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新型コロナ感染症 スイスとモデルナのワクチン取引が危険な理由

ワクチン
スイスも他国に続き、バイオ企業と個別取引してワクチンを予約注文した Keystone / Carolyn Kaster

スイスが米バイオテクノロジー企業モデルナにワクチンを予約注文した。国としてこういった動きは初めてのことだ。だが専門家は、新型コロナウイルスワクチンの公正な分配に対し、スイス政府の期待が薄いことの表れだと見る。

今月7日にモデルナと契約を取り交わしたスイスは、同社と協定を結んだ最初の国の1つとなった。しかし、メーカーと個別に取引したのはスイスだけではない。有望なワクチン候補を予約注文するため、米国、英国、ブラジル、日本が既に大金をつぎ込んでいる。

ワクチン競争がヒートアップする中、スイス国民を守るためにワクチンの必要性を訴える多くの人々は、モデルナとの契約に胸をなでおろした。

その一方で、こうした契約は高価な賭けだとの批判も挙がる。新型コロナウイルスワクチンの公正配給を目指す世界的な取り組みを結果的に著しく損ねかねない、というのだ。スイス自身も、ワクチンの公正な配給を支持していた。

スイスのNGOパブリック・アイで保健政策を担当するパトリック・ドゥリッシュ氏は「この契約は、スイス人がワクチンを公正に配布するための世界的な取り組みが機能するとは思っていないことの表れだ」と言う。

貧困国にワクチンが回らない恐れも

このような取り組みの1つに「COVAXファシリティ」がある。ワクチンの開発を加速し、公平なアクセスを実現するために世界保健機関(WHO)が立ち上げた世界的な協力体制だ。スイスは初期の支援者であり、現在は共同議長を務めている。2021年末までに参加国の人口の2割に接種するため、20億回分のワクチン調達を目標としている。

スイス政府はモデルナとの取引を発表するにあたり、今後もCOVAXのような将来のワクチンの公正な分配を目指す多国間プロジェクトをサポートする、とした。

しかしドゥリッシュ氏は、計算が合わないと主張する。英エコノミスト誌の推定外部リンクでは、来年末までに納入予定のCOVID-19用ワクチン40億回分を、世界各国の政府が既に予約購入済みだという。これには米国(4億回分)と英国政府(1億回分)が製薬会社アストラゼネカと結んだ契約も含まれる。また、トランプ政権は11日、コロナワクチン1億回分の供給でモデルナと合意した。

しかし、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)は、2021年末までに世界中で生産できるワクチンの量外部リンクは20~40億回分が限界だと推定する。この先も各国が個別の取引を続ければ、貧困国にワクチンを十分に供給できなくなる恐れがある。

現状では、各国との個別契約と並行してCOVAX用のワクチンを確保しているのはアストラゼネカと米バイオ医薬品のノババックスのみだ。

だが代替案はあるのだろうか?専門家は、需要が供給をはるかに上回ると予測している。

アラン・ベルセ内相は8日付のドイツ語圏の日曜紙NZZ・アム・ゾンターク外部リンクで「我々は手をこまねいてワクチンの接種を待つだけなのか?」との問いに、「スイス国民のためのワクチン確保と、国際的な公正な配給の両方に配慮している」と回答した。

しかし、ドゥリッシュ氏のように公衆衛生に携わる人にとって、これでは十分に安全が保障されないという。

「スイス国内で全員がワクチンを接種しても、例えばアフリカの医療従事者にワクチンを接種しなければ、公衆衛生の観点からは意味がない。医療従事者といった優先順位の高いリスクグループは、どの国にいても最初にワクチンを接種すべきだ」とswissinfo.chに語った。

危険な賭け

スイスとモデルナの契約は、高額な賭けでもある。うまくいけば450万回分のワクチンが確保でき、スイス人口の約4分の1に当たる225万人に接種できる。スイス政府は今年初め、ワクチン確保のため3億フラン(約352億円)を拠出すると発表。人口の6割に接種できる量のワクチン調達を目標とした。

詳細は不明だが、ドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーの推定外部リンクでは、1回分32~37ドル(約3400~3900円)というモデルナ独自の価格設定に基づき、スイス政府は約1億~1億5000万フランを支払ったという。

