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オリンピック会場設計の原点はツェルマットに

ウィスラー・オリンピック・パークは競技がよく見えるように設計されている Courtesy of Ecosign

ウィスラー・オリンピック・パークを設計したポール・マシューズ氏は、スキー三昧の時代にライフワークのひらめきを得た。それ以来、世界34カ国でマウンテン・リゾートの設計を手掛けている。

このコンテンツは 2010/02/02 15:25

環境に優しい設計会社「エコサイン ( Ecosign ) 」の創設者マシューズ氏は、オリンピックのノルディック会場とジャンプ会場を設計した。スイスのシモン・アマン選手はジャンプの優勝候補だ。

国全体が国立公園

娯楽としてスキーをする人もマシューズ氏の作品をよく知っているはずだ。ツェルマットの合理化サービスからアンデルマット ( Andermatt ) の大改造に至るまで、エコサインはスイス中の何十もの有名スキーリゾート地の設計にかかわってきた。エコサインが手掛けた個々のプロジェクトには、昔マシューズ氏がアルプスで初めて学んだ要素が含まれている。
「私の経歴全体が、ツェルマットでスキーを熱中していた時代にスイスで見たものに基づいています」

日本、カザフスタン、ロシア、南アメリカ、中国、ノルウェー、アメリカ、そしてもちろんカナダなど、彼が手がけたあまたのリゾート地のファイルが立ち並ぶウィスラーの事務所でマシューズ氏は語った。
「非常にコンパクトで歩行者に配慮したスイスの開発手法が大好きです。スイス人は、世界中の大半のどの国よりも高度なプロ意識と環境保護意識で景観に取り組んでいます。国全体が国立公園のようです」

処女地

エコサインはウィスラー・オリンピック・パークの設計にかかわった主要企業だ。オリンピック・パークには、約100キロメートルのクロスカントリー・スキーのルートが、2台の壮大なジャンプ台の横を通り抜け、たわんだトウヒの木の下を曲線を描きながら広がっている。

1億1500万カナダドル ( 約97 億7500万円 ) をかけた施設の建設によって、観客はほかのオリンピック施設よりもクロスカントリー・スキーやジャンプ競技がよく見えるようになった。
「クロスカントリー・スキーのレースの観戦では、普通は選手が並んで出発するところを観た後、バーへ行って選手が戻ってくるのを1時間ばかり待ちます。しかしここからは競技中の選手の様子が見えます。競技の40%から50%を見ることができると言えます」
とマシューズ氏は説明する。

ウィスラー・オリンピック・パークは、ウィスラーの町から約20キロメートル西にあるカラハン・バレー ( Callaghan Valley ) に位置する。そこには、バイアスロン競技で使われる射撃場のほか、報道関係者、オリンピック関係者、スキーの技術者のためのテントを建てる広々とした場所もある。オリンピック終了後には、駐車場や交通・輸送地帯の大半は壊されて森に戻すことになっている。

「スイスで1本の木を切るために作成しなければならない書類の量は、ブリティッシュ・コロンビアの森全体の木を切るために必要な量と同じくらいです。オリンピック・パークの敷地は純粋な処女地で、ほかには何もありません。私たち自身も実際に現地へ行って、残すべき木の全てに目印をつけました」
そうすることによってオリンピック・パークにする面積を、他社の設計案より3分の1以上減らすことができたとマシューズ氏は語った。

スイスのブリティッシュ・コロンビア

マシューズ氏は、冬季の間ツェルマットに住み、スキー三昧を楽しむ生活を数年続けた後、1975年にエコサインを設立した。スイスでの生活は彼にとって忘れられない経験となった。現在マシューズ氏が宣伝に使っているのはマッターホルンの拡大写真だ。
「谷を離れた後に、非常に驚きました。ツェルマットには車が走っていないので、内燃エンジンが出す匂いを何カ月も嗅いでいなかったのです。私たちが吸っている空気は非常に汚染されているという事実に強い衝撃を受けました。そのため、どこかにスキー場をつくるときは、人間に優しく、そして建造物の密度を中程度にとどめるという原則を導入したいと考えたのです」

マシューズ氏の努力は大きく報われた。エコサインがオリンピック施設の設計を委託されたのは今回で3度目だが、もうすぐ4回目がやってくる。最近マシューズ氏は、2014年にロシアのソチ ( Sochi ) で行われる冬季オリンピックの会場の設計案を作るため、ヴラジミール・プーチン首相とヘリコプターで現地へ飛んだ。

2009年の10月にマシューズ氏は、ユングフラウ地域に一連のレクリエーション・エリアを造るために、グリンデルワルトとヴェンゲン ( Wengen ) の間で見られるような合理化サービス、リフト、交通施設の設計をする契約を受注した。

これはマシューズ氏が待ち望んでいた仕事だった。特にユングフラウは彼のキャリアの全てが始まった場所の近くにある。しかし今、マシューズ氏は事務所の窓から降り積もる雪を見つめている。しばらく考え事にふける間、彼の心はアルプスの奥深い山のどこかにいる。
「ブリティッシュ・コロンビアは人間が存在しないスイスのようなものです。スイス人から多くを学びました」

スイスのアメリカ・カナダ人として

アメリカとカナダの国籍を持つ現在62歳のポール・マシューズ氏は1989年からスイスのラークス ( Laax ) で働き始めた。当時ラークスとその近くのフリムス ( Flims ) は、スイスの小さなスキー場に「よくある話」の例にもれず、スキーヤーの誘致で争っていたとマシューズ氏は言う。

マシューズ氏は、この二つのスキーエリアの統合を薦め、エコサインが施設の合理化と近代化を手掛けた。
「長年の間、良好な協力関係で成功を収めてきたので、エコサインはチームの一員として考えられています」
とラークスの「ヴァイセ・アリーナ・グループ ( Weisse Arena Group ) 」のディレクター、レト・ガートナー氏は語る。

以来エコサインは、ダボス、マイリンゲン ( Meiringen ) 、ヴェルビエ ( Verbier ) 、クラン・モンタナ ( Crans-Montana) 、ツェルマット、アローザ ( Arosa )、アンデルマット ( Andermatt ) など、スイス中のプロジェクトにかかわっている。

ティム・ネヴィル、swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、笠原浩美 )

ウィスラー・オリンピック・パーク

ウィスラー・オリンピック・パークには、クロスカントリー、バイアスロン、スキージャンプの三つの会場がある。各会場の観客収容数は1万2000人で、総合で28の競技が行われる。標高は比較的低く840~930m。

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バンビ作戦

ウィスラー ( Whistler ) 村の中心近くに位置し、スイス人が経営する宿泊所の「山小屋バンビ ( Chalet Bambi ) 」は、オリンピックの開催期間中クロスカントリー・スキーのスイスの専門家チームの指揮統制センターになる。
アッペンツェル・アウサー・ローデン( Appenzell Outer Rhodes ) 州の「ノルディック・ツゥニク社 ( Nordic-Tunig GmbH ) 」のオーナー、アンディ・メトラー氏は、さまざまな温度と湿度の雪の上でのスキーの滑り具合を同僚とともにテストするために、1000kgを超える重量の用具を搬送した。同社のゴールは、オリンピックでクロスカントリー競技のスイス選手をサポートするために、最適の状態に用具を調整することだ。
スイスの選手が負傷したり、休息を取ったりする必要がある場合に備えて、山小屋バンビには予備の部屋がある。オーナーのアブラハム・インニガー氏は、1980年代にアデルボーデン ( Adelboden ) からウィスラーへ移住した。

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