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皇太子さまのスイス公式訪問 スイスのブルカルテール大統領、皇太子さまを故郷に迎える

ヌーシャテルの合気道クラブの生徒たちが民族学博物館の入り口で皇太子さまを迎えた。両国の国旗を手にした生徒の中には5歳の子供もいる。秋には、全員が日本に行くという

ヌーシャテルの合気道クラブの生徒たちが民族学博物館の入り口で皇太子さまを迎えた。両国の国旗を手にした生徒の中には5歳の子供もいる。秋には、全員が日本に行くという

(Keystone)

スイスのディディエ・ブルカルテール大統領は19日、皇太子さまを故郷のヌーシャテル市に迎え公式のレセプションを開催した。場所は、緑が輝くフランス風庭園のある瀟洒(しょうしゃ)な別荘風レストラン。ブルカルテール氏と皇太子さまは記者会見で、両国がともに尊重する価値「繁栄、安全、平和」のためにさらに絆を強め、両国の友情を深めていくことを確認し合った。

 ブルカルテール氏は、皇太子さまと出会うのは今年これで2回目だとスピーチを始めた。2月に日本・スイス国交樹立150周年を記念して日本を公式訪問した際、天皇、皇后両陛下をはじめ皇太子さまに迎えられ素晴らしい時間を過ごしたという。「そのお返しにスイスに来ていただき、しかも私の故郷にこうしてお招き出来て感無量だ」と語った。

 ブルカルテール氏は日本の公式訪問の際、温かい人間的なふれあいに強く心を打たれたと強調した。中でも若い世代の好奇心溢れる、情熱的な姿に感動したと語った。また、巨大都市にもかかわらずオーガナイズが徹底している点、また地方都市の美しさ、文化の厚みにも感銘したと話した。

お互いが持つ価値観

 150年前を振り返り、ブルカルテール氏は、両国が修好通商条約を締結した後、世界的な激動の時代に巻き込まれ、両国は同じような「挑戦」の時期を過ごしたと言う。

 日本は西欧諸国に門戸を開き、商業活動に邁進した。一方のスイスは単なる州の同盟から連邦制の国へと移行した「生まれたばかりの国」だった。そのため、国内の統一と経済発展を推進させる必要があった。

 「我々の祖先はそれぞれがこうした挑戦に向きあった。そしてリベラルな経済を発展させることに成功した」。それは、が同じだったからだという。その価値観とは、勤勉さ(労働への情熱)、高い質を追求する情熱、信頼、正確さ、そして革新だとブルカルテール氏は語る。

 そしてこの2014年という急激な変化にさらされている時代にあってもお互いが一緒に、これに向き合っていくことを願う。それは、子供たちのために「繁栄、安全、平和」を確実にしなくてはならないからだと続けた。

 こうした中、今回の皇太子さまの訪問は、両国間のより強固な絆を築く礎になり、この礎が我々のこうした共通の価値をより高め、さらに両国の友情を深めてくれると結んだ。

(Keystone)

人道援助の「交流」

 皇太子さまは、30年前のスイス訪問の思い出に触れた後、両国がお互いに築いてきた交流にふれた。こうした交流の例として、皇太子さまが明日以降訪れるブリエンツやインターラーケンなどの姉妹都市を挙げた。

 さらに、人道援助の「交流」も取り上げた。広島への原爆投下後、直ちに医薬品を届けた赤十字国際委員会のスイス人マルセル・ジュノー博士や、東日本大震災に救助犬と駆けつけたスイスの救助隊の話。さらに日本側からは、ブリエンツの大水害に資金援助をした姉妹都市の島田市の例が話された。

 また、スノーボードの竹内智香選手が「ソチオリンピックで銀メダルを獲得できたのは、スイスの指導者や指導環境のお蔭だった」と発言したことに触れ、スイス人の「心の広さ」をたたえた。

 皇太子さまはブルカルテール氏と、世界に開かれた国としてお互いが協力し合うことを確認した。

アンベールの見方

 以上のスピーチの後、皇太子さまはスイス主催の昼食会を挟んで、展覧会「エメ・アンベールとル・ジャポン・イリュストレ」のオープニングセレモニーに出席した。これは150年前スイスの使節団長、エメ・アンベールが日本から持ち帰った版画・写真と日本について書いた図版付きの本「幕末日本図絵」を展示するものだ。

 皇太子さまは、前述のスピーチの中で、「この本の図版は、当時日本をほとんど知らなかった西欧人の日本への理解力を高めてくれたに違いない」と語り、アンベールの日本への深い洞察を手掛かりに150年前の日本の歴史を紐解くのが楽しみだと話していた。

 同展覧会を開催した民族学博物館のマルク・オリビエ・ゴンゼス館長は「殿下はもちろん我々より多くのことをご存知のはず。我々は、アンベールの、つまりスイス人が見た日本を紹介しようとしているだけだ」と、「人生で最も緊張する、最も名誉な」この日のために準備は整えたと話した。

swissinfo.ch

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