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ブルカ着用禁止、なぜ議論は二極化したか?

覆面禁止を巡る議論で社会が二極化したのはスイスに限らない。写真は、デンマークのイスラム教女性擁護団体「Kvinder I Dialog(対話の中の女性)」によるデモの様子 Keystone / Martin Sylvest

スイスで7日、公共の場での顔を隠す衣装の着用禁止を求める提案が国民投票で可決された。このいわゆる「ブルカ着用禁止案」は、日常ではごく一部の人にしか影響しないものの、激しい議論を巻き起こした。その理由は、ここでの根本的な問題がブルカやニカブではなかったからだと、専門家は指摘する。7日の投票結果を検証した。

このコンテンツは 2021/03/09 16:33

ブルカやニカブなどのベールは女性の品位をおとしめ、民主主義と自由の価値観を否定するイスラム教を象徴するものだろうか?それともその反対に、ベール着用禁止は不寛容の表れであり、プライバシーや宗教の自由を侵害し、政治的プロパガンダを目的とした象徴的政策なのだろうか?

ベールの着用禁止を巡る7日の国民投票では、この2つの論点が対立した。同案を巡る議論は激しく、長期に及んだ。しかし多くの専門家が同意するように、投票結果の影響を受けるのはせいぜい数十人しかいない。ではなぜこのテーマを巡る議論が白熱し、かつ二極化したのだろう?

独ベルリン自由大学のアンナ・アントナキス准教授(ジャーナリズム学)によれば、ジェンダーについての議論同様、女性の身体を巡る議論は全般的に大きな注目を集めるという。「このテーマを巡る世間の議論はどれも似通っている。議論の中心は、明確な場合も暗示的な場合もあるが、ステレオタイプだ。つまり『抑圧』対『解放』、『西洋』対『異文化』だ」。社会は差異を図りながら構築されてきたと同氏は指摘する。女性の身体についての考え方や、その身体を隠すこと・露にすることへの価値観は、自分たちの社会と他の社会とを区別するうえで重要な指標となってきた。そのためこうした議論は高い関心を集めるという。

同氏はまた、そうした象徴的なテーマを通じて社会的・経済的不平等の問題が議論されることが多いと語る。「社会的不平等は特にコロナの時代で再び顕著になったが、根本的な問題に関する議論がなおざりにされている。その一方で、議論の焦点が大半の人の日常には無関係な、強く象徴的なテーマに向けられている」

ヌーシャテル大学社会プロセス研究所のジャニーヌ・ダーヒンデン教授(トランスナショナル論)も同様の意見だ。ベールの着用禁止を巡る議論の中心は、かなり以前から政治的テーマとして扱われてきた「移民」と「イスラム教」だったと指摘する。「過剰外国化については、スイスでは20世紀初頭から右派政党が度々取り上げてきた。だが、スイスにとっての脅威とされる『異質な人』はいつも変化してきた。ある時期は共産主義者、また別の時期はユダヤ人。そして第2次世界大戦後はイタリア人や旧ユーゴスラビア人だった」。そして現在の「異質な人」はイスラム教徒、欧州連合(EU)加盟国以外の国の出身者、有色人種だという。

「過剰外国化については、スイスでは20世紀初頭から右派政党が度々取り上げてきた」

―ジャニーヌ・ダーヒンデン(ヌーシャテル大学社会プロセス研究所)

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同氏によれば、移民に関するテーマは国民国家の論理に組み込まれている。「国民」を定義し、それを遵守していくには、移民について論じることが必要だからだ。「ここでいつも中心になるのは区別することだ。『誰が属して、誰が属さないか』という問題だ」。しかしこうした政策は自然に生じるものではなく、社会は繰り返し境界線を引き、誰かを「異質な人」にしてきたという。

政治問題としての女性の身体

女性の身体や、女性の外見が政治化されたのは今に始まったことではない。「ジェンダーとセクシュアリティは常にナショナリズムの中心的な側面であり、異質性を巡る議論と結び付けられていた」とダーヒンデン氏は言う。この現象の背景には性差別的な考え方が根底にあると同氏は考える。「国の繁栄には生殖は欠かせない。そこで重要となるのが女性だ。子供を産み、その子供を新たな国民として育てる女性には、いわば『国家の守り手』という中心的役割が与えられている」。そのため、「自分たちの女性」は守らなければならない、という論理が出来上がったという。

