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WTOで迫られるスイスの「チョコレート法」改正

Ruedi Widmer

収益の半分以上を国外で得るスイスは、国際貿易の制限的措置の撤廃や削減に肩入れする一方で、自国の農家を関税や多額の補助金によって保護している。これまでスイスの保守的な動きが世界貿易機関(WTO)に訴えられてこなかったのは、WTOの要求を巧みに回避してきたためだ。現在スイス政府が2019年に向けて準備している「チョコレート法」の代替案についても同様だ。

 スイスほど政府が自国の農業を支援している国は少ない。そのために時折WTOの批判を受ける。食品輸出業者への補助金について規定する「チョコレート法」(農業製品の輸入・輸出に関する連邦法)外部リンクもその一つ。例えば、チョコレートの原料となる国産牛乳の価格は国外に比べて高い。そうなるとチョコレートの販売価格も上がる。そこで、国内外の原料価格差を補整し、国際的に通用する製品価格を最終的に設定できるよう、国は原料用の牛乳と穀物について食品輸出業者に毎年約1億フラン(約114億円)の補助金を投じてきた。しかし、将来的に輸出の助成を全面的に禁じるWTOの農業協定に則り、スイスは2020年末までにチョコレート法の修正を強いられている。

 スイス政府は、チョコレート法に依拠する輸出補助金の撤廃について公式に肯定的な姿勢を示している。しかし、撤廃により食品輸出業者が国外に移転してしまう危険性は拭えない。それを避けるために政府は、WTOの農業協定に違反することなく、自国の農業と食品輸出業者を保護するチョコレート法に代わる新たな策を用意している。主に、原料となる牛乳と穀物の輸入関税免除の容易化、そして輸出業者に取って代わる農家への補助金交付(総計7千万フラン=約79億円)だ。

WTOの規則に反するか

 批判者はこれらの政策について、補助金の名前とそれが流れる経路が変っただけと指摘。日刊紙NZZは、「姑息なやり方」だと批判する。また、ベルン大学国際貿易機関の研究者で、WTOで審判を務めるクリスチャン・ヘーベリ氏はWTOの規則に反するとの見解だ。

 一方で、農業団体会長のマルクス・リッター氏は「何がWTOの規則に反しているのかわからない」と反論。

 争点の一つが、農家に対して国が出す、牛乳と穀物1kg毎の0.3フラン(約34円)の補助金だ。また、輸出業者が国内農家から原料を低い価格で調達できるように該当者同士、「個別レベル」で価格調整してよいとする。だが、結果的に食品輸出業者を援助するこの価格調整が、どこまで「個別レベル」といえるかが問題となる。農家は輸出業者に対して、補助金分だけ原材料の価格を下げなければいけないのか?

 「それはない」とリッター氏は言う。「国内外の原料の価格差を賄う資金は、原料の購入者が自身でカバーすることになる。つまり、将来的には国による輸出助成金はなくなる」。

 一方で、製造者、牛乳加工業者、小売業者からなる業界団体BO-Milch外部リンクは、その資金は「牛乳生産者に対して国が支払う、新しい手当てによって融資される」とホームページに記述している。

なぜ訴えが起こらないのか

 自由貿易の専門家ヘーベリ氏は、WTOの農業協定が2021年以降、国によるあらゆる種類の輸出助成を禁じていることから、スイス政府によるチョコレート法の代替案はWTOの規則に反すると指摘。一方で、「スイスはさほど恐れることはない」と言う。「訴える人がいなければ、WTO審判人の出番はない」からだ。

 なぜ誰も訴えないのか?「訴える資格を持つ国のいくつかは、それでも引き続きスイスに向けて自国の製品を輸出できる。スイスは農業製品の約半分を国外に頼っているからだ。また、一国を訴えるにはそれに要する手間が膨大すぎる。だからスイスはこの先も実質的に輸出助成を続けられるというわけだ」とヘーベリ氏は話す。そして、その不利益を被るのは、納税者である国民と発展途上国の農家だ。


(独語からの翻訳・説田英香)

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