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ワクチンと自閉症めぐる虚偽論文、影響は30年後の今も

ワクチンの瓶
MMRワクチンは麻疹、流行性耳下腺炎、風疹の小児予防接種で使われる Tek Image / Science Photo Library

MMRワクチンは麻疹、流行性耳下腺炎、風疹を予防するが、1998年に自閉症との因果関係を示唆する論文が発表されて以降、接種率が急落した。論文は不正が発覚して取り下げられ、「でっち上げ」と断じられたものの、この嘘は30年近く経った今もうわさとして根付いている。

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麻疹(はしか=measles)、流行性耳下腺炎(おたふく風邪=mumps)、風疹(rubella)を予防する3種混合ワクチン、いわゆる「MMRワクチン」をめぐり、接種と自閉症を結びつける見方が爆発的に広まったことがある。これは「過去100年の医学界で最も被害の大きなでっち上げ外部リンク」と呼ばれる虚偽情報で、その拡散をもたらしたのは、たった1本、わずか5ページの医学論文だった。

問題の論文が発表されたのは、1998年2月のことだ。英国の著名医学誌ランセットに掲載されて瞬く間に国内で話題になり、国民間の幅広い議論と報道機関の強い関心を呼び起こした。はっきり答えを示せという政府への重圧が高まる一方、英国中の親たちは、わが子に接種を受けさせるべきか、という差し迫った疑問を抱き始めた。

そもそも、この論文は小児患者12人の症例だけを根拠としていたうえ、6年後に不正が発覚して取り下げられ、筆頭著者のアンドルー・ウェークフィールド氏は医師登録を抹消された。しかし、嘘が暴かれる頃には、すでに悪影響は広がっていた。

イングランドでのMMRワクチン接種率は1995年の92%に対し、2003年には80%に低下外部リンク。ロンドンの一部地域では58%まで落ち込んだ。集団免疫を確保し、感染を止めるのに必要な95%を大きく下回る水準だ。

報道陣に囲まれるアンドルー・ウェークフィールド
アンドルー・ウェークフィールド氏。2010年1月28日、英ロンドン中心部にある医事審議会(GMC)建物前にて。審議会の懲戒小委員会は、同氏は子どもらの苦しみに「冷たく無関心」で「信用ある立場を悪用した」と断じた Shaun Curry / AFP

英保健当局は事態を受け、ウェークフィールド論文を公然と否定した。さらに、強力な公衆衛生運動を開始し、2013年には接種機会を逃して何年もたった子どもらのキャッチアップ(追いかけ)接種計画も始動させた。それでもなお、接種率の回復には20年近い歳月を要した。

論文の悪影響が最も顕著だったのは英国だ。朝日新聞外部リンクによると、接種率が下がったのは英国が中心で、そのほか米国とカナダの一部でも低下がみられた。世界保健機関(WHO)外部リンクによると、2023年の世界のMMRワクチン接種率は、全2回のうち1回が83%で、2回はわずか74%にとどまっている。

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そもそもの不正

著名医学誌に掲載されたにもかかわらず、論文には重大な欠陥があった。しかも、のちの調査報道により、それが故意の欠陥であることが露見した。真実が明るみに出たのは英日曜紙サンデー・タイムズのブライアン・ディア記者の功績で、前述の通り発表から6年後のことだった。

ディア氏は、論文中の診療記録が仮説に沿うよう不正に引用されたことを突き止めた。具体的には、発達障害の発症がMMRワクチンを接種する前だった子どもや、接種の数週間後ではなく数カ月後だった子ども、そもそも発症しなかった子どもについて、ウェークフィールド氏が経過を改変したり、省略したり外部リンクしていた。

調査方法もお粗末だった。データは子ども12人分だけで、対照群は置かず、統計的分析もなし。それにもかかわらず、論文はワクチンと自閉症に因果関係があることを示唆していた。さらに、適切な倫理手続きによる承諾を得ないまま、子どもらに侵襲的な方法で検査を実施していた。

ディア氏は、未申告かつ複数の利益相反があることも暴き出した。まず、ウェークフィールド氏は調査の2年前、ワクチン製造会社への訴訟の準備を進める弁護士に専門家証人として雇われていた。そして、論文中の子ども全てを、この依頼を引き受けたあとに集めていた。しかも、論文中の説明に反し、弁護士に有利になりそうな子どもを選び、親たちに調査への参加を呼びかけていた。

また、ウェークフィールド氏は自身の名義で麻疹のみを予防するワクチンの特許を出願していた。つまり、MMRワクチンは同氏のワクチンと競合関係にあったということだ。結局、英国医師の登録や倫理を所管する医事審議会(GMC)による調査の末、ウェークフィールド氏は2010年に医師登録を抹消された。さらに、ランセットはこの直後、同氏の論文を取り下げた。

予防接種は命を救う

MMRワクチンは1971年、米国の微生物学者モーリス・ヒルマン氏の手で開発された。当時はすでに麻疹のみのワクチンが普及していて、スイスも1960年代にそちらを導入していた。それでも、連邦内務省保健庁(BAG/OFSP)は1985年からMMRワクチンの接種を推奨し、現在は1回目を生後9カ月、2回目を同12カ月に打つよう促している。2回接種した場合のリスク軽減率は、麻疹で約97%、流行性耳下腺炎で86%、風疹で97%となっている。

