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ヘルメット着用の義務づけは難しい?

スイスの子どもの大半は自転車用ヘルメットを着用している。法律で義務づける必要はあるのだろうか? Keystone

連邦議会では現在、自転車に乗る17歳以下の若者にヘルメットの着用を義務づけようとする動きがみられる。賛成派は苦戦しているが、一部の安全専門家は義務化を強く求め続けている。反対派の言い分は、義務化により自転車が実際よりも危険な印象を与えてしまい、自転車に乗る人が減るかもしれないということだ。

 「自転車用ヘルメットの完全義務化を支持する」と言うのは、ルツェルン州立病院の外傷外科のレト・バプスト部長だ。「電動自転車に限らず普通の自転車の場合も、ヘルメットをかぶらずに自転車に乗っていて事故にあう人は本当に多い」

 スイスでは毎年、約900人が自転車の事故で重傷を負っている。けがの約半数が頭部の負傷だ。昨年はサイクリスト36人が事故で亡くなった。

 「ヘルメットは最初に衝撃を受ける、衝撃吸収ゾーンだ。ヘルメットをかぶっていなければ、代わりに頭蓋骨が破壊される。つまり最初の衝撃を和らげてくれるのがヘルメットで、このエネルギーの吸収は重大な損傷から脳を守るのに重要なのだ」とバプスト部長。

 特に子どもに対してはほとんどの人がヘルメット着用に賛成し、奨励しているが、自分でヘルメットをかぶっていないサイクリストに罰金を課すべきかどうかはまた別の、意見が分かれる問題だ。

2013年4月と5月に行われた調査によると、スイスではサイクリストの46%がヘルメットを着用していた。年齢層により大きな差があった。

 

イギリスの自転車利用者団体CTCによると、自転車用ヘルメットを着用する人の割合はスウェーデンで15%、アメリカで38%に比べ、ドイツでは0.1%に過ぎない。保険会社アリアンツ・スイスの行った調査によると、オーストリアでは33%、ドイツでは11%となっている。

スイスでは、自動車の運転者にはシートベルト着用が義務づけられているが、全員が守っているわけではない。2011年には運転者と助手席に乗っている人の9割弱がシートベルトを着用し、後部座席になるとその割合は8割まで落ちた。

バイクに乗る人はヘルメットを着用しなければならない。

電動自転車に乗る人は、ペダル補助で時速25キロ以上出せる場合はヘルメット着用が義務づけられている。

スキーやスノーボードをする人はヘルメットを着用する義務はないが、昨年は84%が着用していた(18歳以下では97%)。

(出典 スイス事故防止事務局)

「逆効果」

 自転車に乗るときにヘルメットの使用を全面的に義務づけているのは、現在オーストラリアとニュージーランドの2カ国のみ。子どもに対して法律で義務づけている地域は多い(アメリカではほぼ半数の州)。

 サイクリング推進団体の「プロ・ヴェロ」を率いるクリストフ・メルクリさんは、「子どもやティーンエイジャーを含め、ヘルメット着用の義務づけには原則として反対」と話す。

 「義務づければヘルメットを着用したサイクリストの数は増えるだろうが、サイクリスト自体の数は減るだろう。これは健康面からも安全面からも望ましくない。走っているサイクリストの数が多いほど、サイクリストにとって道路が安全になるからだ。つまり、義務づけは逆効果になるだろう」

 国際自転車用ヘルメット研究財団(International Bicycle Helmet Research Foundation)は、「サイクリングは非常に安全で健康的な活動であり、欧米諸国における早死にの主な原因である肥満や心臓病などの疾病対策としてかなりの可能性を秘めている」と述べている。スイスで心臓発作を起こす人の数は毎年3万人。これはサイクリストの死亡数の千倍だ。

 欧州サイクリスト連盟(European Cyclists’ Federation)によると、「ヘルメットを義務づける法律が導入されると、道路からサイクリストが姿を消すという法則がある。例えば、ニュージーランドでは自転車に乗る時間が1989・1990年以来55%減少した。オーストラリアでは、1985・86年と比べて2011年に自転車に乗る人の数は37.5%減り、大幅に減少した。しかし交通安全の改善はみられていない」

政府の拒絶

 「プロ・ヴェロ」は自主的なヘルメット着用を推奨している。スイスの14歳以下の子どものほぼ3分の2が既に実行していることだ。(しかし、15〜29歳では4分の1にとどまる。リンク参照)

