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小澤征爾「教えたくなるのは本能」

左手を挙げる男性指揮者
小澤征爾氏(アーカイブ画像) Keystone / Hans Klaus Techt

「スイス国際音楽アカデミー」は小澤征爾氏が創設した音楽講習会だ。フランス、ドイツや北欧の国々から選ばれた若いバイオリン、チェロなどのソリストが、弦楽四重奏の練習を10日間行う。練習の合間に音楽教育、音楽の本質などについて小澤氏に聞いた。

「ここはバイオリンが強く。次はチェロがしっかり旋律を弾いて」と指導の先生の声。傍に腰かけ楽譜をにらみながらうなずいていた小澤氏が、チェロの音と共に腕をズンと振り「うん、それでいい」と声をかける。

swissinfo.ch:「スイス国際音楽アカデミー ( International Music Academy Switzerland, IMAS ) 」とは? 

小澤征爾:「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」と同時に、奥志賀で若い音楽家を集めて講習会をやっていて、それとまったく同じアイデアをここに持ってきたの。日本では日本人が主で、ここではヨーロッパ人が中心だけれどね。

ケルンでオーディションを1月末頃に開いて、カルテット ( 弦楽四重奏 ) の楽器の演奏者を1人ずつ選び、スイスのここロール ( Rolle ) でカルテットを編成して練習してもらいます。最後にバーゼルとジュネーブでコンサートを開きます。

swissinfo.ch:オーディションで生徒を選ぶときの観点は?  

小澤:もちろん楽器は弾けないとだめですよね。それとまじめにカルテットをやれるかという資質を見ます。カルテットというのは地味なものですから、バイオリンもチェロもみんなソリストになりたい人ばかりだから、そんな人がこうやって10日間まじめにやる気持ちがあるかどうか、だいたい弾いてもらうと分かります。

swissinfo.ch:協調性が大事ということですか?

小澤:というより、音楽をやりたいという気持ちが一番大切ですね。ちゃんとした教育を受け、技術があり、そして音楽を作りたいという気持ちが強ければ、10日間もつというのかな。

swissinfo.ch:ソリストになりたい人を集めて四重奏をやらせる意味は何ですか?

小澤:要するに四重奏をやってソリストになるのと、やらずになるのとでは( その人が作り出す )音楽に違いが必ずあるということですね。音楽の本当の芯を作るのは、弦楽四重奏の主なる特徴なんですね。弦楽四重奏というのは、飾りがないんですよね、全然。オーケストラというのは飾りが割りと入っているけど。

飾りがまったくなくて、純粋な音楽作りを4人でやるというのが、歴史的にも弦楽四重奏の特徴で、作曲家もみんなそういうつもりで書いているからね。そこには純粋な音楽だけがあるのです。

swissinfo.ch: 飾りのない音楽を通過したほうが、ソリストになるにもいいということですね。

小澤:そういう経験があったほうが、オールラウンドで、全体としていい音楽家になれると思います。「音楽作り」には四重奏が大切だと信じています。細かく言えば、音楽の語法とか、論法とか、そういうものを習うのにも四重奏はすごくいい。

音をただ並べるだけでは音楽にならないわけで、どうやって作曲家が紙に書いたものを音楽に戻すかと、ここのことですよね。もちろんソロの曲でもそういうことはあるのですが、四重奏の場合はそれがもろに出てくるということです。

swissinfo.ch:先ほど、生徒を選ぶ時、弾いたら分かると言いましたが、それはどういうことでしょうか?

小澤:弾いていて、音がバリバリ弾ける人でも作曲家が書いたものを自分の解釈でどういう風にして表現したいかというものが出てくる人はいいのだけど、それを余り考えないで、音が沢山並んでいるとそれをあわてて全部弾いてしまうというのは、やっぱり具合が悪いですよね。

音楽が好きか嫌いかという問題がでてくるのです。意外に多いですよ。両親に言われて音楽家になって、ずーっと勉強していて、ハッと気がついたら音楽が余り好きじゃなかったというような人が。

ここに残っている人たちは、さすがにそんなことはありませんね。素晴らしいですよ。本当にすごいですよ。

swissinfo.ch:なぜスイスを選ばれたのでしょうか?