こうした議論はスイスだけでなく、他の欧州地域でも見受けられると同氏は指摘する。ここでの論理は単純なものであり、どの地域にも当てはめられるという。「男女平等は、女性の権利を尊重するのと同様に、欧州の価値として称揚されている。その対比として、この観点からみたら後進的な『非欧州人』や『イスラム教徒』が作り上げられた」。「ジェンダー・ネイティビズム」と呼ばれるこの現象は、現実を全く反映していないという。「皆分かっていることだが、スイスでは男女平等がまだまだ道半ばだ」

普遍的な現象

革命後のチュニジアにおけるジェンダーの位置づけに関し研究を行ったアントナキス氏は、チュニジアでは次のような認識の変化があったと語る。「例えばチュニジア初の国家元首ハビブ・ブールギバにとって、伝統的なベールは、植民地支配に対する革命の象徴であり、チュニジアのアイデンティティーを象徴するものだった。しかし近代的な権威主義国家が成立した後、ベールは『惨めなぼろ布(misareble chiffon)』として公共機関から締め出された」。一方、イランや、イランの地政学的な敵対国サウジアラビアは女性にベールの着用を義務付けている。

「ハイパーヴィジビリティの状態にある女性は少数派としてほとんど発言することがない。しかし世間一般では非常に存在感が強く、極端に目立っている」

―アンナ・アントナキス(独ベルリン自由大学准教授)

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つまり女性の外見の定義を巡る議論は、異文化間だけの問題ではなく、どこの国でも起こり得る普遍的な現象だとアントナキス氏は指摘する。そして焦点はいつも「どれほど自由を制限するか」という問いに終始する。また、女性がどういう外見をし、どの宗教を信仰し、どういう性的志向や性自認をすべきかについての判断を、皆が議論し、評価できることも重視される。同氏によれば、この傾向はイスラム教の国でも西欧諸国でも同様にみられる。

リベラルな法治国家のジレンマ

アントナキス氏は、女性の服装の自由を巡ってこれほど賛否が拮抗しているのに、その是非を問う国民投票を実施することは、法治国家では問題だと考える。法治国家はそもそも、少数派に対しても信仰の自由と宗教の自由な実践を擁護しなければならない。また、当事者である女性の視点がほとんど話題にされていないと同氏は指摘する。この分野の研究には、この状態を表す「ハイパーヴィジビリティ」という造語がある。「こうした女性は少数派としてほとんど発言することがない。しかし世間一般では非常に存在感が強く、極端に目立っている」

ダーヒンデン氏によれば、今回の議論では(移民である)イスラム教の女性たちの声が聞かれることはなかった。それだけでなく、彼女たちは、個人の自由の権利を持つ、自由主義国家の政治的主体としての存在を根本的に否定された。これは自由民主主義の基本原則に反しているという。移民女性やイスラム教の女性が政治的主体として、そして同じ市民として扱われるよう、世間はこれまでの考え方を改め、リベラルな視点から議論すべきだと同氏は考える。

7日の国民投票では、公共の場で顔を覆うことを禁止する「ブルカイニシアチブ」、「電子的な身分証明サービス」に関する連邦法(eID法)、スイスとインドネシアの自由貿易協定(FTA)の3件の是非が問われた。チューリヒ大学社会公共研究センターの分析他のサイトへによると、調査対象のほぼすべてのメディアで、ベール着用禁止案が他の2件に比べてはるかに多くの注目を集めた。

ベール着用の禁止を巡るメディアでの議論はもっぱら、宗教的理由からブルカやニカブで顔を覆うことの是非に集中した。「現在の議論の中心が、特に(政治的な)イスラム教と女性の権利の問題であることが露呈した」と調査は結論づけている。

同センターは今回の調査で、ブルカイニシアチブを巡る国民投票の投開票日以前に、スイスのメディアで発表された様々な記事の反響と論調をメディア媒体ごとに評価した。

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(独語からの翻訳・鹿島田芙美)


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