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スイスで消えゆく「居酒屋型民主主義」

Läden geschlossen, zu, aus: Wenn Restaurants schliessen, verarmt auch das soziale Leben. Gerade in einem Dorf auf dem Land.
居酒屋、レストラン、宿屋は地元住民たちの談笑の場だ。そのため、それらが閉業すれば住民同士の交流は乏しくなる。そして政治的議論をするための公の場も消える。今、都市郊外の自治体でこの傾向が顕著だ。写真はヴァレー(ヴァリス)州のレストラン「フルカブリック」 Imago/geisser


スイスで民主主義が始まった頃は、村の居酒屋が盛んだった。常連たちはそこで議論し、決断は議会で下された。村は小さかったのだ。政治は村人全員に関わることとして、皆で政治的決定に加わった。しかしそんな時代は過ぎた。今では居酒屋の閉業が増え、地方紙は廃刊が続く。そして互いに顔の知らない村人たちは、自分たちの運命を専門家に委ねるようになった。これは危惧すべき事態だ。筆者のクロード・ロンシャン氏はそう指摘する。

昨夏に大変喜ばしいニュースがあった。スウェーデン・ヨーテボリ大学の研究者たちがスイスの民主主義を非常に高く評価したのだ。過去最大規模の民主主義の国際比較で、スイスはノルウェー、スウェーデン、エストニアに次ぎ4位になった。ただし細事部分には批判も載っていた。2212の基礎自治体全体で投票率が低く、民主主義が機能しているか疑問だというのだ。

作者
クロード・ロンシャン氏は、スイスで最も経験豊富で声望の高い政治学者およびアナリストの一人。

調査機関「gfs.bern外部リンク」を設立後、定年まで所長を務め、現在も同機関の取締役会長を務める。スイス・ドイツ語圏向けスイス公共放送(SRF)で30年間、国民投票と選挙のアナリストおよびコメンテーターとして活躍。

スイスインフォの直接民主制に関する特設ページ#DearDemocracyで毎月、2019年のスイス総選挙についてコラムを執筆。  

消えゆく村の居酒屋

スイスの基礎自治体の研究者にとって、これは驚きに値しない。全国の居酒屋経営者が倒産申請した件数は、2017年に過去最高を記録。スイスでは毎年1千軒の居酒屋が営業停止する。これによる社会生活、政治生活への影響は避けられないだろう。

なぜなら地方で1軒の居酒屋がつぶれるということは、昔ながらの談笑の場がまた一つ、消えることを意味するからだ。居酒屋は住人と村のトップが議論を交わし、話し合いに納得できない住人が、たばこをふかせられる場だ。居酒屋が閉業すれば、公の政治討論の場も失われることになる。

ベッドタウン化する自治体

果たして住民たちは地域の出来事にいまだ、関心を持っているのだろうか?現実には関心は低下傾向にある。住民と居住地とのつながりが薄れているためだ。スイス大手銀クレディ・スイスが行った18年の調査「アイデンティティ・バロメーター」によると、居住地にアイデンティティを感じる人の割合は6回連続で減少。12年の調査では、居住地につながりを感じる人の割合は回答者の半数だったが、17年の調査では4分の1に減った。

地域とのつながりの薄さは、特に都市周辺の基礎自治体で見られる。周辺地域の住民は、日がのぼっている間は活気ある都市で働くが、その都市の政治に参加する権利はない。そして夜はリラックスタイムを満喫する。居住地は寝るためだけの場所であって、そこでの催しや、党の活動、地域政治に参加するよりも自分の時間の方を大切にしたいと考える。

沈黙する市民

こうした住民の態度は地域政治に影響を及ぼす。居住地への愛着がなくなれば、地域政治への参加意欲はなくなるものだ。タウンミーティングは空席ばかりが目立つようになるだろう。ローザンヌ大学とチューリヒ応用科学大学が定期的に行う共同調査「基礎自治体モニタリング」によると、スイスでは毎年約4千回のタウンミーティングが行われ、いまだ約30万人の市民が参加している。

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この参加率からある一つの法則が読み取れる。それは、基礎自治体の人口が多ければ多いほど、タウンミーティングに参加する住民の数は少ないということだ。

