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独裁者の隠し資産 新法は短命か

今年1月、デュバリエ元大統領は突如ハイチに帰国した。これについて、資産に対する権利を主張しようという思惑があったとささやかれている Keystone

独裁者が不正蓄財した資産の返還に関する新法でスイスは高い評価を得ているが、この法律の寿命は長くないとの懐疑的な声もある。

2月1日に施行される新法は、スイスに預金されているすべての独裁者の隠し資産に適用されることになっている。しかし、実際は現在凍結中のジャンクロード・デュバリエ元ハイチ大統領の資産の解決を念頭に置いた措置だという。

スイスは模範的なリーダー

 昨年9月に改正案が承認された際、リベリアのチャールズ・テーラー元大統領の資産返還を求める団体で国際法律顧問を務めるマーク・ヴラシッチ氏は米紙「ニューヨーク・タイムズ ( New York Times ) 」の意見欄に寄稿し

「横領された資産を当該国の途上国に返還することに関して、 ( スイスは ) 模範的なリーダーになろうとしている。スイス以外の主要な金融センターがこれに倣うよう期待したい」

 と述べた。

 新しい法律の下では、内閣は独裁者の資産を凍結することができ、一旦凍結されると最長10年間の凍結期間を経て資産を押収できるようになる。そして、当該国への返還が実現した場合、この資金は国民の生活レベルの向上、司法制度の強化、犯罪の撲滅に役立てられなければならない。

デュバリエ元大統領の資産

 デュバリエ元大統領の資産は失脚直後の1986年以来スイスで凍結されたままだ。この資産はハイチに返還されることになっているが、再びデュバリエ一族の手中に収まるリスクが高いため返還がうまくいかない。新法はこうした状況の打開に役立つ。

 2月1日に新法が施行されると、連邦政府はデュバリエ元大統領の資産約570万ドル ( 約4億6780万円 ) の押収という当初の法的措置を取るべきかを決定する。2005年にスイスがナイジェリアに返還したサニ・アバチャ元大統領の資産は7億ドル ( 約574億円 ) だったことを考えると、今回の金額は小額のようだが、デュバリエ元大統領の資産の返還はハイチの道徳的勝利と見なされるだろう。

 デュバリエ元大統領はスイスによる資産凍結に異議を唱えている。1月16日、デュバリエ元大統領は突如ハイチに帰国したが、これについては資産に対する権利を主張しようという思惑があったとささやかれている。

 一方、デュバリエ元大統領が資産の凍結解除を求める場合、スイスの法規定に基づき、この資産の合法性を証明する必要がある。しかし、これが可能だと考える人はほとんどいない。もし証明できない場合、スイス政府はこの資産をハイチに返還する予定だ。

一回限りの法律

 NGO「ベルン宣言」はほかの団体と共にデュバリエ元大統領の資産返還を求めているが、今回の新法はハイチにとっては前進でも、ほかへの応用は難しいと見ている。

「連邦外務省はクリーンな金融センターを実現しようとする法律でリーダー的存在と見なされている。しかし、わたしたちにはプロパガンダと取れる。現実は、この新法はデュバリエ元大統領の問題には有効だろうが、それっきりだろう」

 「ベルン宣言」の金融専門家オリビエ・ロンシャン氏は断言する。

 また、スイスへの不正資金の流入を阻止するためには法的対応に不備があるとロンシャン氏は指摘する。疑わしい資産に関する銀行のモニタリングは今までのところ機能していない。例えば、チュニジアのジン・アビディン・ベンアリ前大統領による資産の預託を食い止めることはできなかった。

「新法は正しい方向に向かっているとは思うが、ごくごく小さな前進でしかない。全体的に見れば不十分だ」 

国際的な取締り

 スイスに拠点を置く「国際資産回収センター ( International Centre for Asset Recovery ) 」の事務局長ダニエル・テレスクラフ氏によれば、デュバリエ元大統領の資産問題は新法の有効性を試す機会になると見ている。

 新法はいわゆる破綻しかけている国家にのみ適用されることをテレスクラフ氏は強調する。それ以外の国々は元独裁者に対して有罪判決を下さなければならず、社会的激変の禍中にある国にとってこれは容易なことではない。また、法律が適用される前に資産は凍結されていなければならない。つまりこれは、独裁者がどこに資産を隠したかを当該国は承知しているということを示す。

