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スイスの国民投票 ミナレット禁止を可決

イニシアチブが大差で可決され、イスラム寺院の塔は「禁止!」へ Keystone

11月29日に行われた国民投票で、イスラム寺院の塔「ミナレット」の建築を禁止するイニシアチブが予想に大きく反し、大差で承認された。イニシアチブが可決されるためには、過半数の賛成票と、賛成票が過半数を数える州の数でも過半数を取ることが必須で、極めて珍しい。現行憲法が発布された1874年以来、今回の承認は17番目となる。

一方、兵器輸出禁止を求めたイニシアチブは反対票68%の大差で、否決された。今回の投票率は50%を超え、スイスでは高い投票率となった。

塔はイスラム政治のシンボル

 「ミナレットの建設を禁止する条項を憲法に盛り込む」ことを要求するイニシアチブを発足したのは、右派政権党の国民党 ( SVP/UCD ) とキリスト教原理主義的といわれている連邦民主ユニオン ( EDU ) だった。「特定な宗教の差別ではない」と主張していたが、イニシアチブを代表するウーリッヒ・シューラー氏 ( 国民議会 ( 下院 ) 議員/国民党 ) は、ミナレットはイスラム政治の権力の象徴であり、スイスにこうした権力が拡大されることに反対するイニシアチブである明言していた。

 全国の投票者の57.5%がイニシアチブを支持し、支持の過半数を超えた州の数も22州と大差で可決された背景について、国民投票のアナリストであるクロード・ロンション氏は29日午後のスイスのドイツ語ラジオ放送 ( DRS 1 ) で、イニシアチブが無党派の支持を得られたことと、イニシアチブグループの運動が功を奏し、多くの国民が投票したことを挙げた。一方、勝利したシューラー氏は
「象徴的な意味は大きい。スイスの社会に融和することを徹底的に拒否するようなイスラム原理主義の動きにスイス国民が反対した結果である」
 と結果を評価した。

 これに対し「進歩的イスラム」を提唱するサイダ・ケラー氏は
「結果は予想外。スイス国民の理性と人としての判断に期待していたが、非常に落胆している。この結果はイスラム教や文化などイスラム全体に対する反対するシグナルと捉 ( とら ) える」
 と語った。スイスの経済界もこの結果に懸念を示した。スイスの経済連合「エコノミースイス ( economiesuisse ) 」のゲロルト・ビューラー会長は
「貿易上の影響は大きい。経済外交でも ( イスラム諸国への ) 説明が緊急課題だ」
 とラジオ放送で語った。さらに、ミナレット建設が禁止されたところで、現在スイスが抱えるイスラム社会との対立を根本的に解決することはないという意見も聞かれる。しかも、欧州人権憲章を採択しているスイスが、この結果を実践に移すことは難しいのではないかと見られている。

兵器輸出これまで通り

 「軍隊のないスイス ( GSoA ) 」はこれまでにも、軍隊の廃止や高額な戦闘機購入の反対などのイニシアチブを発足させてきたが、すべて否決されている。今回は、兵器の輸出を全般にわたって禁止することを要求していた。対空ミサイル、戦闘機テスト機、シミュレーション機器のほか、そのノウハウや軍事知識といったソフト面、仲介業務も対象とするというものだった。
 
 結果は68.2%の投票者が反対し大差の否決となった。背景となったのは、スイス経済の不況ばかりではないと、ロンション氏。雇用問題につながると懸念した社会民主党 (SP/PS ) などの全面的支持が得られなかったことも否決につながったと見る。

 イニシアチブ発足の中心となったジョー・ラング氏 ( 国民議会議員 ) は
「現在の経済状況が影響した。また、反イニシアチブ派の強力な動員があったためだ」
 と語った。一方、国民議会のウルスラ・ハーラー氏 ( 国民党) は
「イニシアチブが可決されたとしたら、現在のスイスの産業界に大きなダメージとなっただろう。兵器は国家の安全と安定のために必要」
 とそれぞれラジオ放送で語った。スイスの機械・電機・金属協会「スイスメム ( Swissmem ) 」のヨハン・ニコラウス・シュナイダー・アンマン会長は
「明確な結果。軍隊廃止につながるような提案は支持されない。産業界の独立性と安定が保証された。このようなイニシアチブは、今後も可決されることはないだろう」
 と語った。

 スイスでは、戦地および紛争地に兵器を輸出することはこれまでも禁止されている。しかし、こうした地域に練習機としてジェット機を輸出し現地で戦闘機に組み立て直されたり、第3国を経由して武器が流出したりするなど、現行の法律は不十分であるという指摘がある。

佐藤夕美 ( さとうゆうみ ) 、swissinfo.ch

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スイスに住むイスラム教徒は約40万人とみられている。
ジュネーブ、ウィンタートゥール ( Winterthur ) 、チューリヒ、ヴァンゲン・バイ・オルテン ( Wangen bei Olten ) の4カ所にミナレットのあるイスラム教寺院がある。
このほかおよそ130から160のイスラムセンターや祈りの家があるが、多くの場合一般住宅を利用したものだ。

100%国営の兵器製造業「ルアク ( Ruag )」や、練習用戦闘機を作る「ピラトゥス ( Pilatus ) 」に代表される兵器関連企業がおよそ550社あるが、その多くが中小企業。兵器の輸出額は2008年で約7億2200万フラン ( 約637億円 ) と過去最高額に達した。輸出先は70国以上にわたるが、2008年のトップは1億1000万フラン ( 約97億円 ) のパキスタンだった。2009年上半期は輸出はやや減少。主要輸出国はドイツ、デンマーク、サウジアラビアとなっている

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