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恐怖を再び生きる

「まるで何か恐ろしい経験をもう一度生きているような表情」のイラク駐屯のアメリカ兵、ブルーノの顔

(swissinfo.ch)

「この若い兵士は、何か恐ろしい経験を再体験している様な表情をしている」とクラウス・シェレール教授は写真の迫力に打たれこう言った。

 ジュネーブの国際赤十字・赤新月社博物館は、世界から7人の写真家を招いて「傷跡展」を開催している。戦争などの「傷跡」を提示することで、観る人に体験的感情を強く喚起させる。また出来事をリアルに伝えるテレビ映像に写真は対抗できるのか、出来事の「傷跡」を写すことの意味は何かといった疑問も同展は問いかける。

縦皴は「理解できない感情」の表れ

 「兵士らしくない、横になったリラックスした姿勢を取っているにもかかわらず、この若いアメリカ兵の顔は緊張している。口の筋肉が緊張している上、特に目が開いている。まるで何か恐ろしい経験をもう一度生きているようで、背筋が寒くなる」
 と、スイス連邦感情科学研究所 ( PRN Affective Sciences ) のシェレール氏は解説した。

 アメリカの写真家スザンヌ・オプトン氏は、イラク戦争のイラク側犠牲者5人とアメリカ兵3人の顔を2メートル近いサイズで表現している。兵士たちの顔からは、強いショックを受けたという感じや物思いに沈んでいる様子がひしひしと伝わってくる。

 一方、2人の子どもを持つイラク人技師の顔は、口元が下がり眉間には深い縦皴が刻まれている。
 「縦皴は『理解できない、納得できない』といった感情が長く続くときに表れる。また、口の端が極端に下がっているのは、怒りや苦い思いを表現している」
 とシェレール氏は分析する。3人の子どもを持つ作家のイラク人女性は、その空を見つめるように水平に開いた目が潤んでいる。こうした目つきは絶望感を表しているという。

 南アの写真家ピーター・ヒューゴ氏は、やはり大型サイズで白皮症の人々を正面から激写している。白皮症の人は、南アでは不吉な運命をもたらす人、ないしは魔術的力の持ち主として差別されている。
 「この女性の目は何も見ていない。人は自分が属する社会から外れていると知ると、この集団から守られていないことで身の危険を感じる。絶えず危険にさらされている人の表情を写真家は見事に捉えている」
 と言う。

 仕事柄、さまざまな感情を表現した顔を何百と見、役者に怒りや喜びなどの感情を表現してもらって来たシェレール氏は、
「しかし、この写真展の顔はどれも特別な力があり深い感銘を受けた」
 と語る。

インパクトは写真の方が強い

 出来事の「傷跡」は、顔に残るだけではない。スイスの写真家クリスチアン・シュバゲー氏は、ボスニアの秋の風景を8枚の写真にしている。スイスのどこにでもあるような平凡なこの風景は、しかしよく見ると、道路の土が戦車が通った跡のように深くえぐれている。また、なんでもない広場の盛り上がった土も、何があったのか、ここで多くの人が殺されたのではないかなどという考えを呼び起こす。

 アメリカでのハリケーン「カテリーナ」の跡を写した写真は、カメラが破壊された家の中の細部を、まるでそこに居合わせているようなアングルで写しているせいで、一般の報道写真と違い、観る人を即座にハリケーンの現場に誘い込み、擬似体験させる。

 こうした出来事のさまざまな「傷跡」を捉えた写真を観た後、写真とテレビのインパクトの違いについての問いに、
 「写真の方がインパクトが強い。なぜなら、例えばアメリカ兵士の表情を見ながら、人は自分の中にストックしている感情体験を呼び起こし、兵士の体験と対話させ膨らませて行く。ところが、テレビは物語を次々と語りかけるので、それについていくだけで、観る者のストックされている感情体験にまったく触れない。従ってインパクトは弱い」
 とシェレール氏は答える。

 また、災害の写真を前にしたときの擬似体験については、
 「実際の体験と疑似体験とでは脳のメカニズム上は非常に似ている。ただ、疑似体験は実際に身体的に何らかの結果を蒙らないと知っているので、インパクトは少し弱いが」
 と説明した。
 
swissinfo、里信邦子 ( さとのぶ くにこ )

傷跡展 ( Stigmates )

同展はジュネーブの国際赤十字・赤新月社博物館 ( MICR ) で、3月4日から7月26日まで開催している。

世界から選ばれた以下7人の写真家は、戦争、自然災害、差別などの「傷跡」を撮影することで、観る人にストックされている体験感情を喚起させる。

アメリカの写真家スザンヌ・オプトン氏はイラク戦争でのイラク側犠牲者とアメリカ兵の顔を大きく写し出した。南アの写真家ピーター・ヒューゴ氏は白皮症の人たちの差別による苦悩を表現した。

ギュスターブ・ジェルマノ氏は、1976年から1983年にかけ、アルゼンチン軍政下で死亡・行方不明になった約1万3000人の家族の喪失感を写し取った。

スイスの写真家クリスチアン・シュバゲー氏は平凡なボスニアの風景写真を通して、そこで起こった戦争の姿を喚起した。ルーマニアのドナ・ポパ氏は、誘拐され、性的暴力を受けた多くの女性たちの姿を表現。カナダのロバート・ポリドリ氏は、アメリカでのハリケーン「カテリーナ」の跡を写した。

イスラエルのシャイ・クレメール氏は、イスラエル軍が軍事訓練に使い、今は放置されている建物や広場などを意味深く撮影している。

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