ワクチンは世界中で画期的な効果を示している。WHOの推計外部リンクによると、麻疹ワクチンの接種によって2000〜2023年に世界で6000万人余りの死亡が未然に防がれた。

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MMRワクチンは安全で、自閉症とは関係ない。これが20年を超える科学研究に裏付けられた結論だ。この間、複数の国の子ども数十万人を対象にした大規模調査も行われた。

たとえば、デンマークでのある調査外部リンクでは、過去にワクチンを接種した子ども50万人余りのデータをさかのぼって分析した結果、自閉症との関連は見当たらなかった。英国外部リンク米国外部リンク他の国々外部リンクで実施された複数の調査でも、同じ結論が出ている。

日本では、流行性耳下腺炎ウイルス由来の無菌性髄膜炎という副作用が発生したため、1993年にMMRワクチンの定期接種が中止された。その後も自閉症の発症例は増え続けたことを指摘する論文外部リンク(2005年)がある。また2012年の研究外部リンクも、MMRワクチンとの関連はなかったと報告した。

消えない迷信

圧倒的な科学的証拠が積み重なっているにもかかわらず、MMRワクチンと自閉症を結び付けるうわさは再燃を繰り返している。

ロンドン大学経済大学院のマッテオ・ガリッツィ准教授(行動科学)は「自閉症の診断例が増えていることが一因だ」と説明する。

自閉スペクトラム症(ASD)の診断例は過去10年、米国外部リンク英国外部リンクスイス外部リンクを含む複数の国で実際に増加している。研究者らによれば、認知向上や診断ツールの改善、定義拡大などが増加の主な要因だ。

ワクチン接種を呼びかけるポスター
1900年代前後に米国で掲示されていた、麻疹ワクチン接種を呼びかけるポスター Getty Images


それでも「ウェークフィールド論文が主張したようなうわさを聞き、そのうえで自閉症の診断例が増えていると知れば、確証バイアスでワクチンが原因だと信じやすくなる」とガリッツィ氏は指摘する。

ワクチン不信の調査研究に取り組む「ワクチン信頼プロジェクト」の創設者、ハイディ・ラーソン氏(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院教授)も「親たちは診断例の増加を目にしている。理由を知りたくなるのは当然だ。その結果、他者からの説明を受け入れやすくなる可能性もある。すでに嘘が暴かれた説でも、辻褄が合って見えるものは特に信じやすい」と語る。

麻疹に関しては、ワクチン接種率の低下によって世界の感染者数が現時点で増加に転じている。こうした根強いうわさは接種の低迷を助長しかねない。保健当局は、スイスなど今は防御がしっかりしている国でさえ、高い接種率を保つことが不可欠だと警告する。

典型的なのが米国で、2000年に麻疹の根絶を宣言したにもかかわらず、今では感染急増に直面している。ワクチン接種率の低い南部テキサス州の1地域から大規模な流行が始まり、1000人近くが感染、2人が死亡した。その後、感染は全米に広がっている。

米保健福祉長官はワクチン懐疑論者

ロバート・F・ケネディ・ジュニア米保健福祉長官は長年のワクチン懐疑論者でもあり、この危機のさなかにも予防接種を明確に推奨する発言をしていない。ワクチンは麻疹の感染拡大を抑制する「最も有効な方法」だと認め、「国民は接種すべきだ」と言った外部リンクかと思えば、「ワクチン製品の多くが安全性試験を行っていないため、現時点でリスクはわからない」と懸念を示した。ただし、後者の発言については「適切な試験」を行っていないと微調整している。

最近の公の発言ではMMRワクチンと自閉症を明確に関連付けていないが、ケネディ氏は長い間、これらを結び付ける見方を示してきた。2005年に発表し、のちに取り下げた論稿では、自閉症の診断例が増加していた原因はチメロサールにあると主張した。2回分以上のワクチン小瓶の開封後に細菌汚染を防ぐため、保存剤として添加される物質だ。その後も、ワクチンが自閉症の原因ではないと明言することを拒否している。

実際のところ、MMRワクチンのような医薬品は製造・販売を承認されるまでに広範な臨床試験を何回も通過する。さらに、市販開始後にも厳しい追跡調査が行われる。麻疹の感染リスクとワクチンの安全性・有効性はもう十分に立証されているため、プラセボ(偽薬)を投与した子どもを対照群にして麻疹ワクチンの臨床試験を行うことは、いまや倫理に反する行為とみなされるだろう。

ケネディ氏は自閉スペクトラム症の診断例が増えている背景には「環境要因」があるとし、最近になって大規模な調査を行うと発表した。自閉症は「予防可能な病気」であり、引き金となる「環境毒」がなければ発症しないというのが、同氏の見解外部リンクだ。

しかし、多くの科学者が一連の発言を否定し、自閉症は病気ではなく、ケネディ氏が示唆する方法では防げないと強調する。専門家らは、自閉症を回避あるいは排除すべきリスクと位置付けることは、自閉症を抱える人々に汚名を着せる行為だと警鐘を鳴らしている。

編集:Virginie Mangin/ds、英語からの翻訳:高取芳彦、校正・情報追加:ムートゥ朋子

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