最も参加率が低いのが都市部の自治体で、参加率は居住人口のたった2~3%だ。そして人口250~1千人の基礎自治体でも、参加者数の急激な落ち込みがみられる。

スイス基礎自治体の古参研究者であるローザンヌ大学のアンドレアス・ラードナー教授は、これを明らかな問題だと指摘。だが「理想的な解決策はない」と語る。

合併で政治参加が低下

スイス歴史事典に掲載される基礎自治体の数が初めて3千を下回ったのは1999年外部リンクのこと。今年は2212外部リンクに減った。つまり過去20年間でスイスの全基礎自治体の4分の1が自律性を失ったということになる。スイスでは主に合併を通して「基礎自治体の消滅」が現実となっている。

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基礎自治体が消滅する理由は多々ある。多くの自治体では、名誉職である行政職のなり手不足が消滅を招いた。また別の自治体では、予算組みに失敗して財政が傾いたことが消滅の理由になった。

合併後の自治体では、行政職は専門家に任せることで補強されてきた。だがそれは政治的な代償を伴う。合併後の基礎自治体では住民の政治参加がさらに低下することが、複数の調査で分かっているからだ。

地方議会は解決策にならず

では地域政治の危機にどう対処したらよいだろうか。中・大規模の基礎自治体は議会に力を入れている。この傾向は特にフランス語圏の西スイスと、イタリア語圏のティチーノ州で顕著だ。基礎自治体が設置する議会の数は17年で475あり、総勢1万7339人が選挙で議員に当選した。

しかしここにも問題はある。それは議員の入れ替わりが激しい点だ。スイス・ドイツ語圏にある基礎自治体の議会を平均すると、選ばれた当選者の約半数は任期を終える前に辞めてしまう。

だが解決策は他にもある。

ルツェルン州の小・中規模の基礎自治体は新たな方策を取ることにした。すべてを住民に決めさせることにしたのだ。ほんの些細な案件でも、投票参加者数は以前行われていたタウンミーティングの参加者数に比べて5~6倍も多い。

若者と女性の少なさ

ところで、タウンミーティングは参加者の偏りに問題があると、多くの政治学者が指摘している。例えば研究ブログ「DeFacto」の16年の記事によると、タウンミーティングの86%で若者の住民が過小代表され、32%では年配者が過剰代表されている。

女性や新規転入者にも同じことが言える。一方、自治体で地位を確立しているのが地元企業だ。タウンミーティングに参加する地元企業の数は過剰に多い。

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民主主義の品質は維持

アーラウ民主主義センター(ZDA)でアールガウ州のタウンミーティングについての博士論文を執筆した政治学者のフィリップ・ロシャ氏は、タウンミーティングの参加率の低さを特に問題だとは考えない。

同氏の研究によれば、正当なタウンミーティングで下された決定は幅広く受け入れられており、参加率が低いからと言って民主主義の質が低いわけではない。

地方紙の廃刊で投票率低下

一方、ZDAの共同センター長を務めるダニエル・キューブラ―氏は、地域政治はこれからさらに大きな困難に見舞われると予想する。地方紙と、地域政治への住民参加との間に関連性があることを研究調査で突き止めたためだ。「地元紙の発行部数と、地域政治に関するメディア報道が多いところほど、投票率が高い」と同氏は語る。

現在の状況を鑑みれば、それと逆のことが言える。地元紙が減り、地域政治に関するメディア報道が少ない自治体ほど、投票率が低い。

世間の目は監視の目

地域政治は憂慮する理由はある。地元紙がなければ、世論は存在しない。そして地域政治に世間の目が向けられなければ、つまり住民からの監視がなければ、個人的な利害が押し通される可能性がある。

では何をすべきか?少なくとも地元紙問題に関しては解決策がある。連邦メディア委員会のオトフリート・ヤレン委員長は、インターネットでの情報提供および議論プラットフォームの創設を提案する。財源は基金や基礎自治体からの資金だ。

民主主義が正常に機能するには、市民の政治参加が欠かせない。そして集会型民主主義は、地域との絆の上に成り立つ。しかしその絆が崩れたことで、スイスはたった1世代で変化した。

直接民主制の源泉であるタウンミーティングには今後、多くの問題が待ち構える。だが解決への見通しは厳しい。


この記事はスイスインフォの直接民主制ポータルサイト「直接民主制へ向かう」#DearDemocracyの掲載記事です。当ポータルサイトで紹介している社内外の見識者の見解は、スイスインフォの見解と必ずしも一致するものではありません。

(独語からの翻訳・鹿島田芙美)

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