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国連はもうすぐ失効するのか?

ジュネーブのスイス国連大使が語る 協力と対話の多国間外交

Valentin Zellweger
「近隣諸国や世界が上手く行けば、それだけスイスも上手く行く」とジュネーブのスイス国連大使ツェルヴェガー氏は強調する © Keystone / Laurent Gillieron

ジュネーブの国連スイス政府代表部のヴァレンティン・ツェルヴェガー大使が今月末で離任し、駐ケニア大使に就任する。揺れ動く多国間主義と国際舞台ジュネーブの前途について、ツェルヴェガー大使に話を聞いた。

この4年間、国連人権理事会(UNHRC)外部リンクの会合に先立ってツェルヴェガー大使が開いてきた記者会見は、スイスの報道機関はもとより、パレ・デ・ナシオン(国連欧州本部)を拠点とする多くの特派員の注目を集めてきた。国連の主要機関で人権に関わる議題の位置づけを明確にするために、緊迫する国際情勢やその方向性を示す術をツェルヴェガー大使は心得ていた。

スイスのバーゼル出身。国際公法学博士。1993年、35歳の時に、連邦外務省開発協力局とナイロビの在ケニア・スイス大使館で研修を受け、外交官としてのキャリアをスタートさせた。その後、スイスのベルン、米国のニューヨークに勤務し、2003~07年の間、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所で所長室長を務めた。16年8月1日、ジュネーブの国連・国際機関スイス政府代表部の大使に就任した。既婚、子供2人。

swissinfo.ch:大使がジュネーブで過ごしたこの4年間に、国際情勢はかなり揺れ動きましたが、スイスの外交官としての役割をどのように果たしましたか?

ヴァレンティン・ツェルヴェガー:世界が協力して問題の解決に取り組み続けることがスイスの国益だ。そして、その対話手段が多国間主義だ。国連憲章がうたう価値はすべて、連邦憲法やスイスの外交政策目標に見いだすことができる。

スイスのような―共通ルールの順守を基礎に繁栄を築き、経済を輸出に大きく依存する―国にとって、近隣諸国や世界が上手く行けば、それだけスイスも上手く行く。

世界が直面する重大な試練は国境でとどまるものではない。ありきたりな言い方だが、国同士が協力するほかない。

だから、ジュネーブを中心に展開するこの多国間協力を促進させることがスイスにとって得策だ。

swissinfo.ch:人道分野を含め、国際都市ジュネーブで活動するあらゆるプレーヤーの関係はどうなっていますか?

ツェルヴェガー:一連のプレーヤーが一体化しつつある。プレーヤーたちは同じ目的に向かって活動している。外交官や国際機関の職員はもちろんのこと、世界レベルの学者(連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)、ジュネーブ大学、ジュネーブ国際開発研究大学院(IHEID))や民間部門の代表らもだ。

国際都市ジュネーブの特徴は、これら異なる部門の間に協力する意思があり、直接的なグループを越えた対話が慣例になりつつあることだ。以前勤務したニューヨークにも様々なプレーヤーはいたが、ジュネーブのように彼らが意見を交換することは無かった。

これは国際都市ジュネーブの未来を決定づける要因の1つだ。全てのプレーヤーが力を合わせれば、我々が立ち向かわなくてはならない問題を解決できるだろう。

swissinfo.ch:ジュネーブでのこうした外交上の社交を痛烈に批判する人も中にはいます。しかし、国際都市ジュネーブの多様なプレーヤーをまとめていくためには不可欠なことではないでしょうか?

ツェルヴェガー:コロナ危機の間、我々は互いに顔を合わせることなく活動せざるを得なかった。電話やビデオ会議を使った連絡だけだ。非公式な意見交換や内密のやり取りはもはやできなかった。外交活動を円滑に進める上で重大な障害だ。

我々がレセプションや非公式の会合に招待される時は、いつも職務上の目的があってのことだ。私は、質問リストや連絡先一覧を用意し、明確な目的を持って出席する。私の活動にとってこれらの会合は貴重な機会だ。3カ月の外出自粛を経て、改めてそのことに気づいた。

swissinfo.ch:大使はジュネーブを離れ、駐ケニア・スイス大使としてナイロビに赴任されます。外交官としてのキャリアをスタートさせた都市に戻ることをどう感じていますか?

