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性的虐待者の再就職禁止を スイス国民投票

子どもへの性的虐待問題に受け身な姿勢を崩さない政治家に、しびれをきらした国民がイニシアチブを発議 Keystone

5月18日に行われる国民投票では、有権者の感情に訴えかける案件の可否が問われる。それは、子どもや障がい者に性的虐待をした人が子どもと関わる仕事に就くことを生涯禁止するイニシアチブだ。ビール/ビエンヌでの論争をきっかけに始まった、10年に及ぶこの推進活動が大詰めを迎えている。

 このイニシアチブは、主に右派の国民党と中道派のキリスト教民主党に支持されてきた。内容は、「子ども、もしくは障がい者に対するわいせつ行為で有罪判決を受けた人は、未成年者や障がい者と関わる可能性のある一切の職業およびボランティア活動に従事する権利を永久に失う」というもの。提議したのは、子どもの安心と安全を訴える親たちの団体「白の行進(Marche Blanche)」だ。

 この提案を成立させるためには、今回の国民投票で有権者および州の賛成過半数が必要だ。

 しかし、「内容が厳しく、量刑が重すぎる」という批判が上がっている。また子どもの安全対策に関しては、昨年11月に可決され、来年施行予定の改正刑法で既に対応済みだとの声もある。

 だが、性的虐待者を擁護していると世間にみなされることを恐れた反対派の政党は、そろって沈黙を貫いた。

 そんな状況を見かねた急進民主党のアンドレア・カローニ氏が立ち上がり、同僚の下院議員で構成する超党派の「イニシアチブ反対委員会」を3月中旬に設立した。

スイスでは3月17日、国内で過去最大かつ最も悪質な性的虐待事件の公判が始まった。

 

現在57歳の被告は、被害が明るみに出る4年前まで、29年以上にわたり子どもや身体・精神障がい者100人以上を性的に虐待した罪に問われている。

 

八つの精神障がい者支援ホームでケアワーカーとして働いていた被告に対し、被告が性的虐待を加えた様子を撮影した写真や数時間分の動画が証拠として提出されている。

 

未成年を含む精神・身体障がい者に性的虐待を加えたとして33件の罪で起訴された。残る91件においては2008年の法改正前に時効が成立している。

同月21日、被告は13年の禁固刑を言い渡された。

新しい刑法

 イニシアチブ推進派が必要数の署名を提出してから3年が経過し、その間に数えきれない討議があった。しかし、上下両院はこれまで、国として有権者に賛成または反対のどちらを推薦すべきかを決められないでいた。

 議会では過去に、性的虐待者への罰則強化が議論されてきたが合意には至らなかった。だが昨年11月、この問題が再考され、刑法が改正されることになった。

 改正刑法では犯罪行為の重さに応じて処罰が決められ、性的虐待を含む子どもに対するあらゆる暴力行為が処罰の対象となる。また、子どもに関わる職業への就労は10年間禁止されるが、状況によっては禁止期間が5年に短縮、または生涯禁止となる可能性がある。

 加えて裁判官は加害者が被害者に連絡を取ることを禁止したり、特定の公共の場所への立ち入り禁止を言い渡したりできるようになる。

 政府はこの新しい刑法で十分と判断する。また、「今回のイニシアチブは不明瞭かつ不完全で、スイス憲法と国際法の原理に反している」という理由から、有権者に反対票を投じるよう勧めている。

 一方、イニシアチブ推進派は今の司法制度では子どもが十分に守られていないと指摘。そのため、就労禁止の判断は裁判官に委ねるべきではないと主張する。さらに、2004年にビールで起こった事件を典型的な事例として挙げている。

一番の適任者

 その事件は、ある教師が子どもに対する性的虐待で有罪判決を受けたことを発端とする。その男性は刑期を終え出所した後、13歳の子どもたちを受け持つ教職に応募。採用通知を受け取った。

 そのことが周囲に知れ渡ると、「白の行進」はすぐさまデモ行進を行い、男性の解雇を嘆願。しかし学校側は男性を弁護。候補者の中で最も適任であったと主張した。

 この事件は二人の政治家が取り上げたが、議会では注目されなかった。その後、議員から2回にわたり法改正が提案されたが、どちらも廃案となった。そのため、「白の行進」は自らイニシアチブを立ち上げ、2011年4月にイニシアチブ成立に必要な数の署名を当局に提出した。

 白の行進は過去にも児童保護に関するイニシアチブを立ち上げ、国民の賛成過半数を得た実績がある。近年では2008年、12歳以下の子どもへのわいせつ行為に対する告訴期限の撤廃を求めたイニシアチブが、賛成52%で可決されている。それ以前は、被害者は25歳までに訴訟を起こす必要があった。

連邦統計局によると、スイスでは2012年、子どもにわいせつな行為をしたとして、1203人が起訴された。

 

スイスに住む女性の4人に1人、男性の10人に1人が幼少期になんらかの性的虐待を受けていると推測されている。

 

これは一度だけの経験や、露出狂をはじめとする身体的接触が無いものも含む。被害者の3分の2が女児、3分の1が男児で、被害件数は7歳から12歳が最も多い。

 

子どもによって虐待を受ける回数が1回だけの場合や、繰り返し虐待されたり、時には数年にわたって虐待される場合もある。

(出典:スイス児童保護基金)

ディベート

 ナタリー・リックリ国民党議員とイニシアチブ推進委員会のメンバーは、議会で今回のイニシアチブの必要性を必死に説いている。

 「安全は国の最重要課題であるにもかかわらず、政治家の力不足によって、有権者たちがこのようなイニシアチブを発動させるために署名を集めなければならないのは実に残念だ」とリックリ氏。

 さらにこう続ける。「我々は社会を守り、再犯者から児童や障がい者を守らなければならなない。これはまさにこのイニシアチブの目指すところだ。子どもにみだらなことをする人は有罪判決を受けた時点で、仕事でもプライベートでも子どもや障がい者たちとは関わるべきではない」

 自由緑の党のイザベル・シェバレ議員も、児童に対し重い性犯罪を犯した人が子どもと関わる職に就くことは禁止すべきだと同意する。だが一方で、今回のイニシアチブの内容は厳し過ぎるとの見解も述べた。

 加えてシェバレ氏は、「政府が言及しているように、イニシアチブはどのケースでも一律に、『犯罪者』が子どもと関わる職業に就くことをを禁止する。そのため、若いカップルのどちらか一人が親の承諾なしに結婚できる最低年齢16歳(スイスは18歳で成人)の場合にも、就業禁止が適用されてしまう危険性がある」と指摘した。

 しかし、「白い行進」の設立者クリスティーヌ・ビュッサ氏は、スイスではそのような若い恋人のケースは裁判沙汰にはならないと反論する。

 一方、子どもに性的関心を持つ人(小児性愛者)にセラピーを提供している東スイス法科学研究所の心理学者モニカ・エグリ・アルゲ氏は、一方的に就業禁止とすることは間違っていると主張する。

 「子どもをあらゆる性的虐待から守るため、出来ることを全て行うことは大切だ。小児性愛者に関しては、支援を求める人をしっかりと助けられるようなサポート体制の構築が必要だ。また、社会にとって危険だと人を判断する場合は、その人を徹底的に調査することが大事だ」

 アルゲ氏はまた、子どもに危害を及ぼす人に対しては、すでに現存の法律の枠組みで十分対応可能とみる。「罰則はすでに設けてあるが、それを(犯罪者に)科す必要がある。それには、裁判所と当局が大胆に決断し、正しいと思うことを実施する勇気を持つべきだ」

(英語からの翻訳・編集 大野瑠衣子)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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