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スイス有数の美術館、ナチスの略奪美術品を所蔵か

チューリヒの美術館「ビュールレ・コレクション」には、世界屈指の印象派の絵画が収められている。だがこの美術館には、ナチス・ドイツに略奪された絵画も所蔵されている可能性がある。今、この疑問を投げかける本が出版され、略奪美術品をめぐる論争が再び巻き起こっている。

 出版された本のタイトルからは、「地獄の臭い」がする。歴史学者でジャーナリストのトーマス・ブオムベルガーさんと、美術史学者ギド・マニャグアーニョさん共著の「Schwarzbuch Buehrle(ビュールレ黒書)」が出版されたことをきっかけに、武器商人だったエミール・ビュールレ(1890~1956)が収集した絵画コレクションをめぐる論争が再燃している。

「グルリット効果」

 今なぜ、この本が出版されたのか?そのきっかけの一つが、2014年に死去したドイツ人美術商コーネリウス・グルリット氏の遺贈品をめぐる騒動だ。同氏は、ナチスの略奪画を含む絵画コレクションをベルン美術館に遺贈すると遺言を残し、ベルン美術館が遺贈を受け入れると発表。この件は世界中で注目を浴びた。

 ビュールレ・コレクション外部リンクの所蔵作品の中にも、戦時中に略奪された美術品が含まれている疑惑がある。エミール・ビュールレがどのように絵画を購入してきたのかは、第2次大戦中のスイスとナチス・ドイツのつながりを明らかにした「ベルジエ委員会」による1998~2002年の報告書で広く知られている。

 そんな作品の多くが、現在拡張工事中のチューリヒ美術館に貸し出される予定だ。2020年の工事終了後には、モネ、セザンヌ、ゴッホなどビュールレ・コレクション所蔵の作品が展示されることになっている。

 著者のブオムベルガーさんたちは、チューリヒ美術館のように公立美術館が出所の不明確な美術品を収蔵する際には、特別な注意が払われるべきだとして本の出版に踏み切った。「チューリヒ美術館のために略奪された美術品?」と副題の付けられたこの本は、チューリヒ美術館の拡張工事が始まった時期と同時期に出版された。同書では、美術品の出所が不明とされる、ビュールレ・コレクション所蔵の絵画19点を例に挙げている。

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世界で最も美しい美術館 ビュールレ・コレクション

このコンテンツが公開されたのは、 チューリヒの実業家エミル・ゲオルグ・ビュールレ(1890~1956年)は、19世紀から20世紀初頭のフランス芸術に強く魅了された美術品収集家として、ヨーロッパ絵画において最も重要なコレクションの数々を集めた。 ビュールレ・コレクションは、フランス印象派および19世紀以降のポスト印象派の作品を多く所蔵。1951~56年にかけて、コレクションの大半が収集された。メインテーマは、近代芸術を基盤とした、自由な美的表現の発展だ。

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反論するビュールレ財団

 これに対しビュールレ財団は、指摘された19作品のうち15点の出所がすでに確定していると反論した。「70年前に所有者が変わった際に記録に不備があったとしても、それが必ずしも略奪を意味するわけではない。本の著者はその事実を無視している」(ビュールレ財団)

 チューリヒ美術館もまた、本の内容に激しく抗議している。広報担当者のビョルン・クベレンベルクさんは、「ビュールレ財団と同館のアーカイブは一般公開されているにもかかわらず、著者は過去2年の間一度もそれを調べていない」と反論。

 これまでに確認された出所の詳細は全て、2010年のビュールレ・コレクション展の際に公表しており、インターネット上でも閲覧できるという。また、未公開作品の一部に関しては、拡張工事の完成する20年をめどに現在、デジタル化が進められている。

略奪美術品の概念を拡大する

 「ビュールレの黒書」の著者たちの考えでは、略奪美術品に含まれるのは、ある侵略国が被害者から強制的に没収した美術品に限らない。例えば、ナチスの迫害を受けた所有者が、必要に迫られて売却した美術品も、略奪美術品の一部だという。「そのような状況で所有者が変わっても、合法に取引されたとみなされる。それは完全に事実と矛盾してる」(ブオムベルガーさん)

 そのため、ナチスが没収した美術品や、ナチスの迫害により半ば強制的に売却された美術品などを「ナチス・ドイツの迫害で失われた美術品」というカテゴリーでくくり、略奪美術品をめぐる議論を拡大すべきだと、著者たちは主張する。

ドイツでのみ認められる

 だがこのカテゴリーはまだ国際的に認められていない。連邦内務省文化局で略奪美術品の調査を担当するベンノ・ヴィトマーさんは、このような概念を略奪美術品として法規範に盛り込んだ国はドイツのみだと説明する。

 ドイツは、ユダヤ人の財産を徹底して略奪し、美術品などを公立美術・博物館に収蔵してきた歴史を持つ。その歴史ゆえにドイツがナチスの略奪美術品に対して特別な対応を取っているという。

 国際的には、ナチスに略奪された美術品の出所確認と返却に関する協定「ワシントン原則」があり、1998年にスイスを含む44カ国が署名している。しかし、ドイツの対応はそれ以上のものだと、ヴィトマーさんは語る。

政府の新たな支援

 スイス政府は、美術館に収蔵される美術品の出所調査にさらなる努力を費やす方針だ。美術館や博物館551施設が2008~10年にかけ、美術品の出所調査を行ったが、来歴が不明な美術品がまだ多く残っていることが、国が発表した10年の報告書から分かった。

 しかし、出所調査にかかる期間は長く、お金もかかる。資金不足のために出所調査ができないでいる美術館は多い。

 そこで政府は今年5月、美術品の出所調査に対する経済的な支援を行うことを発表した。具体的な支援方法や助成金の額はまだ検討中だが、今年末までには決まるとされる。

 ナチスに略奪された財産の返還を求める国際団体「ユダヤ人対独物的請求会議外部リンク」は14年9月、スイスで行われる出所調査に対して良い評価を下した。スイスは、ワシントン原則の署名国の中でも「大きな進展を見せた国」として位置づけられている。

(仏語からの翻訳・編集 由比かおり)

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