夏の大いなる楽しみ ー 戸外での食事
6月は日本では梅雨時だが、スイスでは夏だ。それも日照時間が長く、もっとも爽やかで美しい季節だろう。人びとは仕事が終わった後、それから週末の多くの時間を戸外でゆったりと過ごす。今日は、そんな戸外での過ごし方について書いてみたい。
スイスに来たばかりの頃、夫の友人が訪ねてきて「いい天気だ。今からピクニックに行こう」と唐突に言った。頭の中にすぐ浮かんだのは「お弁当に何を作ろうか」ということだった。東京とは違い、日曜日にスーパーは営業していないし、コンビニエンスストアもない。「準備というものがあるからいきなり言われても困る」と抗議したら、スイス人たちに首を傾げられた。
夫と友人は、冷えた白ワインのボトルと、割れないようにペーパータオルで包んだ小さいワイングラスを3つ、グリュイエールチーズの塊とパン、そしてスイスアーミーナイフだけをリュックに入れて、「行くよ」と言った。
そして、行った先は景勝地というわけでもなく、我が家の裏の小高い丘。どこまでも広がる牧草地で、岩の上に腰掛けて、ワインとパンとチーズ、そして太陽の光を楽しんだ。この体験は、アウトドアというものに私が持っていた固定観念を変えるきっかけになった。
日本で、戸外で食事をする時は、普段の食事かそれよりも多い労力を使ってお弁当を用意することが多い。例えば花見や運動会のお弁当は、品数が多く華やかでしかも食品が傷まないように気を遣う。お料理ブログなどを覗いて見かけるお弁当の美しさと手間にはいつも驚く。
スイス人の考える戸外の食事は、それとは少し違うようだ。少なくとも外で食べるときにはたくさんの労力をかける必要はないと考える人が多いように思う。
つまり私は戸外での食事は特別なこと、日常生活とは違う「ハレ」の場という認識を持っていたのだが、スイスをはじめとするヨーロッパの人にとっては特別なことではなく、準備のいることでもないらしい。
彼らは、夏の間とにかく外で食事をしたがる。冬の日照時間が短くて暗く寒い分、夏の長く明るい日中と太陽光を少しでも楽しもうとするからだろう。それは季節を楽しむだけでなく、健康のためにも重要であると考えられている。日本のとくに若い女性からは毛嫌いされている紫外線は、ビタミンDをまかなうために必要不可欠だと考えられていて、積極的に浴びるべきだと推奨されることもある。
もっとも健康上の必要性だけの問題ではないかもしれない。
湿度が高くて暑い東京では、夏の日中にわざわざ外で食事をしたがる人は少ない。だが、スイスの夏は、カラッとしていて日陰にいればとても快適だ。穏やかな風が通れば、とても爽やかだ。人びとは外食のときも可能な限りテラスで食べようとする。
日本でいう「鍋奉行」のような言葉で「グリルマイスター」という言い回しがある。グリルをするときに、火の前に陣取り嬉々として肉などを焼く人のことだ。夏には、ほとんどの週末に自宅のベランダでグリルをすると語る同僚がいて、彼は「グリルマイスター」と呼ばれることに誇りを持って腕を振るっている。電気、石炭など違いはあるが、家庭でグリルをできるなんらかの設備を備えている割合は驚くほど高い。
私たち夫婦も、晴れた夏の休日はグリルをしたり、もしくはボリュームのあるサラダゃパンとチーズなどで気軽に戸外の食事を楽しんでいる。バイクでツーリングに行く時も、やはりテラスに座って、新緑や湖水の煌めきを楽しんでいる。今年もまた、戸外で食事の出来る季節がめぐって来て、ウキウキしている。
ソリーヴァ江口葵
東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。