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台湾で原発再稼働の是非を問う国民投票、その意義は?

2011年、台湾の原発で行われた緊急訓練の様子
2011年、台湾の原発で行われた緊急訓練の様子 keystone

台湾で今月末、5月に稼働を停止した原子力発電所の再稼働の賛否を問う国民投票が実施される。原子力エネルギーに関する投票は、長期的な決定とリスク評価が伴うだけでなく、中国によるリスクも重要な課題となっている。

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台湾は原子力エネルギーからの脱却を完了した。5月、最後まで稼働していた原子力発電所が運転を終了し、民主進歩党(民進党)の中道左派政権は2016年に発表した政策「原子力発電のないふるさと」を達成した。

ところがそれからまもなく、台湾の有権者はレファレンダム(国民表決)で馬鞍山原子力発電所2号機の再稼働の是非を決めることになった。なぜこんなことになったのか。

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チューリヒ大学の中台関係研究グループのリーダーを務めるシモーナ・グラーノ外部リンク氏は、「原子力エネルギーは台湾の歴史において常に重要なテーマであり、レファレンダムの焦点にもなってきた」と話す。台湾では原子力エネルギーの問題は長年にわたり、政治的な立場によって変遷してきた。

直接民主制を利用した「反撃」

今回の投票は、野党・国民党による直接民主制を使った反撃の試みでもあった。というのも原発の投票と並行し、いわゆる大規模な「リコール(解職請求)」投票が提起されたからだ。

国民党は別の野党と議会の過半数を占める。しかし多くの野党議員がリコール投票の対象だったため、この過半数が失われる危険があった。リコールの主な理由は、これらの議員が中国にあまりにも近しい疑惑がある、というものだった。

国民党は攻勢に転じるべく、この春、死刑制度を含む4つの国民投票案件を提案した。だが中央選挙委員会が認めたのは、原子力発電所の再稼働に関するものだけだった。

馬鞍山原発は再稼働するのか。1号機は2024年に、2号機は数カ月前に運転を停止した
馬鞍山原発は再稼働するのか。1号機は2024年に、2号機は数カ月前に運転を停止した Afp Or Licensors

7月末に行われたリコール投票は全て不成立となり、国民党は勝利を収めた。原子力発電所に関する投票はまだ先だ。現在、政府は守勢に立たされている外部リンク

進歩の象徴としての原子力ー国民党独裁のシンボル

原子力をめぐる問題は、台湾の民主化の歴史と結びついている。台湾が民主国家になる前、一党独裁体制を敷いていた国民党は、原子力は台湾を強力な経済国家へと押し上げる進歩的な手段だと主張してきた。

グラーノ氏は、国民党独裁体制下の台湾において、環境・原子力問題は野党が「国民党への直接攻撃ではなく、少なくとも国民党の政治的プロジェクトを攻撃する」ための機会を提供した、と話す。

この傾向は、1990年代の民主化プロセスにおいても続いた。グラーノ氏の著作「Environmental Governance in Taiwan(仮訳:台湾の環境ガバナンス外部リンク)」によれば、「それまで抑圧されていた社会運動と反政府勢力は(中略)反原子力というテーマを(国家批判の手段として)選択した」。

2011年の福島原発事故後、台湾世論は原子力エネルギーに対し非常に批判的になった。

2013年8月、原発の建設継続に関するレファレンダム実施をめぐり、議会は紛糾した
2013年8月、原発の建設継続に関するレファレンダム実施をめぐり、議会は紛糾した AP Photo/Wally Santana

それに加え、4つ目の原発建設に絡む汚職スキャンダルが発生した。2013年3月には原発建設中止を求めるデモに20万人が参加した。

中国による通商封鎖に台湾はどう対処するのか

当時民進党は最大野党だった。2016年以来政権を握る同党は2025年までの脱原発を推進してきた。2018年の国民投票では過半数が電気事業法(Electricity Act)から再び脱原発条項を削除する外部リンクことを支持したが、脱原発への動きに変化はなかった。

しかしグラーノ氏は、今の民進党は以前ほど厳格な反原発を掲げていないと話す。「世界の地政学的変化により、台湾政府はより現実的になり、イデオロギー的ではなくなっている」

台湾の電源構成で最も大きな割合を占めるのは化石燃料だ。2022年には電力の80%外部リンクが石炭とガスから生産された。これらの原料は輸入されている。グラーノ氏は、輸入に頼ることがいかに台湾にとって危うい状況であるかを指摘する。「天然ガスは全て輸入されている。中国が封鎖を開始した場合、台湾は自給自足という大きな問題を抱えることになる」

