伝説のアホウドリの標本。「アルバトロス(アホウドリ)」、ラプラタ、2014年(ニコラ・サヴァリー)
Nicolas Savary
パラグアイの首都にあるホテル。「アスンシオンのホテルの一室」、2014年(ニコラ・サヴァリー)
Nicolas Savary
アルバムの書き込み。ルイ・ドゥ・ボッカルド財団(フリブール州ビュレのグリュイエール博物館)
Musée gruérien, Bulle
シアンで彩られた写真。「大きなアルバム」。ルイ・ドゥ・ボッカルドのコレクション(フリブール州ビュレのグリュイエール博物館)
Musée gruérien, Bulle
南米大陸の地図。「地図、文字」、ルイ・ドゥ・ボッカルド財団(フリブール州ビュレのグリュイエール博物館)
Musée gruérien, Bulle
ブエノスアイレスのラ・ボカ地区、「うちのサボテン」、2014年(ニコラ・サヴァリー)
Nicolas Savary
ブエノスアイレスのプエルト・マデロ地区、2014年(ニコラ・サヴァリー)
Nicolas Savary
「ラプトル」。ラプラタ、2014年(ニコラ・サヴァリー)
Nicolas Savary
「アルバム 私とフィアリョの探検」、ルイ・ドゥ・ボッカルドのコレクション(フリブール州ビュレのグリュイエール博物館)
Musée gruérien, Bulle
「中庭」、パラグアイのアレグア、2014年(ニコラ・サヴァリー)
Nicolas Savary
「アルバム イグアスの探検」、ルイ・ドゥ・ボッカルド財団(フリブール州ビュレのグリュイエール博物館)
Musée gruérien, Bulle
「大アルバム」、ルイ・ドゥ・ボッカルドのコレクション(フリブール州ビュレのグリュイエール博物館)
Musée gruérien, Bulle
「瀑布(ばくふ)の感動」、イグアスの滝、2014年(ニコラ・サヴァリー)
Nicolas Savary
「ライオン」、ブエノスアイレス州ブラガド、2014年(ニコラ・サヴァリー)
Nicolas Savary
探検家のルイ・ドゥ・ボッカルドは1889年、スイス西部・フリブールの自宅を出て南アメリカへ旅立った。ローザンヌ出身の写真家ニコラ・サヴァリー氏が彼に関心を寄せたのは、好奇心と偶然からだった。
このコンテンツが公開されたのは、
マルチメディア・チームの一員として、写真編集、写真選定、エディトリアルイラストレーション、ソーシャルメディアなど、画像全般を担当。
1997年から2002年までチューリヒとロンドンでグラフィックデザインを学ぶ。それ以来、グラフィックデザイナー、アートディレクター、フォトエディター、イラストレーターとして働く。
写真編集 Helen James, swissinfo.ch
ルイ・ドゥ・ボッカルドの運命を変えたのは一羽のアホウドリだった。ドゥ・ボッカルドの乗っていた小船に、疲れ果てたアホウドリが空から舞い降りたのだ。幸運を示す伝説に従い、若きドゥ・ボッカルドはアルゼンチンを目指すことを決めた。
ドゥ・ボッカルドは1866年5月8日、フリブールで生まれた。多くのスイス人が海外へ移住した時代。ドゥ・ボッカルドはアルゼンチンへ向かった。1889年に到着し、ブエノスアイレス州のチーズ工場で働き始めた。1年後、アルゼンチンのラプラタ博物館外部リンクのキュレーター兼標本係として雇われた。運命のアホウドリを標本にした実績が買われた。
山のような手紙と1台のカメラ
こうしたドゥ・ボッカルドの経歴を発掘したのもまた偶然だった。2010年、趣味で骨董品取引をしていたニコラス・サヴァリー氏の父が、フリブール近郊ヴィラール・スル・グラーンのドゥ・ボッカルド家の家財一掃で古いトランクを発見。中から山のような古い手紙や日記帳、書物、写真が出てきた。いずれもドゥ・ボッカルドの所有物で、サヴァリー氏は彼の人生を研究することにした。サヴァリー氏は遺品を丹念に調べただけでなく、カメラを携えアルゼンチンまで彼の足跡を追いかけた。写真展では、2人の目に南米大陸がどう映ったかが描かれている。
ニコラス・サヴァリー氏とドゥ・ボッカルドの功績をまとめた写真展「コンキスタドール(仮訳:南米大陸への探検家)外部リンク」はローザンヌのエリゼ写真美術館で5月6日まで開催中。
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