 これでは予防措置としての法律の有効性は限られるとテレスクラフ氏は指摘する。そのほかにも考えられる問題はある。新法では疑わしい取引きの報告を義務付けているが、現在のところ報告はごく一部に限られている。

 こうしたことを受け、もし独裁者の資産を阻止したいなら「国際的な連携が重要になる」というのがテレスクラフ氏の意見だ。つまり、疑わしい国際取引に関する情報交換、独裁者が外国に預金口座を開設したり政権内に国際的な金融調査の追跡のみを行う専門家がいる場合には早い段階で通知することなどが挙げられる。これには前述のマーク・ヴラシッチ氏も同様の見解だ。

「横領された資産の安全な避難場所はどこにもないということを明示するには、国際的な協力と的確な行動によってのみ可能だ」

 スイスも支持している「世界銀行の不正資産回収イニシアチブ ( Stolen Asset Recovery Initiative ) 」によれば、重要な国際合意や共通基準に向けた公約はこれまでに数多く交わされてきたという。

「次の課題は、こうした合意を実行に移すことだ。マネーロンダリング ( 資金洗浄 ) の阻止、調査による資産回収の進展、成果のある訴訟手続き、不正資金を返還して当該国の発展と貧困削減に役立てることなど」

 という構想を世界銀行は呼びかけている。

1986年4月、ハイチ政府はスイスの銀行にあるデュバリエ元大統領の資産の凍結をスイス政府に要請。

2002年6月、スイスの内閣は3年間の資産凍結を行う。

2008年1月、すでに時効を過ぎていることから、1986年の法的共助に関する要請は認められないとジュネーブで判決が下される。しかし、資産は凍結されたまま。

2008年5月、ハイチ政府は再びスイス政府に法的共助を求め、連邦司法警察省司法局 ( BJ/L’OFJ ) が承諾。

2009年8月、連邦刑事裁判所は資産の所有権を主張するデュバリエ一族の申し立てを退けた。資産が合法的であることが十分に証明されなかったため。一族は公費を流用し、犯罪組織も同然のリヒテンシュタインの財団法人を通してスイスの複数の口座に預金したという判決内容。

2010年1月、連邦最高裁判所は、資産をハイチに返還するという連邦司法警察省司法局からの要請を取り下げた。

2010年2月、2011年に独裁者の不法資産に関する法律が施行されるまでの間、資産凍結の緊急法令が出される。

2010年3月、デュバリエ一族がスイス政府を相手に上訴。この訴えは連邦行政裁判所で未解決のまま。

2010年9月、連邦議会が独裁者の資産に関する法律を承認。

2011年1月、デュバリエ元大統領がハイチに帰国。被害者とされている人びとによる抗議行動が起こる。

2011年2月1日、独裁者の資産に関する新法が発効。デュバリエ元大統領の資産の押収をスイス政府は念頭に置いている。

フィリピン、マルコス元大統領 ( 1986~2003年 ) 、6億8400万ドル ( 約561億円 ) をフィリピンに返還。

ナイジェリア、アバチャ元大統領 ( 2002~2006年 ) 、7億ドル ( 約574億円 ) をナイジェリアに返還。

ペルー、モンテシノス元情報局顧問 ( 2002~2006年 ) 、9200万ドル ( 約75億4580万円 ) をペルーに返還。

メキシコ、サリナス元大統領 ( 1996~2008年 ) 、7400万ドル ( 約60億7000万円 ) をメキシコに返還。

コンゴ、モブツ元大統領 ( 1997~2009年 ) 、670万ドル ( 約5億4950万円 ) をモブツ元大統領の相続人に返却。

コートジボワール、ジボア前大統領 ( 2011年~ ) 、金額は不明。

チュニジア、ベンアリ前大統領 ( 2011年~ ) 、数千万ドルと言われている。

ハイチ、デュバリエ元大統領 ( 1986~2011年 ) 、570万ドル ( 約4億6780万円 ) が凍結中。

( 英語からの翻訳・編集 中村友紀 )

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