国連で一番難しい仕事?国連人権高等弁務官

国際連合(国連)機関の長を務めるのは容易なことではない。その専門分野が環境(国連環境計画(UNEP))であれ、子ども(国連児童基金(ユニセフ))であれ、健康(世界保健機関(WHO))であれ、各国政府が自国の責務とみなそうとする分野で、国連機関の長は政策を提案し、進展させなければならない。

このコンテンツは 2020/07/18 08:30
Imogen Foulkes、英BBCスイス支局(ジュネーブ)の特派員、swissinfo.ch記者

もし、国際連合(国連)の諸機関の中で、他のどのポストよりも能力が試され難しいポストを1つだけ挙げるとすれば、それは国連人権高等弁務官だろう。人権高等弁務官の仕事は、人権侵害がいつどこで起きようとも、それを明るみに出し、アメか鞭で、あるいはその両方を使って、政府に署名済みの基本的人権規範を擁護するよう働きかけることだ。

要するに、国の秘密作戦や、国が実行したり、そそのかしたり、あるいは見て見ぬふりをしたりしているかもしれない侵害を調査し、暴くことが多い。

そこで記者は、人権高等弁務官の実際の仕事をより明確に知るため、人権高等弁務官を2014~18年の間務めたザイド・ラアド・アル・フセイン氏にインタビューする機会をいただいた。ザイド氏は、同職に就任するまでに、すでに国連と外交で長いキャリアを持っていた。

※前国連人権高等弁務官のザイド氏へのインタビューは、「インサイド・ジュネーブ」のポッドキャスト(英語)でお聴きいただけます。

旧ユーゴスラビア領、キャリアの始点

ザイド氏はいわゆる特権階級の出身だ。ヨルダン王族の一員だが、「王子」という呼称に安住しているように見えたことはない。ザイド氏は兄弟について米国へ旅行した際、「ほとんど偶然に」国連でのキャリアは始まったと話した。国連に勤務する友人から、国連がユーゴスラビア紛争の国連平和維持活動に従事する人材を募集していると聞き、ザイド氏はニューヨークに行き着いた。

その後数カ月のうちに、ザイド氏は国連保護軍(UNPROFOR)の政務官として旧ユーゴスラビアで活動していた。ザイド氏によれば、これが人生の「転機」となり、人権に深く関わるきっかけとなった。

2014~18年に国連人権高等弁務官を務めたザイド・ラアド・アル・フセイン氏 © Keystone / Martial Trezzini

「旧ユーゴスラビアは、UNPROFORにいた我々全員の心を強く捕らえた。何から何まで人間ならではの体験だったからだ。勇敢さから臆病、はては最も残酷な犯罪行為まで、全てがそこにはあった」

ザイド氏は、「勇敢さ」の大部分は国連の人道支援従事者にあると言う。彼らは、しばしば非常に危険な状況で、旧ユーゴスラビアの苦しむ文民を支援しようとした。その一方で、「臆病」は「世界中の政府と国連の高官たち」にあると言う。「我々はあまりに気弱で、マンデート(委託された権限)を気にし過ぎていた」

「強気で行け」

約20年後の14年、ザイド氏は国連人権高等弁務官への就任を打診された。旧ユーゴスラビアでの経験があったからか、国連が時に腹立たしいほど無力になり得ることを知っていたからか、ザイド氏は最初、断ろうと思った。

しかし、ニューヨークのセントラルパークを散歩しながら、就任要請について考えた。「おそらく運命だったのだろう」とザイド氏は笑いながら当時を振り返る。「もし、私がノーと言っていたら、その話はそれで終わりだっただろう。しかし、一度考えだしたら、ノーとは言えなかった」

就任に先立ち、ザイド氏は前任のナヴィ(ナヴァネセム)・ピレー氏から、どの国も優遇してはならないという助言をもらった。「自明の理だが、国連内部の多くの人が一部の国を優遇するのには驚いた」

ザイド氏は、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ代表のケネス・ロス氏にも助言を求めた。「ケンは、強気で行け、とだけ言った」

そこでザイド氏は強気で行くことにした。14年9月の国連人権理事会(本部ジュネーブ)における就任後初の演説で、過激派組織「イスラム国」(IS)を厳しく非難し、IS の支配地域は「残酷で卑劣な流血現場」になるだろうと警告した。

また、英国ブレグジット党の党首、ナイジェル・ファラージ氏とオランダ自由党の党首、ヘルト・ウィルダース氏を「デマゴーグ(扇動政治家)」と呼んで、欧州の右派ポピュリストの指導者たちにも注意を向けた。さらに、ドナルド・トランプ氏が米国の大統領選に立候補した際は、トランプ氏を「偏狭な人物」と評し、トランプ氏が大統領に選出されることは危険だと示唆した。

加盟国におもねらない

ザイド氏の初演説が、加盟国と仲良くなるための戦略でないことは明らかだ。しかし、ザイド氏に謝罪する気はない。加盟国の行動がどうであろうと、加盟国を味方につけておこうとすることは、国連が頻繁におかす間違いだとザイド氏は考えている。