スイス連邦内務省保健庁はswissinfo.chに対し、契約条件の詳細は明らかにできないと回答。通常このような前払い契約では、ワクチンの開発資金として政府が前払い金を支払い、代わりに一定量のワクチン配給が保証される。万が一ワクチン開発に失敗しても、返金はされない。

WHOによると外部リンク、モデルナのワクチンは世界で160以上ある候補の中で第3相臨床試験を行っている数少ないプロジェクトの1つだ。最終臨床試験に到達したワクチンが失敗する確率は、通常2割といわれる。確かにモデルナは20種類の医薬品やワクチンの開発を行っているが、社歴10年の同社の製品が商業段階に達したことはまだ一度もない。

「今回の決定はリスクが高く、時期尚早だ。スイスはワクチン狩りと誇大広告に踊らされている。今手を打たなければ、何も残らなくなることを恐れているのだ」(ドゥリッシュ氏)

今から10年前、豚インフルエンザのワクチン獲得のために政府は同様の取引をしたが、流行の沈静後、ワクチンを寄付、あるいは処分する方法を見つけなければならなかった。

保健庁はまた、他のメーカーとも協議中であることを示唆している。今後さらに多くの取引が行われる兆候として、政府は11日、スイスのバイオ医薬品企業モレキュラー・パートナーズと合意し、「設計アンキリン反復タンパク質(DARPin)」技術を用いた開発中の新型コロナウイルス治療薬「MP0420」を20万回分確保したと発表した。

無条件でつぎ込まれる資金

モデルナもまた、多方面から批判を受けている。数あるワクチン候補の中で価格設定が最も高額であるうえ、非常に高い補助金も支払われている。米政府はモデルナのワクチン候補に9億5500万ドルを投じた。

しかも同社の最高経営責任者(CEO)は、利潤の追求を目指すと公言している。これは利益を返上してワクチンを製造すると発表したジョンソン・エンド・ジョンソンやアストラゼネカとは対照的だ。また、米国では新型コロナウイルス用のワクチン開発費を開示外部リンクするよう連邦法で義務付けられているが、健康業界サイトSTATは、その内容にギャップがあると報じている。

「政府は価格、アクセス、透明性に関しで何の条件もつけずに白紙の小切手を切っている」とドゥリッシュ氏は指摘する。

その一方で、スイスバイオテック協会のミヒャエル・アルトーファー代表は、投資事業から利益を生み出すことは企業にとって重要だと主張する。「そうしなければ、投資家は同じ目に逢わないよう、この分野への投資を止めてしまう」

大手製薬会社がワクチンや新しい抗生物質の研究開発といった分野から撤退したのは、価格が安くては投資の見返りが得られないからだ。

多くのバイオテクノロジー新興企業に言えることだが、個人投資家がリスク覚悟でmRNA技術開発の初期段階でモデルナに投資したからこそ、同社は新型コロナウイルスのワクチン開発競争でリードすることができたとアルトーファー氏は指摘する。

スイスもまた、モデルナの成功に貢献している。スイスはヴァレー(ヴァリス)州の製薬大手ロンザの工場でモデナルのワクチンに使う医薬品原薬(API)を製造することで合意している。

スイスのメディアはまた、モデルナがスイスに支社を立ち上げる模様だと報じた。それによると、同社は6月末にスイスの商業登記簿に現地法人の登録をしたという。また11日には、バーゼルを拠点とする欧州事業の責任者にニコラ・ショルネ氏を任命した。

これによりスイスは、自国でワクチン生産が行われるうえ、ワクチン確保に必要な財政的手段の両方を持ち合わせるという、数少ない羨むべき立場にある国の1 つになった。ジュネーブ大学院グローバルヘルスセンターのスエリ・ムーン共同ディレクターは、スイス政府はその立場を利用して、ワクチン生産の際、WHOの配分に関するガイドラインを遵守するようロンザに圧力をかけるべきだと言う。

そして「政府自身も、これまでスイスが強力に支援してきたCOVAXファシリティを通じてワクチンを一度に大量に調達し、一部をスイスに、残りを他国に分配すれば、より統合的なアプローチを取ることができる」と述べた。

(英語からの翻訳・シュミット一恵)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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