ツェルヴェガー:私が初めてナイロビに赴任して以来、この25年間に多くの変化があった。また、スイスのアフリカに対する認識にも多くの変化があった。今日では、アフリカ大陸を強力で重要かつ有望なパートナーとしてみている。サハラ以南のアフリカ諸国のほとんどは、平均年齢は20歳前後であり、どの大陸よりも若い。

ナイロビでは、デジタル分野で非常に興味深い発展がみられる。ケニアは金融技術分野で最先端の国の1つだ。(旧知の国としてではなく)アフリカの1つの国を発見するつもりで赴く。絆を深め、パートナーシップを築き、共に問題の解決にあたりたい。例えば、これまでのところ世界の他の地域と比べて影響は少ないが、新型コロナ対策といった問題だ。

swissinfo.ch:大使は卓越した世界の動きの観察者です。数年前から、女性に対する暴力や環境破壊、人種差別に若い世代が抗議し、世界のあちらこちらで行動を起こしています。まだ続くと思われるこの動きは国連にとって思いがけないチャンスではありませんか?

ツェルヴェガー:この動きは国連にとって天啓だとは私は考えていない。むしろ、安全保障、経済的幸福、人権といった人間にとって最も重要なテーマに国連が注力していることを証明している。これら三位一体の価値は、国連が創設以来擁護してきたものだ。あなたが言及したすべての動きが―私はそこに社会正義の問題も加えたいが―国連が適切な問題を提起し、正当な価値を擁護していることを示している。これらの動きは、実際のところ国連の活動を強化している。

「ここジュネーブには、世界中の国々と市民社会が人間を守るための手段を議論し、発展させることができる場がある」 ヴァレンティン・ツェルヴェガー、スイスの外交官

swissinfo.ch:市民が路上で表明したこれらの要求や期待は、ジュネーブの国連欧州本部で、特に人権理事会で議論する外交官たちに影響を与えていると思いますか?

ツェルヴェガー:人種差別との戦いを例に挙げよう。人権理事会はこの問題について直ちに緊急討論を行い、人種差別を非難するアドホックの(臨時の)決議を採択した。国連機関は、時事問題を把握するだけではなく、特に、新型コロナが世界的に大流行する時代のように、その争点がより一層の重要性を持つ場合には、問題に対して行動することができる。

あなたが先ほど言及した問題はいずれも、人権理事会における議論の中心を占めている。ここジュネーブには、世界中の国々と市民社会が人間を守るための手段を議論し、発展させることができる場がある。

例えば、人権の観点から気候変動や環境の問題を取り上げれば、議論の中心に人間を置くことになる。それはつまり、個人にとってどのような影響があるかを評価し、食料安全保障や健康、経済的幸福などの面で、気候や環境の変化による影響からどのように個人が自分自身を守ることができるかを知ることだ。だから、市民がこれらの危険に対応し、乗り越える方法に議論の焦点は向けられる。

swissinfo.ch:いずれにしても、イデオロギー面を含む米中の再対立によって、人権理事会のような機関で事態が進展しているのは事実です。これは、個人の(市民的・政治的)権利と集団の(経済的・社会的・文化的)権利との間に古くからある対立の再燃です。このことで、人権理事会の功績が台無しになる恐れはありませんか?

ツェルヴェガー:人権理事会はこれらの問題について包括的な議論をする場だ。スイスは、すべての国がこの議論に参加すべきだと考えている。歴史や行動、人権侵害を理由に一部の国を排除することはできない。さもなければ、議論や決定された行動はその価値を大きく失うだろう。

我々がジュネーブで議論していることは、すべての人にとって重要なことだ。誰でもその議論に参加できるのだから、国によってアプローチが大きく異なるのは当然だ。

あなたは先ほど文化的価値を含むアプローチを示唆した。関心の中心にあるのは、個人か、それとも集団だろうか?人間には多種多様なアプローチがある。一番大切なことは、これらのアプローチがもれなく議論の中で表明されるということだ。

米国と中国の対立は、まだ漠然としている新たな国際秩序への移行の一端だ。米中間の緊張は、すべての国際場裏と同様に人権理事会にも影響を及ぼしている。しかし、これらの場でこそ、両国は対話し、互いの話に耳を傾け、歩み寄ることができる。

swissinfo.ch:欧州連合(EU)の積極外交のおかげで、世界保健機関(WHO)の総会で新型コロナに関する決議が全会一致で採択されました。このことを受けて、国連の見通しは明るいとスイスは考えていますか?

ツェルヴェガー:もちろんだ。EUは非常に重要な役割を果たしたと思う。この緊迫した局面において、EUは2つの対立する立場を上手く歩み寄らせた。だから、全会一致で決議を採択することができた。このことは、強い信念と政治的重みがあれば、国連システムを確固たるものにできることを示している。

EUとスイスは非常に似た価値観を共有しているので、EUがこの役割を果たし続けてくれることを願っている。この力学を発展させ、この力学の上に築けば、とても面白い結果が得られるかもしれない。スイスの国益を守ることにもなるだろう。

▼ 2014年、ジュネーブ条約署名150周年に際して、当時、連邦外務省国際公法局長だったツェルヴェガー氏に、フランス語圏のスイス公共放送(RTS)が行ったインタビューをお聴きいただけます(仏語のみ)

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(仏語からの翻訳・江藤真理)

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