「国連が加盟国の機嫌を取ろうとし過ぎることが問題だ。大幅に譲歩し、加盟国の機嫌を取ることが国連の仕事だと考えている」とザイド氏は指摘し、「国連は政府のいかなる影響も受けない独立の存在だと見られなければならない。そして、敬意を払われるような方法で、その独立性を発揮しなければならない。政府の代表者が話を持ち掛けてくるたびに、国連がへつらったり、拠出金や地位を失うことを恐れて、政府代表に簡単に譲歩したりすることがあってはならない」と強調する。

国連高官の言動に対する政府指導者たちの反応を気にするよりも、政府が国連に対して慎重に敬意を払うべきだとザイド氏は信じている。

「国連高官が、自分たちの意見に対する政府の指導者らの反応を気にするのではなく、政府の指導者が、国連の高官が彼らをどう考えているかを気にするべきだ。これは、知識と経験に裏付けられた権威と明快さの問題だ。この分野で75年の経験を持つ国連には影響を及ぼすだけの膨大な知識がある。国連は一目置かれる必要がある」

舞台裏の激務

ザイド氏がトランプ米大統領について歯に衣を着せないコメントをしたことを覚えているかもしれないが、実際、ザイド氏の4年間の在職期間中、ザイド氏と国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は世界中の人権侵害を調査し、激務をこなした。だが、舞台裏でひっそりと行われることも多かった。

その成果は、シリア内戦に関する詳細な報告書、ウクライナ紛争に関する調査、ミャンマーの少数派イスラム教徒ロヒンギャに対する迫害に関する調査など多数ある。ザイド氏の功績の多くは、政府に働き掛け、人権侵害に対する懸念を共有するという伝統的な「静かな外交」によるものだった。

「私は在職中のほとんどの時間を使って、(非公式に)政府へ手紙を書き、話をし、電話を掛けた。しかし、必要があると感じれば、迷わず公表した。私はさらに踏み込むことができるし、そうする、ということを政府に分からせる余地をいつも残した。だから、もし政府が私を無視すれば、政府は危機に陥るかもしれない」とザイド氏は説明した。

ミャンマー国軍が17年、少数派イスラム教徒のロヒンギャに対して野蛮な迫害を始め、100万人もの難民が発生した時、ザイド氏の事務所に出向いてインタビューしたことを記者は思い出した。ザイド氏はちょうどミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問との電話を終えたところだった。民主的な選挙で選ばれたミャンマーの指導者であり、ノーベル平和賞の受賞者でもあるスーチー氏は暴力を止めるために行動するだろうとザイド氏は楽観視している様子だった。

実際にはそうはならなかった時、OHCHRの調査官らは、ミャンマー西部ラカイン州で起きた迫害の恐怖の全容を詳細に記した報告書を発表した。ザイド氏に迷いはなかった。この暴力は「ジェノサイド(集団殺害)の要素」を含むとザイド氏は表現した。離任前最後のインタビューに際して、ザイド氏は、スーチー氏はこのような残虐行為を主導するよりも、辞任すべきだと話した。

ミャンマーの指導者たちがザイド氏の言葉を快く思うことはないだろう。しかし、ザイド氏とOHCHRの調査官らはラカイン州で起きたことに世界の注目を集め、このように大規模な暴力の再発は困難にしたと信じたい。

ザイド氏の現在

ザイド氏は今、米国ペンシルバニア大学の教授(法律・人権)であり、平和・正義・人権のために活動する国際的指導者たちの独立組織「ジ・エルダーズ」の新メンバーでもある。同団体は、南アフリカ元大統領の故ネルソン・マンデラ氏が設立した。

だが、ザイド氏は今も国連の卓越した観察者であり、国連創設75周年にあたって、国連が取るべき方針について躊躇することなく意見を述べる。ザイド氏が国連にとってカギと考えるのは、国連安全保障理事会の常任理事国に対して、残虐な犯罪行為が起きた場合には拒否権を使わないよう説得することだ。

「そうすれば、集団行動の可能性が開けるだろう。そして、安全保障理事会があるべき姿で機能するのを目にするだろう」

「国連には優秀な職員が多くいる。我々が得意分野に、我々の優秀なスタッフとともに取り組み、リーダーシップを発揮し、官僚的でなくなれば、国連は復活し、人々が思い描くような姿になることができる」“

「原則に従って発言し、恐れないでほしい。もし、加盟国や加盟国政府が、原則や国際法に基づいて、これらの国連職員を重視しなければならないと考え始めるようになれば、そここそ我々のいるべき場所だ」

「世界は国連を心から必要としている。しかし、世界が必要とするのは統制のとれた国連だ。高い敬意を払われ、一目置かれる組織だ」

「インサイド・ジュネーブ(Inside Geneva)」(英語)のエピソードはポッドキャストで購読することができます。フォルケス記者のツイッターのフォローはこちらから。ジュネーブ関連トピックに関する質問や提案を受け付けています。

イモージェン・フォルケス

英国スコットランド出身。スコットランドのテレビ局でジャーナリストの道に入る。その後、スイスインフォの前身であるスイス国際放送に入社。2004年からBBCジュネーブ・スイス支局の特派員。南米コロンビアにおける赤十字国際委員会(ICRC)の医療ミッションを始め、北アフリカ・チュニジアでの国連の人権啓発活動やセルビアにおける国連の高齢難民支援活動を取材。スイスでは世界最長のゴッタルドベーストンネルの開通式から温暖化によって縮小するスイスアルプスの氷河まで幅広い分野を追いかけている。

End of insertion
共有する