 内閣と全州議会(上院)は残りの3分の1にも着用を強制したい考えだったが、2012年6月に国民議会(下院)は反対多数でこれを否決し、自転車に乗る子ども本人と親が責任を負うべきだと判断した。

 その後、より幅広い規制を伴う「ヴィア・セキュラ」という法律が可決された。この規制では、ヘルメット着用は義務ではないが、電動アシストで時速25キロ以上を出せる電動自転車の場合は着用を強制される。

 「人は常に最善の判断ができるとは限らない。法規制が必要だ」とドリス・ロイタルト運輸相は訴えたが、個人の安全を本人ではなく法律が守るという「法律的父権主義」ではないかという厄介な議論の泥沼にはまることになった。ロイタルト運輸相は、子どもが自分で責任を負うことは期待できないという意見だった。

2012年の交通事故による死亡者数は339人。前年より19人増えた。重傷を負った人は4202人、軽症のけが人は1万8016人。

この30年間で交通事故死亡者数は徐々に減少(2012年の増加は28人が死亡したバス衝突事故によるもの)。1980年の死亡者数は1246人、1990年は954人、2000年は592人だった。

死亡した339人のうち、104人が自動車に乗っていた。バイクは74人、歩行者は75人(そのうち横断歩道での死亡者は20人)。

自転車に乗っていて死亡した人は28人、電動自転車は8人だった。半数あまりが一般道路、残りは交差点での死亡事故だった。

サイクリストの中で軽症のけがを負ったのは2193人(および電動自転車に乗っていた166人)、重傷を負ったのは840人(および電動自転車78人)だった。

(出典 連邦運輸省道路局)

「やり過ぎ」

 「ヘルメット着用の強制はやり過ぎだ」と話すのは、スイス・モビリティ財団のフレディ・フォン・グンデン部長だ。若者のほぼ7割が既にヘルメットを着用しているのだから、ヘルメット法案の施行は費用がかかる割に大した効果が見込めないだろうと考えている。

 スイス・モビリティ財団は、道路の一定区間を一時的に車両通行止めにし、自転車に解放する「スローアップ(slowUp)」というイベントを全国で開催している。他国の同様のイベントや自転車通勤奨励運動、チャリティ・ライド(自転車レース)の開催側は、ヘルメットの強制で参加者が減ることを危惧している。

 スイス事故防止事務局の報道担当のダニエル・メナさんは、17歳以下の子どもに対するヘルメット着用の義務化を求めた理由について、「子どもにはバイクや車といった別の交通手段を用いることができないため、自転車の利用が減るという論理は通用しないからだ」と話す。

 「子どもは大人より弱く、特別な保護が必要。また、認識能力も大人ほど発達しておらず、全ての危険を判断できるとは限らない」

 サイクリストの安全は「ヘルメットだけで保障できるわけではない」ことは事務局も認め、ヘルメットに加えて、建物の密集した地域ではスピードを落とすこと、道路計画の改善、キャンペーンなどさまざまな手段をとることを勧めている。

「努力が足りない」

 それでは、人口800万人に対し400万台の自転車のあるスイスはどのくらい自転車に優しい国なのだろうか?(自転車密度では世界8位。リンク参照)

 世界の150都市をどの程度自転車に優しいかで評価し、トップ20都市を発表するコペンハーゲナイズ・インデックスには、2013年、スイスの都市はランク入りしなかった(リンク参照)。

 「自転車を一つの主要交通手段として考えている、バーゼルやベルンのような時代の先を行っている都市もスイスにはあるが、2013年版で選ばれたトップ20と競える町はなかった」と、コペンハーゲナイズ・デザイン(Copenhagenize Design)社の最高経営責任者(CEO)で都市交通の専門家であるミカエル・コルヴィル・アンダーセンさんは話す。

 「単純に言うと、努力が足りない。スイスの交通技術者が管理しているのはいまだに車中心の都市基盤だが、世界的な流れは、車よりも自転車を優先して自転車のためのスペースを作り、都市における存在感を再び高めようとしている」

 「スイスの都市はこの点では古風で、自転車を呼び戻して都市を現代化するという今の流れには乗り遅れている」

(英語からの翻訳 西田英恵)

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