スイスの電子投票システムは完全に信頼できるのか。一抹の不安も残さないために、このシステムをハッカーに検証させるという案が出ている。システムを破った「ホワイトハッカー」には最高100万フラン(約1億1400万円)の報酬を出す。グーグルやテスラなどの国際企業も採用した方法だ。
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スイスが電子投票を導入したのは2000年。それから20年近くが過ぎようとしている今も、電子投票をめぐる議論の熱は冷めやらない。もっとスピーディーに全州が導入すべきだという声もあれば、テンポが速すぎるとの批判も聞かれる。さらに連邦議会では、在外スイス人を除きスイス全国で電子投票を最低4年間中断すべきとの要求も挙がっている。
そんな懐疑派に一抹の不安も残さず、電子投票の安全性や機密性を100%保証できると認識してもらうにはどうすればよいのか。自由民主党のマルセル・ドブラー下院議員外部リンクはシステムのサイバー攻撃耐性をきちんと証明すべきだと考え、ハッカーにシステムを攻撃させる案を打ち出した。
「実証済みのテスト方法」
自身も有能な企業家でありIT専門家であるドブラー氏の案は次のようなものだ。連邦政府は2回連続した投票で電子投票システムにストレステストを課し、適した連邦組織にそのテストを監視させる。一連の過程でシステムの安全性を証明し、最後に公式の報告書をまとめる。
ハッカーを不正アクセスへと誘い出すため、連邦政府は不正投票1票につき25万フラン、最高総額100万フランを報酬として支払う。「そうすればトップクラスのハッカーが本気になって攻撃するはずだ」とドブラー氏。投票が2回連続で不正投票なしに実施できれば、これより信頼できるシステムはないというわけだ。提案書の締めくくりには、グーグルやテスラなどの国際企業も「この実証済みのテスト方法」を用いたとある。
システムを一時中断する代替案も
これとは別の提案をしているのが、保守右派スイス国民党のフランツ・グリューター下院議員だ。サイバー攻撃の増加を踏まえ、現在実施中の電子投票を最低4年間中断するという案を議会に提出した。唯一の例外は、在外スイス人向けのシステムだ。
モラトリアム中にシステムの検証や海外の事例を調査する。グリューター氏は「在外スイス人向けのシステムや外国の類似のシステムが文句なしに安全であることが分かってから、国内での運用を再開させるべきだ」と言う。
ただグリューター氏は自分の案に固執せず、ストレステスト案にも受け入れ姿勢を示し、ドブラー氏の提案運動を支持している。
電子投票懐疑派のグリューター氏がドブラー案を容認するのは、将来的にストレステストが実現する可能性を示すのだろうか。そう断言はできないが、連邦議会の中の電子投票反対派が少数派であることは間違いない。
冷静なシステム開発者
連邦政府がこれまで正式に認可したのは、ジュネーブ州が開発したシステムとスイス郵便が開発したシステムの二つのみ。ともにドブラー案に対しては冷静を保つ。
スイス郵便の広報担当、オリヴァー・フリュエラ―氏は「政治家の提案に対しては通常ノーコメントだが、今回の議論には当社も当然注目している。スイス郵便の目標は、連邦内閣事務局が定めている条件をすべてクリアすることだ」と話す。
ジュネーブ州のクリストフ・ジュヌー副州知事も「ドブラー議員の提案について判断を下すのは連邦政府の役目。提案が可決された場合にそのルールを作るのは連邦当局だ」と似た考えだ。
ジュヌー氏は「有権者全員が電子投票を利用することを前提に、連邦規則でサイバー攻撃への耐性テストの実施が義務付けられている」と指摘。ジュネーブ州は独自にそのテストを実施しており、「この提案の要求以上のことを行っている」という。電子投票システムのプラットフォームはオープンソースソフトウェアとして段階的に公開しており、ハッカーも閲覧できる。
報酬よりシステムへの投資を
だがジュヌー氏はドブラー案の「報酬戦略」には疑問を呈す。システムへの不正アクセスでハッカーが稼ぐ100万フランという金額が法外なものに思えるからだ。ジュネーブ州がシステム開発に費やした金額は470万フランだ。「連邦にそれだけのお金があるのなら、ハッカーに与えるのではなく、システム開発に費やしてもらいたい」。だが決定権を持つのは連邦政府だ。
最終的な決定はまだ下されていない。ドブラー議員の提案が内閣で審議されることになるのかどうか、まずは下院の決議が待たれる。
現在、スイスでは二つの電子投票システムが使われている。ジュネーブ州が開発した「CHvote外部リンク」は、ジュネーブ州のほかバーゼル・シュタット、ベルン、ルツェルン、ザンクトガレン、アールガウの各州が採用。ヌーシャテル州とフリブール州はスイス郵便が開発した「Post E-Voting外部リンク」を採用している。
電子投票を実施している八つの州の主な利用者は在外スイス人。州在住のスイス人も電子投票の対象としているのは4州のみ。
以前は別のシステム「Vote électronique」も九つの州で採用されていた。だが脆弱性が見つかり、2015年夏に連邦政府が認可を取り消した。
(独語からの翻訳・小山千早)
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「人の往来が非常に激しくなった」。8月6日にベルンで行われた第94回在外スイス人協会(ASO)会議で、レモ・ギジン会長は現代の状況をそう要約した。同じく会議に参加したヌーシャテル大学のジャンニ・ダマート教授(移民・国籍研究)も、「人が動く、それがグローバル化だ」と確信したという。
人々が移住する理由は何か?ダマート教授は「仕事、家族、ライフスタイル」の3点にあると言う。スイス人の場合、キャリアのチャンスを求めて外国へ行ったり、勤め先の海外転勤で移住したり、大学や職業訓練を目的に外国に移住したりすることが多い。あるいは外国に住む人との恋愛が理由で引っ越す人もいるだろう。他にも温暖な気候を求めて定年後スイスを離れるケースもある。
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