台湾は主にオーストラリアとインドネシアのほか、ロシアからも石炭の供給を受けている外部リンク。近年は台湾の事実上の独立を認めない中国との間の緊張が高まっている。米外交誌The Diplomat外部リンクの論説記事はさらに踏み込み、台湾の脱原発政策を「自らつくったアキレス腱」と表現した。原発は中国が侵攻時に攻撃をためらう唯一のエネルギー源だからだという。

また経済的な側面もある。台湾は世界有数の半導体生産国だが、その生産はエネルギー集約型だ。最近では停電も頻発している。

そのためグラーノ氏は、1985年から稼働してきた馬鞍山原発2号機の運転継続について、台湾人有権者の過半数が支持する可能性があると推測する。

「レファレンダムはアジェンダセッティング」

2025年7月末まで台湾の駐スイス代表を務めた政治学者の黄偉峰(ダヴィッド・ファン)氏は、スイスでベツナウ原子力発電所が1969年から稼働していることについて問われると、台湾ではスイスに比べ、暴風雨と地震の危険性がはるかに高いと強調した。

人類初の月面着陸が行われた年に稼働を開始したベツナウ原発の安全性については中欧でも議論になっている。国境近くに位置するため、ドイツ国内でも反対運動外部リンクが起きている。

2014年4月、台北で大勢の人が反原発デモに参加した
2014年4月、台北で大勢の人が反原発デモに参加した EPA/DAVID CHANG

黄氏はまた、台湾のレファレンダムは、政策的な内容に重点があるのではないと指摘する。「レファレンダムによるアジェンダセッティング(議題設定)は、政治的な提案そのものよりもはるかに重要だ」と話す。

黄氏によれば、レファレンダムはこれまで常に選挙と同時に行われてきた。そのため政治家は、レファレンダムを有権者の動員手段に使うことができたという。「常に議題そのものが焦点となるスイスのレファレンダムとは異なる使い方をされている」と黄氏は話す。この慣習は2019年の法律により、選挙と国民投票の同日実施は廃止された。しかしその伝統の影響は残っているという。

実際にはスイスの国民投票にもアジェンダセッティングの側面がある。国民によるイニシアチブ(国民発議)の多くは失敗に終わるが、政治の場に議題を提起し、圧力をかけることができる。レファレンダムは議会の決定を覆すことができる手段だが、政策面だけでなく、政党が自らの主張に沿ったキャンペーンを張る機会にもなる。しかし台湾はスイスと異なり民主主義の歴史がはるかに浅い。直接民主主義的な手法も、まだ長い伝統を持っていない。

スイスの直接民主制とエネルギー政策

スイスの原子力推進派ロビーは、台湾の立法院が原発運転期間を20年延長可能にする法改正案を可決すると、その議題を即座に取り上げた。スイスでは福島原発事故後、連邦内閣(政府)が基本方針として脱原発を決定した。2017年以降は原発の新規建設が禁じられている。しかしスイス政府は最近、原発の新設禁止を撤廃する方針を打ち出した。再生可能エネルギーへの移行に伴い生ずる電力供給のボトルネックを補うことが目的だ。

しかしスイス自然科学アカデミー(SCNAT)は7月初めに出した報告書で、原発の新規建設は早期に実現できないと指摘した。新規建設が政治的なプロセスを経る必要があることを考えると、新しい原発が2050年以前に稼働を開始することはほぼ不可能だとしている。報告書作成に携わった政治学者のイザベル・シュターデルマン・シュテファン外部リンク教授は、再生可能エネルギーへの移行において、スイスの直接民主制は「むしろ障害であり、促進要因ではない」といい、原発の新規建設においても同様のことが起こり得ると指摘する。原発の新規建設禁止の撤回を求める、いわゆる「停電イニシアチブ(Blackout-Initiative)」に関する国民投票が仮に可決されたとしても、それは実際に新しい原発が建設されるまでにスイス国民が下す「様々な重要な決定」の最初の一歩に過ぎないという。

連邦内閣が停電イニシアチブに対し妥協的な対案を提示したことは、政治的な議論がどう変化したかを示す一方、国民の原子力への支持には「これまでのところ大きく影響していない」と同氏は言う。依然として、原子力エネルギーの賛否はおおよそ二分しているという。

同氏によれば、スイス人の原子力エネルギーに対する見方は信頼の問題にも関わっている。「原発事故の小さなリスクとそれがもたらす環境への潜在的被害は許容できるのか、それともリスクが大きすぎるのか。社会は核廃棄物の問題を克服できるのか」が問われていると話す。

一方、台湾ではこうした信頼の問題は地政学への信頼とも密接に結びつく。エネルギー輸入が常に可能であるという確証はどの程度あるのか。リコール投票が失敗に終わり、今度は直接民主制を利用した野党の反撃が成功する可能性もある。

編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:安田稔、校正:宇田薫

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