国民投票 臨床試験と動物保護刑事訴訟の改善
3月7日に行われる国民投票では、人を使った臨床試験と動物保護法に違反した刑事訴訟の改善が国民に問われる。
人を使った臨床試験に関し、スイスには全州共通の法律が存在しない。これを統一するため、政府は憲法改正案を国民に問う。また、動物保護法に違反し刑事訴訟に発展した場合、動物側に立ち弁護する弁護士職の導入を求めるイニシアチブも問われる。
人を使った臨床試験
スイスでは、人を使った臨床試験は倫理的で非常にデリケートな問題であるにもかかわらず、法的整備が十分に行われていない。連邦では一部しか整備されておらず、各州間には共通の規制が存在していない上、まったく法的規制が明文化されていない州さえある。
政府と連邦議会は、人を使った臨床試験が医薬治療の向上に必要不可欠である以上、憲法による明確な枠組みを作成する必要があるとの考えから、2009年9月に「人を使った臨床試験の憲法改正案」を提案した。今回国民に問われるのは、この改正案の是非だ。
改正案には、被験者の尊厳と人格が守られることを基本の概念とした上で、被験者は臨床試験で起こり得る副作用なども含めたすべての情報を知らされること、その上で本人の了解を得ること、また、精神障害者や子どもなど、試験の危険性などを判断できない被験者の場合は特に考慮され、危険性や拘束性が最小限であるという条件のもとに許可されるべきであると謳 ( うた )っている。
また医療機関も、被験者がさらされる危険性とその実験の有効性を秤( はかり )にかけた場合、前者が勝る場合は、臨床試験を断念するなどの考慮を行うこと。さらに全ての臨床試験は被験者の安全性をほかの独立機関、例えば倫理的協会などが保証しなくてはならないことも規定されている。
しかし、国の倫理委員会 ( CNE ) のメンバーで倫理学者のルート・バウマン氏は、精神障害者など自分で判断できない人に関し
「最小限の危険性という条件で許可することを憲法に明記することは、判断できない人でも被験者にできることを憲法で保障するようなものだ。これは被験者の尊厳、人格の尊重という基本概念と矛盾する」
と懸念する。バウマン氏と同様、反対者の一般的意見は、この「自分で判断できない人」を被験者にしてしまう危険性にある。
一方、連邦議会をはじめ、賛成者はスイス全体に一律の規制が現在必要になっていること、またこの憲法改正案は被験者を保護するのみならず、研究者をも規制するバランスの取れた法律だと主張している。
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動物の立場に立つ弁護士
「動物の虐待に反対し、動物のより良い法的保護を」求めたイニシアチブは「スイス動物保護協会 ( PSA ) 」が提唱したもので、必要な10万人分の署名を5万人分も超え提出された。
スイス動物保護協会は2000年以降、動物保護の運動を強め、そのお陰で民法でも「動物は単なる物体ではなく、センシティブな感覚を持つ生き物であること」が認められた。さらに運動は高まり、2008年9月には動物を虐待した場合、各州では被害を見届けた人が訴訟を起こし、罰金を支払う動物保護法が実施されるようになった。
しかし、「動物保護法に違反した刑事訴訟において、動物側に立って訴訟を行う弁護士職の導入を各州に義務付けるべきだ」というスイス動物保護協会の当初の案は、連邦議会の反対で同法律に盛り込まれなかった。今回イニシアチブではこの弁護士の再導入を主張している。
現在、動物の弁護士を設定している州はチューリヒ、ザンクトガレン、ベルンの3州に限られている。スイス動物保護協会をはじめ、賛成者は、ほかの州にも同じ制度が導入されなければ、動物を虐待して刑事訴訟に発展した場合、違反者の立場に立つ弁護士はいても、動物側に立つ弁護士がいないのでは、本当の意味での動物保護は達成されないと考えている。
一方、政府、議会、右派政党などはイニシアチブに反対し、2008年の動物保護法で十分だと考えている。ドリス・ロイタルト大統領は
「動物保護法導入以来、各州が設けた動物保護の特別担当課のお陰で、意図的に動物を虐待して刑事訴訟に発展する件数が増加している。これはこの動物保護法が機能している証拠であり、動物の弁護士を憲法で規定するほどのことではない」
と主張している。
里信邦子 ( さとのぶ くにこ) 、swissinfo.ch
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イニシアチブ(国民発議)
イニシアチブは、動物保護法に違反した刑事訴訟で、動物側に立って訴訟を行う弁護士を導入することを各州に義務付けるもの。
現在、チューリヒ、ザンクトガレン、ベルンの3州でこうした弁護士が存在する。
スイスの近隣国で、動物保護法に違反した刑事訴訟の弁護士を導入している国はない。ドイツとオーストリアには、動物保護を行う担当者がいるが、刑事訴訟は扱わない。
スイスでは、動物保護法に違反した場合は各州の管轄で訴訟が行われる。
ここ数年訴訟件数は増える傾向にある。2006年は592件、2007年は717件、2008年は722件だった。
こうした訴訟は、主にペットや家畜の虐待事件で、罰金は100~500フラン ( 約8260~ 4万1300円 ) 。
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