小澤:それはね。中立ということがある。どうしても大きな音楽の町だと、例えば、ベルリンだとドイツ人が増えたり、パリだとフランス人が増えたりということがある。その意味では、ここは中立で、どこの国からも来やすいということがあります。

swissinfo.ch:ボストン交響楽団の音楽監督を辞める少し前から、音楽教育に力を入れていますが、なぜでしょうか?

小澤:実はずいぶん前から、ボストンに入って5~6年たってから、学生の指導を始めましたから三十何年もやっていたんです。ただ目立たなかっただけです。

この教えたくなるというのは、もう本能ですよね。なんかそうみたい。これちょっと麻薬的なところがあって、教え始めるともうやめられなくなるんですよね。面白いですよ。でも、みんなそう言いますよ。教え始めた人は。

こう、なんて言うの。学生さんにいいのがいると、若いのにいい資質の人がいるとますます教えたくなる。本業よりそっちのほうが面白くなったりしてね。で、女房にしかられたりしています(笑い)

swissinfo.ch:では、ここは楽しいですか?

小澤:そうですね。楽しいですね。それと松本も奥志賀も楽しいですね。で、10日間やっていると、とことん分かりますからね。学生のことは。

次のことは、ぜひ聞いてもらいたいのだけど、10日間にうんと伸びる子と、ここが終わってから、次の冬の間に伸びる子がいるんですよね。ここをきっかけに、開眼するというのか、そういうのがたまにいたりする。また、もう十何年やっている奥志賀では、キャンプの期間中は伸びなくてただ苦労してやっていて、いろんな音楽作りに興味が出てきて、2~3年たって伸びる晩生の子もいます。

swissinfo.ch:ところで、音楽って結局何でしょうか?「音楽は魔法だ。だって、一人の人の人生だって瞬間にして変えることができる」という小澤さんの言葉をどこかで読みましたが。

小澤:うん、確かに人生を変えてしまうような場合もあるし、それから例えば国と国との間でゴタゴタしていても、音楽でやるとすごく分かりやすくなったりしますよね。ここにいても、フランス人とか、ドイツ人とか、ロシア人、韓国人とか、ごちゃごちゃにいて、本当に仲良くやっていますからね。
 

1935年、中国のシャンヤン ( 旧奉天 ) で生まれる。
1955年、桐朋学園短大に入学し、斎藤先生の指導を受ける。
1959年、フランスのブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。
1960年、ヘルベルト・フォン・カラヤンに師事する。
1973年、ボストン交響楽団の音楽監督就任。以降29年間務める。
2002年、ウィーン国立歌劇場の音楽監督就任。

この間、1992年から、毎年「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」を開催し、同時に「若い人のためのサイトウ・キネン室内楽勉強会」を奥志賀で開催している。2005年からは同じ形式の講習会「スイス国際音楽アカデミー ( International Music Academy Switzerland, IMAS ) 」をスイス、フランス語圏で開催している。

また、「フランス芸術文化勲章シュヴァリエ賞」、「日本文化功労賞」、「オーストリア勲一等十字勲章」、「毎日芸術賞」「サントリー音楽賞」など数々の賞を受賞している。

2005年からスイスでスタートした、若い音楽家のための講習会。弦楽四重奏の練習が夏期に10日間行われる。昨年からロール( Rolle ) で行われている。

1月から2月にかけ、選考があり、選ばれた24、5人の生徒が参加する。今年はフランスから8人、ドイツから3人、ポーランドから3人、ノルウェーから2人など。日本人も1人選ばれた。

小澤征爾、元ジュリアード弦楽四重奏団創設者ロバート・マン、今井信子、原田禎夫、パメラ・フランクなどが指導にあたる。

10日間の練習の後、コンサートを行う。今年は7月2日にバーゼル、4日にジュネーブで行われ、小澤征爾、ロバート・マンが指揮をする。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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