最低賃金を導入し生活改善を望むジュラ州民
ジュラ州は、ヌーシャテル州に続いてスイスで2番目に最低賃金導入を住民投票で決めた。労組と経営者側の協力関係が良好で、ほんの数年前まで最低賃金導入を鼻で笑っていた州だ。しかし、国境に位置しており、人の移動の自由化で住民の不満が募りだした。
連邦統計局(BSF/OFS)は月給4000フラン(約42万円)未満を低賃金と定めている。労働組合ウニア(Unia)によれば、手取りが4000フランに満たないジュラ州の被雇用者は5人に1人。スイス全体の平均は10人に1人だ。
3月3日の投票では、ジュラ州民の多くがこのような状況に対する不満をぶつけた。労働協約を結んでいない企業全般を対象に各分野で最低賃金を法定化させようという左派のイニシアチブに対し、州政府や州議会、経済界は反対を呼びかけた。だが、州民はこれに逆らい、過半数の54%がこのイニシアチブを支持した。
ジュラ地方越境統計観察局(OSTAJ)のデータによると、2012年第3四半期の失業率は、スイスのジュラ地方全域で2.8%、フランス側のフランシュ・コンテ地域で9.9%だった。
労働組合ウニア(Unia)のピエールルイージ・フェデレさんは、「時計産業のブームで雇用が大幅に増加し、越境通勤者の数も増えた」と言う。しかし、時計業界に新たに危機が訪れれば、状況はまた変わるかもしれない。2008年から2009年の危機の間には、スイスのジュラ地方では失業率が6.6%に達した。この一帯の工業地域では、生産品のほぼすべてが外国市場向けだ。
「この危機の間、越境通勤者の数が初めてわずかに減少した。地元の産業が緩衝剤になったのだ」。2006年以降、この地域では越境通勤者の数がほぼ倍増。2012年第3四半期は約4万1000人に上った。
低賃金地域
「生活費がほかの地域より安いというもっともらしい口実を使い、格段に低い賃金しか払ってこなかった企業はジュラ州にいくつもある」と厳しく非難するのは、イニシアチブを支持した労組ウニアの幹部委員会メンバー、ピエールルイージ・フェデレさんだ。ジュラ州は以前から低賃金地域だったが、ここ数年で状況はさらに悪化したという。
「甚だしい賃金ダンピングの例が増えている。小売業やホテル業、あるいは工業でも、手取り3000フラン未満は決して例外ではない。第3セクターでは、フルタイムで働いても2000フランにもならないこともある」
フェデレさんは、人の移動の自由とそこから生じた賃金ダンピングがその原因だと言う。ジュラ州で働く越境通勤者は6400人。その大半がフランス人だ。「人の移動の自由(協定)が発効(2002年)した後、最初にあおりを食ったのが職業資格を持つ地元の人々だった。2009年の協定延長後は、資格を持たない人々の賃金も下がった。準備された援護策も、工業などほとんど規則がない分野では効力に限界があった」
ジュラ州で労働協約に加入している工業会社は1割程度。「ジュラの工業は、主に社員数が20人にも満たない小規模企業で成り立っている」とジュラ州商工会議所(CCIJ)役員のジャン・フェデリク・ゲルバーさんは言う。これらの企業は、労働時間や賃金に関し、国レベルの労働協約に近い形に持っていこうと努力している。しかし、有給休暇を5週間もしくは6週間に増やすところまではいかないという。
ジュラ州では、労働者の5人に1人が月給4000フラン(約43万円)未満で就業している。
賃金低下は全体的な傾向ではない
イニシアチブに反対したジュラ州の経済界は、このような分析をはねつける。「賃金ダンピングに話を持っていくのは間違いだ」。ジュラ州商工会議所(CCIJ)役員のジャン・フェデリク・ゲルバーさんは「賃金は均一化されはしても、全体的に下がったわけではない」と反論する。
フランスを模範にした最低賃金を導入すれば、構造的失業率が増加するのではないかとゲルバーさんは懸念する。高資格を持たない人々は労働市場から追い出され、労組と経営側の協力関係も弱まる、あるいは崩れると心配する。「このような例は過去にもすでにあった。左派が低賃金問題の調整を国に委託すれば、我々は分野ごとに最低賃金を交渉する権限を失ってしまう」
低賃金問題が、ジュラ州やその各自治体の財政にも関わってくることは、イニシアチブを発起したグループ「ジュラの社会主義的・進歩主義的青年(la Jeunesse socialiste et progressiste jurassienne)」もキャンペーン中、逆の見方から取り上げた。賃金が低過ぎて生活できず、社会扶助に頼る人は実際数多く存在する。
加入が義務付けられている健康保険の保険料を支払えず、州から金銭的援助を受けている人は全住民のおよそ3分の1。その総額は年間4000万フラン(約43億円)近い。スイスインフォの問い合わせに対しジュラ州政府は、その詳細の提示を避けた。
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反対派は、イニシアチブの要求の実現化が困難な理由として、連邦最高裁判所のある判決を例に挙げている。最低賃金の金額を、社会保険や社会扶助で適用している最低収入程度とした判決だ。これは単身世帯で月額2500フラン前後。「イニシアチブが要求しているように、州が各業界に最低賃金を課すことなどできない。州にはそんな権限はない」とゲルバーさんは言う。
ヌーシャテル州民は2011年の住民投票で「社会性のある最低賃金」を受け取る権利を支持。ヌーシャテル州は最低賃金導入を決めたスイス初の州となった。しかし現在、その実現で悪戦苦闘している。カトリック系の人道援助団体「カリタス」は10年以上前からワーキングプアの実情を訴えてきたが、このように法的要素に不安があることから、ジュラ州のイニシアチブは積極的に支持しなかった。
「政治家はなんとかごまかそうとし、雇用主は動こうとしない。だからジュラ州政府に迅速な対処を求めた」とフェデレさんは言う。ティチーノ州でも同様のイニシアチブが始まり、ヴァレー/ヴァリス州でも間もなく投票が行われる。一方、ヴォー州とジュネーブ州ではすでに投票で否決された。ジュラ州の動向は、今後注意深く観察されるだろう。
左派と労組にとって大切なのは、来年予定されている国レベルの国民投票を前に地歩を固めることだ。この投票に関する最初のアンケート調査では、4分の3がスイス労働組合連合(SGB/USS)のイニシアチブを支持すると回答した。それで、これまで続いてきた労組と経営者のスイスらしい調和した関係が壊れることになるかもしれないが・・・。
カトリック系の人道援助団体「カリタス」で「社会福祉と負債」を担当するエステレ・カンバーさんに、子どもが2人いる家庭の1カ月の生活費を提示してもらった。
最低生活費(督促を受け取っている家庭に対し州が扶助する金額):2900フラン(約31万円)
家賃:1300フラン
健康保険料:700フラン
交通費、外食:330フラン
税金:450フラン
その他の出費:150フラン
合計:5830フラン
(片親が就業している場合は、養育費が加算される)
ジュラ州カリタスのジャン・ノエル・レイ局長は「中間層より下では、生活費をまかなうために身を粉にして働く人が増えるばかり」と言う。「何かあったらすぐに支払いができなくなり、負債を抱え込む羽目になる」
(独語からの翻訳 小山千早)
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