力網、発電、医療インフラ、電気通信、鉄道、空港、主要物流拠点など、国家安全保障と公共秩序に不可欠な特定重要分野を外国企業が買収する際、スイス政府からの承認を得るよう義務づけている。

連邦経済省経済管轄局(SECO)および関連当局は、買収が外国の国有企業または外国政府の代理で行われていないかや、重要インフラ、防衛関連分野など、安全保障上重要な分野において起こりうるリスクを考慮して買収案の審査を行う。

その他に、戦略的かつ非営利的な動機の存在の有無、買収後の意思決定における自立性の担保、雇用や技術力への影響なども考慮される。SECOは必要に応じてスイス連邦情報機関(FIS)と協議の上、買収の承認可否を決定する。この承認プロセスには1~3カ月要する見込みだ。

法案が物議を醸す理由

10月初旬に閉会した秋期スイス連邦議会では、審査対象を政府系企業のみに限定するか、民間企業も含めるかが争点となった。スイスの最高行政機関である連邦内閣や一部の議員は、民間企業まで対象に含めると、年間審査件数が10倍に膨れ上がると指摘した。

「対象を民間セクターにまで広げれば、多くの追加審査が必要となる」とギー・パルムラン経済相は述べる外部リンク。「そうなればビジネス拠点としてのスイスの魅力は損なわれるだろう。審査対象を限定すれば、スイスは他国に対する競争優位性を維持できる」

中国、ロシア、米国などでは、政府が直接支配していない企業であっても、企業活動は依然として政府の影響下にある、と一部議員は懸念を表明。オランダのコンサルティング企業Datennaは、2010~2020年の中国企業によるスイス企業買収のうち53%に中国政府が関与していたと分析している。

スイス上院議員のカルロ・ソマルーガ氏は「中国の超富裕層やロシアのオリガルヒ(新興財閥)が国策に忠誠を誓わねばならないのは周知の事実だ」と指摘する外部リンク。「米国にも、トランプ政権が掲げる『アメリカ・ファースト(米国第一主義)』に追随を余儀なくされている財界の大物たちは存在する」

ドイツはロシア産の安価な天然ガスに依存外部リンクしてきたが、それも考慮されるべきリスクの1つの例だ。ドイツは、ロシアの天然ガス企業「ガスプロム(Gazprom )」などによるドイツ国内の天然ガス貯蔵施設所有を認めてきたが、ウクライナ侵攻直後にロシアが天然ガスの供給を停止し、脆弱性が露わになった。

こうした懸念がある中、スイス下院は12月2日、国有企業による投資のみを審査対象とする修正法案を可決した。だが、パルムラン経済相は、審査範囲は将来的に広がる可能性があると強調した外部リンク

修正法案外部リンクは12月19日、上院でも可決された。

新たな法律制定を求める動議を2018年に提出したリーダー上院議員は「FDI審査法に自由貿易を禁止する意図はない。自由貿易を持続させるためのものだ」と述べる。

リーダー氏はドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガー外部リンクに「現在の地政学的状況を踏まえると、FDI審査法の制定は喫緊の課題だ」と述べ、その抑止力を強調した。「国が必要に応じて阻止できるようになれば、外国勢力による悪質な買収を未然に食い止めることができる」

他国の先行事例

スイスは同国初となるFDI審査法の策定段階にあるが、同法は欧州連合(EU)および経済協力開発機構(OECD)加盟国の約80%で既に導入されているばかりか、更なる規制強化も進められている。

2017年にはトランプ米政権が、中国政府関連ファンドCVCF(China Venture Capital Fund)の子会社が出資する投資ファンド「キャニオン・ブリッジ・ファンド(CBFI)」による米半導体企業「ラティスセミコンダクター」の買収を国家安全保障上の懸念外部リンクを理由に差し止めた。

また、同年開催されたEU首脳会談では、フランス、ドイツ、イタリアが「EU全体またはEU加盟国の根本的利益を損なう可能性のある買収からEU内の資源を保護すること」を目的に、EU域内におけるエネルギー、銀行、技術分野の外国直接投資を審査する枠組みを創設するよう求めた。 その後ドイツでは、国内の重要インフラ企業に対するEU域外投資企業による買収を政府が阻止できるよう法改正が行われた外部リンク。rms operating in critical infrastructure sectors.

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2024年、アメリカの対米外国投資委員会(CFIUS)は罰則と執行権限を強化外部リンクし、制裁金を20倍に引き上げた。さらに今年2月には、「アメリカ・ファースト投資方針外部リンク」と題する大統領覚書を発表。特定の同盟国からの投資については審査の迅速化(ファストトラック)の導入、規制緩和などの優遇策を示す一方、中国、ロシア、イランなど米国が敵対国とみなす国からの投資を厳しく制限する内容だ。

2024年、EUの内閣にあたる欧州委員会は、2020年に施工されたEU投資審査規則の制度強化に向けた改正案外部リンクを提示した。改正案には、すべての加盟国でFDI審査制度の導入、EU域外投資家の支配下にあるEU域内企業による投資の審査対象義務づけなどが盛り込まれている。改正案の採択は来年行われる見込みだ。

新興国でも進む導入議論

先進国でFDI審査制度の導入が進む一方、農業経済から付加価値の高い製造業への転換を図る新興国では、資金および技術面で外資による対内投資への依存度が依然としてはるかに高い。

南米諸国など新興国が国際金融市場で資金調達する場合、先進国よりも高い金利を負担せねばならない。このため外資企業による直接投資にハードルを課すことには慎重な姿勢だ。加えて、安全保障に関わる分野を外国資本が買収した場合に起こりうるリスクに対し、必要・盤石な法整備が整っていない国もある。

とはいえ、大国による南米での覇権争いや国家安全保障の重要性の高まりを受け、地域全体で外国資本による活動を見直す政治的議論が巻き起こっている。

投資審査と経済安全保障に関する独立・非営利のシンクタンク「CELIS Institute外部リンク」(本部・ベルリン)の今年の報告書によれば、南米最大の外国直接投資受入国であるブラジルが2006年以降に中国から受けている投資総額は570億ドル(約8.8兆円)に上る。しかしCELISの見立てでは、近年、ブラジルの政策立案者は国家安全保障を理由に外国資本の所有規制を強化しているという。

アルゼンチンでは、2012年の中国軍管轄の深宇宙観測所建設など複数の投資について、国内および米国政治家からの懸念が広がっている、とCELISは指摘する。チリでは2020年、戦略的分野に関する国家メカニズム創設法案が提出されたものの、その後はほとんど進展がない。

編集:Tony Barrett/vm、英語からの翻訳:鈴木寿枝、校正:ムートゥ朋子

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