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WTO交渉紛争が映画化

経済省の事務局長から映画監督に転業したダビット・シィーツ氏はグローバリゼーションの裏話を撮影した Keystone

長年、連邦経済省経済管轄局 ( seco ) を率いて世界貿易機関 ( WTO ) の交渉に関ってきたダビット・シィーツ氏はドキュメンタリー映画制作に転職した。自身の経験を生かした処女作『鉄鋼戦争 ( Steel War ) 』がジュネーブで11月末に発表された。

アメリカを中心とした鉄鋼に関するWTO紛争をテーマに取り上げながら、世界経済のグローバル化の争点やWTO交渉の行き詰まりを描いて、情報たっぷりで教育的な映画となった。

 『鉄鋼戦争』は2002年にアメリカが自国の鉄鋼産業の苦境を背景に行った保護主義政策 ( セーフガード措置 ) を受けて起こった紛争だ。この紛争はWTOの強力な紛争解決機関を通してWTO加盟国内で行われた政治的、法律的な戦いとなった。

swissinfo : ドキュメンタリーを制作する会社エコドックス(Ecodocs)は何を目指しているのでしょうか。

シィーツ : この製作組織は2年半前にこの映画『鉄鋼戦争』の撮影資金を出資し、特に途上国への配給を促すために作りました。

エコドックスは名前の通り、経済 ( エコ ) に関するドキュメンタリー ( ドックス ) を作るのが使命です。これは私のsecoでの経験を伝達する方法でもあります。

この処女作は2002年にアメリカが自国の鉄鋼産業を保護する措置をとったことに言及しています。この問題は私がsecoを率いていた当時に取り扱ったケースで、この跳ね返りはスイスの幾つもの中小企業にまで及びました。

この件を通して、この問題の複雑さとともに、広くはグローバリゼーションの肯定的な側面と反対にマイナス面を提示したかったのです。次の映画は第三世界と移民問題を扱う予定です。

swissinfo : アル・ゴア前米副大統領のような著名人も政府の主要ポストからドキュメンタリー制作に回りました。視聴覚メディアの方が政治権力よりも強いということでしょうか。

シィーツ : 政治的権力そのものが弱まっているということは言えないでしょう。ただ、私はベルン ( 連邦政府がある ) やシアトル ( 1999年に行われた第3回WTO閣僚会議 ) でなぜ人々は最後まで突っ込まないのだろうという一種の消化不良を感じていました。

映画は本より多くの人に簡単に伝達できる媒体です。世界経済のグローバル化は短絡的な善悪の二元論では語れないプラス面とマイナス面を含むことを示したかったのです。私が伝えようとするメッセージはこういった我々の社会の変化過程をより、穏やかなものにしようということです。

swissinfo : あなたが観察した世界経済のグローバル化のプラス面とマイナス面はなんでしょう?

シィーツ : まず、第1に世界貿易は世界に富をもたらしています。幾つかの国はより多くの富を享受しているといえるでしょう。反面、世界市場にアクセスするのは難しく、それにはリストラや解雇といった難しい措置を取らなければなりません。

グローバル化は短期的には常に問題をもたらします。しかし、長期的には関係国に富をもたらすのです。一面では国際貿易の自由化は雇用や貿易を促進します。スイスのような国は輸入することで商品を安く手に入れることができるのです。

しかし、もう一方、この自由化が大きな問題にもなります。スイスでは農業分野です。スイスは農業以外の全てのものを自由化することに賛成しているのです。ところが、多くの途上国にとって農業こそが輸出経済の基本的な分野でもあるのです。

swissinfo : 自国経済のある特定の分野を世界貿易競争からはずそうとしている国は増えているのではないでしょうか。

シィーツ : 保護主義にぶち当たるという危険を前に、スイスや西欧諸国は連帯責任を示さなければいけません。「良いとこ取り」だけというわけにはいきません。それを映画で示そうとしています。

アメリカは自国の鉄鋼産業の近代化を怠りました。それで、問題が発生したときには他の国を気にかけることなく、さっさと国境を閉じました。このような態度は容認されるべきではありません。

この映画を通して、長期的に見ると一国が利己的に振舞うことは非生産的だということを見せたかったのです。それよりも、連帯感を示すことによって信用を得られるのです。それこそが、暗礁に乗り上げているWTOの交渉を再び起動させる原動力となるでしょう。

現在のところ、第三世界の国々は「先進国は全てを欲しがり、何も与えない」と評しています。これが、現在の「新多角的貿易交渉( ドーハラウンド )」の行き詰まりの原因です。


swissinfo 聞き手、 フレデリック・ビュルナン   屋山明乃 ( ややまあけの ) 意訳

– ダビット・シィーツ氏は民間企業から転職して連邦経済省経済管轄局 ( seco) を1999年から2004年まで率いた。その後、民間企業に戻り、ドキュメンタリー映画制作に半分の時間を使っている。

– シィーツ氏はまず、シナリオの書き方をニューヨークで勉強し、処女作『鉄鋼戦争』を自費で制作する。世界を飛び回って通商大臣や政治家、またはジョセフ・スティグリッツ教授 ( ノーベル経済学賞受賞者)やNGO「アッタック( ATTAC ) 」の副代表だったスーザン・ジョージ氏などの著名人にもインタビューした。

– 映画は、ドイツ語圏テレビで来年1月に放映される。シィーツ氏のターゲットとしているのは将来のリーダーとなる人材の豊富な学校や大学での上映だ。映画はEcodocsのサイトからインターネット注文で購入可能。

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