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UNHCR50周年:改善を要するスイスの難民政策

1951年に創立された国連難民高等弁務官事務所が、50周年を迎える。スイスは小国のわりには欧州で最多数の難民を受けているが、法的・実務的にいくつかの点を改善すればより大きな貢献ができるはずだと信じている人々がいる。

1951年に創立された国連難民高等弁務官事務所が、50周年を迎える。スイスは小国のわりには欧州で最多数の難民を受けているが、法的・実務的にいくつかの点を改善すればより大きな貢献ができるはずだと信じている人々がいる。

人道主義を看板にしているスイスだが、その難民政策はいつも矛盾していた。第2次大戦中、ナチの絶滅収容所の事を知りながら何千人ものユダヤ人やロマ人(ジプシー)を国境で追い返した事実は、近年注目を浴びている。

現在スイスは分不相応なほどの大量の難民を受け入れているが、昨年は自主帰還したコソボ難民のおかげで減少した。アムネスティインターナショナル・スイス支部のアラン・ボヴァード氏は「スイスの難民の待遇は、他の西欧諸国とくらべて悪くない。が、スイスから強制送還される方法などを見ると、法的にも実務的にも改善しなければならないことはたくさんある。」と語る。

スイスの難民政策で最も批判されているのは、難民申請を却下された人々の本国送還だ。政府はスリランカとイラク難民の強制送還中止要請を拒否したり、アフリカからの難民を国籍に関わらずカメルーンに送還したり、また、チューリッヒ空港からの送還者に警察が非人道的、屈辱的で危険な身体拘束手段を用いているなどの事実があり、実際パレスチナ人が飛行中に死亡した事件もあった。

ひどい経験は、スイスから送還される時ばかりではなく、スイスへ到着した時も同様だ。「到着した直後はとにかく疲れていて、スイスの公用語はできない人が多い。ショック状態の人もいるし、海外は初めての人も多い。全く新しいルールや法規に慣れるだけでも大変だ。」と国際社会センターのイザベル・ウエリンガー弁護士は語る。

難民がスイスに到着した時は、まず4つの連邦登録センターの1つに連れて行かれ、指紋採取、写真撮影、スイスに来た動機を質問される。それから、どこかの州に送られる。たとえスイス国内に親類縁者がいたとしても、彼等に行く先を選ぶ権利はない。フランス語を話す難民を独語圏に送るなど、無神経な処理をされる場合が多い。その後、連邦難民局が難民申請を審査するための2度めの面接が行われ、複雑なケースでは3度めの面接が行われる。「申請の可否が出るまでには、長い時間がかかる。私が担当している難民申請者でも、何年も待っている人がいる。審査を待つ間、安定せず将来の計画を立てることもできなないので、多くの人が精神的に不安定になってしまう。当局はもっと柔軟な対処をするべきだ。」とウエリンガーさんは言う。

難民のスイスでの生活が困難なのは法的な問題ばかりではない。難民は3ヵ月間就職活動を禁止されているが、支給される1ヵ月分の生活費はたったの400スイスフランだ。結局、スイス人がやりたがらないような仕事に手を出すことになる。また、多くの難民が地域社会に受け入れられず、孤立感、孤独感に苛まれている。

多くのスイス人が外国人を無差別に犯罪者や不法労働者と見なすような状況が続く限り、事態の改善はない。が、スイス人の出生率が下がり、外国人の労働力を必要とすることを認識するにつれ、少しずつ改善されていくだろうと思われる。ウエリンガーさんは「スイス当局は、多くの難民がスイスに留まることを認識している。また、これらの人々が働かなければならないことも認識しており、そのための規制緩和が必要なこともわかっているだろう。」と述べた。

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