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本当の氷河変動を求めて

1850年代のメール・ド・グラス氷河、撮影者不詳

1802年、若いイギリス人の画家J.M.W.ターナーがフランスのシャモニーにある氷河「メール・ド・グラス ( Mer de Glace ) 」をスケッチした。

200年以上後、今度は若いスイス人の地質学者サムエル・ヌスバウマー氏がそのスケッチを手に、ターナーが立った位置を確認した。

 ヌスバウマー氏はターナーの描いた絵と現在の姿を比べることで、メール・ド・グラス氷河の当時の姿をかなり正確に再現できるという。スイス国立科学基金から援助を受けたベルン大学の研究者たちはメール・ド・グラス氷河の再現に地図、デッサン、絵、写真などの資料を使っている。

税金免除請願書も1資料

 研究資料の中にはメール・ド・グラス氷河周辺に住む村人が提出した、16世紀の税金免除請願書も混じっている。氷河が前進してきて2つの村が無くなるので、税金は今後払えなくなると記されている。

 今日では想像できないが、「小氷河期」と呼ばれる時期が中世終わりから19世紀末まであり、氷河は前進と後退を繰り返した。冷夏と冬の大量の雪が相まって、氷河を形成したのだ。こうして、メール・ド・グラス氷河の大きさは1640年代にピークに達し、1820、1850年頃にも2回のピークを繰り返している。

 ヌスバウマー氏らベルン大学地質学研究所の研究員は、メール・ド・グラス氷河の調査に、スイスのベルナー・オーバーラントの「下グリンデルワルト氷河 ( Grindelwaldgletsher ) 」に使ったのと同じ方法を用いた。その結果、スイスとフランスの氷河は、地形、気候の違いにもかかわらず、同じ様に変動していたことが分かった。

スカンディナビアの氷河と比較

 実は、ヌスバウマー氏が今回使っている資料のほとんどは、同僚のハインツ・ツムビュール氏のコレクッションから提供されたもの。美術史家であり、地質学者であるツムビュール氏は6万点近い氷河関係の絵、古い写真、映画などの資料を所有している。1960年頃から、多くの美術館、資料館などを回って集めたものだ。

 「多くの資料をイギリスの英国博物館と『アルプス・クラブ ( Alpine Club ) 』で見つけた。またトップレベルの古い写真コレクッションもイギリスにあった」
 と、ツムビュール氏。メール・ド・グラス氷河を1849年に初めて写撮影したのもイギリスの画家ジョン・ラスキンだった。

 19世紀中頃にイギリスや他国のツーリストが氷河に興味を持ったのは、当時、氷河期の理論が一般に認められたからだ。
「誰もが、氷河期の最後の名残としての氷河を見に集まった」
と、ツムビュール氏は説明する。

 従って、アルプス氷河に関しては多くの資料がある。しかし、スカンディナビアにある幾つかの氷河の存在も忘れるわけにはいかない。ヌスバウマー氏の次の調査はスカンディナビアだ。
 「私の研究は、スカンディナビアの氷河とアルプス氷河の変動を比較すること。しかしスカンディナビアの氷河には、アルプス氷河程の歴史的資料が無い」
 と、ヌスバウマー氏。

 アルプス氷河は温暖化のせいで極端に後退しているが、ヌスバウマー氏は過去の氷河変動に関するもっと詳細なデータを手に入れることが重要だと考える。
 「過去のデータが手に入った時に初めて、氷河の変化が自然変異によるものか否かを断定できる」
 と、確信している。

swissinfo、クララ・オデア 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 訳

スイスには、およそ1800の氷河が存在する。長さ23キロメートルのアレッチ氷河から、直径で数メートルしかない氷河まで、さまざま。

専門家によれば、温暖化で、気温が3度上昇すれば、2100年までに80%の氷河が消滅し、もし5度上昇すれば消滅するとみられている。

アルプス氷河は、スイスのみならず、西部ヨーロッパの主要な水源である。

モンブランの北壁にある、長さ12キロメートルの氷河。標高4000メートルから1500メートルで、32平方キロに広がる。西部アルプスで、最も長く、大きい氷河。

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