温暖化による難民も人権問題?
「温暖化が引き起こす難民も人権問題なのか?」という人権の新しいテーマが議論になった。
これは、ジュネーブで開催中の「人権に関する国際フォーラム・映画フェスティバル ( FIFDH ) 」で上映された南太平洋に浮かぶ群島国、ツバル( Tuval ) の島民の難民問題だ。
国連人権理事会 ( Human Rights Council ) の会期中に行われる、人権映画の上映とそれに続く討論の形を取るこのフェスティバルは、人権問題を専門家の議題のみにとどめず、広く一般の人の議題にしたいと6年前に始まった。人権といえば、拷問を受ける囚人、女性や子供の人権など狭義な理解が一般的だが、同フェスティバルの1テーマ「温暖化が引き起こす難民も人権問題か?」は、まったく新しい人権の概念として、注目を集めた。
2050年には完全に消滅
「消滅を待つパラダイス、ツバル、新しい温暖化難民」と題された映画は、青く透き通った水、椰子の木と砂浜から始まる。しかし徐々にカメラは島の中央部にあるたくさんの水たまりを映していく。年に何度もくる大潮で洪水となり、晴れた日にも残っている水たまりだ。しかもその至る所でブクブクと下から海水が湧き出してきている。
こうした現象に加え、海面の上昇で海岸は浸食され、台風の規模も年々ひどくなり、島民は不安におののく日々を送っている。ある島民は、
「今まで躊躇 ( ちゅうちょ ) していたが、今年の台風のひどさで、ついにニュージーランドへの移住を決めた」
と語る。しかしうまく受け入れてもらえるか、仕事はあるのか、失うアイデンティティーや文化の問題など、先行きは不安だらけだ。
人口1万1000人のツバル群島国を去る人々の数は年々増え、すでに数千人がオーストラリアやニュージーランドへ移住した。専門家によると、ツバル群島は温暖化による海面上昇で地球上から姿を消す最初の島々の1つで、2050年には完全に消滅するという。
地球上から自分の国が姿を消す
上映後に行われた討論会で「国際環境法センター ( CIEL ) 」の弁護士、ナタリー・ベルナスコニ氏は、
「生まれ育った土地を強制的に離れ、移民や難民になるのは人権の侵害になり、訴えることができるだろう」
と説明した。
しかし、居住権を迫害される問題は従来、1国の責任範囲内で起こってきた。工場の出す公害で周辺住民が立ち退く場合、工場を相手に訴えるなど、1国内のできごとだった。だが、ツバル島民を追い立てるのは誰なのか?加害者は、先進国を中心とした二酸化炭素排出国すべてということになる。
「まだ始まったばかりの問題で、国際法も人権法も何もこの問題を扱っていない。そもそも温暖化難民と人権を結びつけることさえ、認めない人が多い。さらに、これは国の枠組みを超える問題だ」
とベルナスコニ氏。
温暖化難民は南の島民たちだけではない。アメリカでさえ、南部の農民はカナダに移住しなくては経済的に採算が取れなくなる日がやがて来る。
「しかし、アメリカ農民には、まだアメリカという土地が残っている。だが、ツバル島民にとっては、この地球上から永久に、自分の国が姿を消す。それは重さが違うし、法的にみても人類が初めて経験する問題」
とベルナスコニ氏。
頭にきれいな花々を飾り、歌いながら踊るツバルの人々。豚肉を中心にしたご馳走を広げ、話に興じる女性たち。年に1回のツバルの祭りを映画はラストに映し出す。こうした文化、伝統もやがて姿を消す。彼らは将来、何人と自分たちを名乗るのだろうか?
swissinfo、里信邦子 ( さとのぶ くにこ )
FIFDHは3月7~16日まで、ジュネーブの「 Maison des Arts du Grutli」で行われている。毎年3月の、国連人権理事会 の開期中に行われる。初年の2003年の入場者は6000人だったが、昨年は1万6000人に増えた。
「こうした映画は重要です。しばしば、どんな人権の本を読むよりずっとおもしろく、分かりやすく人権が語られているから」と「人権と人道国際アカデミー ( ADH ) 」のアンドリュ・クラバム所長も高く評価している。
今年は国際人権宣言の60周年目にあたり、上映映画の数もテーマも豊富で、1991年のノーベル平和賞受賞者アウン・サン・スー・チー氏に敬意を表するテーマや、中国の人権問題、ダルフール地方問題、さらにヨーロッパにおけるポピュリズム ( 大衆迎合主義 ) など、多数の問題が取り上げられた。
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