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スイス自転車プロチーム解散

悲痛な面持ちで記者会見に臨んだリース氏 Keystone

自転車競技に魅せられた、補聴器メーカーのフォナック社社長アンディ・リース氏。「フォナック・サイクリング」を2000年に創設した。しかし度重なる同チームの競技者によるドーピング(禁止薬物使用)事件で、チームの解散を余儀なくされた。このたび、その事情をスイスインフォに語ってくれた。

このコンテンツは 2006/08/17 15:22

解散を決定的にしたのは、この夏、自転車ロードレースの「ツール・ド・フランス」で初優勝を果たしながら、ドーピング検査にひっかかったフロイド・ランディスの事件であった。

フロイド・ランディスの事件は「フォナック・サイクリング」創設者リース氏にとって「とどめの一撃」であった。何度かドーピング事件に巻き込まれながら、輝くチームであったし、「ツール・ド・フランス」で初優勝を飾ったかにみえたのである。リース氏は今でも「フォナックは一番ドーピング対策をやっていたチームだった」と確信しているし、スイス自転車競技もこの事件を乗り越えていくと希望を捨てていない。

swissinfo : 解散にあたって、悲しみの気持ちと落胆の意を表されましたが、同時にフォナックを解散に至らしめた競技者に怒りを感じられませんか?

リース : 今まで、私のチームでドーピングが何回かありましたが、それは個人の責任だと思っています。が、フロイド・ランディスの場合は、「怒り心頭に発する」と言う感じでした。「ツール・ド・フランス」で初優勝した後、ドーピング検査で陽性反応が出たわけで、今回こそ、チームが「例外的なできごと」を手にすると思ったその矢先でしたから。今は彼を、気の毒に思っています。後ろを振り向かないようにしないとしょうがないと思いますが。うちの競技者達は「悪い人間」じゃない。でも、スポーツ界も他の世界と一緒です。いろんな人間がいるのです。

Swissinfo : 「フォナック・サイクリング」解散はスイス自転車競技の後退を意味するのでしょうか?

リース : もちろんです。プロのエリートに属するチームがあってこそ、うまくいくのです。スタートしたばかりの若い競技者は、こうしたチームのお陰で、プロ界に入りやすくなる。でも、エリートチームがスイスにない状態は初めてのことじゃない。絶対必要条件ではないですが….実は、今後若いスイスの競技者を助けるため「スイス自転車競技連盟」をサポートしていくし、女性の競技者も援助していくつもりです。

swissinfo : なぜ「フォナック・サイクリング」で、何回もドーピングが起きたのでしょうか?

リース : 私も同じことを考えているのですよ。なぜだろうと。でも答えが見つからない。フォナックはドーピング対策を一番やっていたチームです。スイスも「アンチ・ドーピング」のコントロールでは、トップといわれている国です。いつか、誰かが、「どうしてそうなったか」を語ってくれると思います。今は本当になぜかわかりません。

swissinfo : 自転車競技がドーピングと無縁になることがあると思いますか?

リース : 「アンチ・ドーピング」のコントロールはどのスポーツでもやっていますね。サッカー、テニスなど。でも、自転車競技は、「アンチ・ドーピング」のコントロールが一番され続ける競技でしょう。世界でおよそ800人のプロの競技者がいて、毎年1万2000~1万3000回のテストが行われているのですから。自転車競技はスポーツ界の異端児のようになってしまった。ドーピングがつき物だと皆思っています。でもそれは本当じゃありません。

swissinfo : 「フォナック・サイクリング」を創設したことは良い経験でしたか、それとも悪い経験でしたか?

リース : このチームはビジネスの目的でつくられた。フォナックの名を広めるため、「音がよく聞こえることは快適な生活と同義」というメッセージを広めるためでした。チームを補聴器の宣伝に使ったのです。この点では大成功でした。ビジネスはいわば論理の世界。スポーツは情熱の、心の世界です。ドーピングは我々には全くの「悲劇」です。輝いていました。良いチーム、世界で最高のチームになろうとしていた矢先です。本当に残念でたまりません。

swissinfo、マシュー・アレン 里信邦子(さとのぶ くにこ)意訳

補足情報

- スイス補聴器製造会社フォナックの社長アンディ・リース氏は2000年、自転車競技チーム「フォナック・サイクリング」を創設。

- 2002年、同チームは自転車プロチームのエリートの仲間入りをする。

- 2003年、ダイラー・ハミルトンをチームのメンバーに加える。彼は2004年のアテネオリンピックの個人ロードタイムトライアル(1人で走る種目)で金メダルを獲得。しかし、同年のビュエルタレースのアンチ・ドーピング検査で陽性反応を示した。

- 同じく2004年、チームの2人の競技者、スイス人オスカー・カメンジンドゥとスペイン人サンティアゴ・ペレスがドーピング検査にひっかかった。

- 一番衝撃的であったのは、2006年の「ツール・ド・フランス」で初優勝した後、ドーピング検査にひっかかったアメリカ人フロイド・ランディス。

- チームのリーダーでもあったランディスは筋肉増強剤のテストステロンを多量に使っていた。

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