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ダライ・ラマ14世がスイスを訪問

チューリヒで法話を行うダライ・ラマ14世。帽子をかぶって茶目っ気たっぷり Keystone

チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が8月2日からおよそ10日間にわたってスイスを訪問している。これまでにカトリック教の巡礼地、アインジーデルン大聖堂、チューリヒ大学などを訪れたほか、5日から12日まで毎日、法話も行う。

すでに何回もスイスを訪問しているダライ・ラマ14世だが、今回は大きなイベントが目白押し。市内には大きなポスターも貼られ、大きく宣伝されている。

 ノーベル賞平和賞受賞者で、チベット仏教の指導者。ダライ・ラマ14世の人気はスイスでも高い。8日間にわたる法話の入場チケットおよそ7500枚は、瞬く間に完売するほど。メディアの取り上げ方も、今回は特に頻繁だ。70歳の誕生日にあたる今年、各国を歴訪するダライ・ラマにとっても、スイスは特別な国なのである。

難民を積極的に受け入れたスイス

 中国政府の支配下に置かれているチベット。1959年には、ラサでチベット独立を望む民族運動が発生。中国のチベット人への圧力が顕著となり、ダライ・ラマ14世はインドへ亡命した。この時、多くの人が祖国を追われ、まずはインドへ流出した。その際スイスは、チベット人を1000人まで受け入れるとして、他国に先駆け積極的に難民を受け入れたのである。

 1956年、インド国境近くの村パーリで生まれたザゲー・ツェリングさんは4歳の時、両親と妹と一緒に逃げた。家財道具など多くの荷物は持たずに、昼は隠れ、夜移動するというインドへの山越えの道は、商人だった父親がよく知っていたという。

 ダライ・ラマ14世が現在も本拠地としているインド北部のダラムサラでは、スイスの有志者が、チベット人の孤児を受け入れる施設を運営していた。ザゲーさんの両親は健在だったが、この施設に入居した。両親の勧めもあり1964年にはスイスへ亡命し、スイス人の家庭に養子として引き取られた。

 ザゲーさんのように、スイスにはチベットから多くの亡命者が流入した。村を上げて大勢のチベット人を受け入れる自治体もある。こうして両国の深い関係が始まった。

 現在、スイス国内に住むチベット人は、およそ3000人と欧州各国でも逸脱して多い。チューリヒ州の山中にはチベット仏教の寺院も建立され、仏教信者が集まってくる。ダライ・ラマ14世が寝泊まりできるように、専用の部屋も用意されている。この寺院はチベットの文化センターの役割も果たしており、5000冊にのぼるチベットに関連する書籍を所蔵する図書館もある。

スイス在住チベット人のロビーの成果

 これまでにもダライ・ラマ14世はスイスを何度か訪問している。1991年、1995年には当時の外相が、2001年には当時の内相がダライ・ラマ14世を「チベット仏教の代表者」として会った。今月3日にはクシュパン内相が、ダライ・ラマ14世と会見した。クシュパン内相は昨年秋、ラサ市の古寺として有名なラモチェ寺(小昭寺)をスイス人閣僚としてはじめて訪問している。

 今回もスイス政府は、ダライ・ラマ14世をチベットの指導者とはせず、繰り返し「チベット仏教の指導者である」と強調することを忘れない。中国との関係に慎重な配慮があるからだ。内務省スポークスマンのカティア・チュルヒャー氏によると「中国政府から、ダライ・ラマ14世のスイス訪問について連絡があった。スイス政府は通常のルートで中国政府に対し、スイスの立場を説明している」という。

 ザゲーさんは長年、中国のチベット政策に反対しデモや集会を行ったり、スイスの政治家に対してのロビー活動を積極的に行ってきた。「ダライ・ラマ14世の訪問が今回は特に大きく、メディアで取り上げられ、スイス人の注目となっているのは、スイスに住むわれわれチベット人の活動が実ったから」とザケーさんは自負する。しかし今でも現状はチベットに不利。「北京オリンピックでもチベットは国として参加を認められていない。世界はチベットで起こっていることを容認しているが、それは間違いだ」と訴える。

人間ダライ・ラマの人気

 先週5日から始まった法話には、チューリヒ市にあるスタジアムに44カ国から人々が詰めかけた。その大半は欧州人。バーゼルから仕事を休んできたという、サビネ・ショッホさん(45歳)は15年まえにアジア旅行をして仏教に触れたという。「仏教に関心があるので来ました。私自身はスイスに住んでいるので、100%仏教徒にはなれませんが、仏教はわたしの生活に安らぎを与えてくれます」
 
 隣国ドイツのカールスルーエから来たのはハンス・ゲオルク・メシェデン(70歳)さんと妻のウルスラさん(56歳)。ふたりは本を通して仏教を知ったが、その後チベット僧の公演を聴いて共感したという。「仏教は生きるために瞑想をすることを教えています。これがわたしに合っていました。仏教を通してキリスト教も分かってきました」とウルスラさん。「仏教徒とかキリスト教徒とかは問題ではありません」とハンス・ゲオルクさんは答えた。

 仏教には遠い国スイスだが、ダライ・ラマ14世の人気は、格別に高い。チベット人で1960年にスイスへ亡命し、現在チューリヒでラジオ記者をしているヤングチェン・ドゥルさんは「ダライ・ラマは平和のために活動をしてきました。テロなど不安が高まる現在、平和を訴えることは、宗教を超え誰にでも分かりやすいメッセージだと思います。5日間にもわたり法話をする彼は、わたしたちと一緒にいることを強く感じさせます」と分析する。

 他の宗教や文化などに寛容であれと諭し、宗教間の対立を避ける。自分の信仰を大切にすることでほかの宗教のことも理解できるようになると説くダライ・ラマ14世。チューリヒ大学では、科学者たちとのシンポジウムにも参加し、最先端の脳研究に耳を傾けた。
 
 前出のザゲーさんは、ダライ・ラマ14世のユーモアに接した一人。謁見では、すその長い民族衣装に足を取られて、3度ひれ伏してするお辞儀がうまくできなかった。すると、ダライ・ラマ14世は声を出して笑ったという。ザゲーさんのように、人間的な面を自然に見せてくれるチベット仏教の最高指導者に魅力を感じる人は多い。


swissinfo、佐藤夕美(さとうゆうみ)

チベットの亡命人口(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所の資料から)
総数13万4000人 インド10万人、ネパール2万人、ブータン1万5000人、米国5500人、スイス3000人、イギリス250人、フランス230人、日本60人、オランダ50人、ノルウェー50人、スウェーデン40人など

<ダライ・ラマ14世>
- 1935年生まれ
- 2歳で転生者と認定される
- 1954年中国訪問毛沢東と会見
- 1959年インドへ亡命

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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