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新興EVメーカー、スイス拠点のメリットとは

2019年3月5日、ジュネーブモーターショーに出展した新型2人乗り電気自動車(EV)の横に立つピエヒ・オートモーティブ社の共同創業者アントン・ピエヒ氏(一番左)とレア・スターク・ラジシック氏(左から2番目) Harold Cunningham / AFP

スイスの電気自動車(EV)メーカー、ピエヒ・オートモーティブの共同設立者アントン・「トニ」・ピエヒ氏がswissinfo.chのインタビューに答え、同社の拠点をチューリヒに置いた理由や、「テクノロジー志向の正統派」をターゲットに競争の激しいEV市場に切り込む戦略について語った。

「スイスの自動車産業に新たな息吹を吹き込みたい」と意気込むピエヒ氏は、歴史あるオーストリア/ドイツ系自動車一族の出身だ。曽祖父にポルシェ創設者フェルディナンド・ポルシェ氏、父にフォルクスワーゲン元会長のフェルディナンド・ピエヒ氏を持つ。

マイクを持つ男性
ピエヒ氏はフェルディナンド・ポルシェ氏のひ孫に当たる Harold Cunningham / AFP

swissinfo.ch:ピエヒ・オートモーティブの拠点にチューリヒを選んだ理由を聞かせてください。

トニ・ピエヒ:欧州人として、欧州には世界の中で大きな役割を担い続けてほしいということがまず1つ。欧州は自動車産業の基盤も非常に強固です。

また、私はオーストリア人とドイツ人の血を引いていますが、育ちはルツェルンということもあり、スイス製時計のように長く信頼できるものに価値を感じます。ピエヒ・オートモーティブが体現しようとしているのも、そうした価値です。

それに、チューリヒは金融の一大中心地であると同時に、グーグルのようなテクノロジー産業のハブとしても台頭しています。

swissinfo.ch:スイスには自動車部品メーカーも多いですね。

ピエヒ:その通り。しかし、それが決め手ではなかった。独・伊・オーストリアなど、他の国からでもスイスの部品メーカーにスムーズにアクセスできたでしょう。いずれにせよ当社は、ここ欧州だけでなく欧州外の部品メーカーとも取引をしています。

swissinfo.ch:国外の部品メーカーがずらりと並んでいますが、それでもピエヒの車は「スイス製」と呼べますか?

ピエヒ:それはできません。「スイス製」の表記ルールには、少なくとも製品コストの6割はスイスで費やす必要があると明記されているからです。自動車産業でそれを実現するのは非現実的です。

アントン・「トニ」・ピエヒ氏は1974年、オーストリア/ドイツ系の家庭に生まれた。学校時代をスイス東部サン・モリッツ近郊ツォーツにある寄宿学校リセウム・アルピヌムで過ごした後、米プリンストン大学で極東学を専攻する。

スイスのラジオ局の現地特派員として中国に渡航した後、長編映画やテレビ番組、デジタルコンテンツの制作を行うPAEピクチャーズ社を設立し経営を手がけるなどして、中国に12年間滞在した。

swissinfo.ch:多彩なモデルやオプションを提供しているポルシェ、それとは異なる路線のテスラなど、EVメーカーも様々です。ピエヒの立ち位置はどこですか?

ピエヒ:当社の戦略はそのどちらでもありません。テクノロジー志向の正統派にアピールできるクラシックな車を作る、つまり、情熱を注ぐに足る対象を作り出すことが私たちの目標です。 

swissinfo.ch:新興EV企業は世界中で少なくとも100社を数え、既存の自動車メーカーもますますEVに注目しています。その中でピエヒはどう差別化を図りますか?

ピエヒ:この業界は確かに競争が激しい。でも心配はしていません。できるだけ早く多くの車を売るという方針ではないからです。当社のビジョンは、高度に特殊でニッチな分野のニーズに応えつつ、長期的に手堅く利益を上げていくというものです。

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swissinfo.ch:ピエヒのEVはバッテリー充電時間の短さを目玉としていますが、そのバッテリーは他社からの調達です。ライバルに同じ製品を買わせないための策はありますか?

ピエヒ:当社の最大の切り札はモジュール構造です。このアプローチのおかげで、充電システム、各種センサー、チップ、データ管理システムなど、新しいコンポーネントを素早く組み込めるようになりました。一方、フォルクスワーゲン・グループのような既存の自動車メーカーでは、新しいコンポーネントの導入に数年を要します。

言い換えれば、当社には特定の部品メーカーを独占しようという意図はありません。部品メーカーが開発した革新的コンポーネントを搭載する最初の自動車メーカーでありたいだけです。

swissinfo.ch:あなたは2019年のジュネーブ国際モーターショーで、ピエヒ1号車の発売開始を2022年と発表しました。この日程は今も変わっていませんか?また、販売価格はいくらですか?

ピエヒ:現段階では、発売時期は未定と述べるにとどめておきます。第1号モデルは2シーターで価格帯は15万フラン(約1820万円)から20万フランを予定しています。

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swissinfo.ch:特にターゲットとする地域はどこですか?

ピエヒ:基本的には北米、欧州、アジアを均等にカバーするつもりです。しかし、第1段階では、ここスイスとドイツで成功を収めることが肝心です。事実上、それが他の市場での成功を占うことになるからです。

多くの国でその都度、規制当局の承認を得るのは確かに大変ですが、うまく行くと信じています。

swissinfo.ch:2シーターの他に投入するモデルは?

ピエヒ:2シーター、4シーター、SUVと全部で3種類のスポーツカーを予定しています。4シーターとSUVの投入により販売台数拡大に弾みがつくと見込んでおり、特に中国におけるSUVの売り上げには大いに期待しています。モジュラーアプローチのおかげで、3車種の生産もそれほど難しくはないはずです。

swissinfo.ch:販売ルートは直接販売とディーラー経由のどちらになりますか?

ピエヒ:顧客とのコミュニケーションに関わる部分は別として、組織はできるだけスリムに保つ方針です。したがって、直販が中心となるでしょう。

swissinfo.ch:会社は約1億ドル(約109億円)分の調達を完了しました。メインの投資家は米ペイパルやデータ分析企業パランティア・テクノロジーズの創業者であるピーター・ティール氏です。次の段階に向けてはどんなプランを?

ピエヒ:次回の資金調達ラウンドの目標額は2〜3億ドルです。調達手段は、プライベートプレースメント(未公開株)、伝統的株式市場への上場、SPAC(特別目的買収会社)などを視野に入れています。

投資家を説得するには堅実さをアピールしなければなりません。幹部クラスに経験豊富な人材を採用したのもそのためです。例えば、ポルシェとフォルクスワーゲンの元CEOを務め、2020年末に当社取締役会長に就任したマティアス・ミュラーもその1人です。

swissinfo.ch:どんな方法で、ポルシェとフォルクスワーゲンの元CEOという肩書を持つ人物をスタートアップに振り向かせたのですか?

ピエヒ::トップクラスの幹部たちを引きつけたのは、当社のビジョンや組織の俊敏性です。また、チューリヒという立地も、自動車業界のエグゼクティブ人材やベテランマネージャーにとっては、ミュンヘンやシュツットガルトに劣らず魅力があります。

swissinfo.ch:あなたが12年間働いた中国では、どんな点が最も印象的でしたか?

ピエヒ:中国人が持つ大きな野心と迅速な行動力です。それに比べスイスでは、ペースは遅いが基盤がしっかりしています。

(英語からの翻訳・フュレマン直美)

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