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美しいだけではない自然 - スイス田舎で自然と折り合う

スイスの自然は美しい。毎日見ていても、時々ため息をつきたくなるほどだ。とはいえ、実際に暮らしていると、絵はがきで見る美しさと違い、起きやすい災害もあれば、その土地ならではの気象が体調不良の原因にもなる。今日はスイスの田舎で人びとが日々自然とどうつき合っているのかについて考察したことを書こうと思う。

フェーンが吹くと稜線はくっきりと近くに見える

フェーンが吹くと稜線はくっきりと近くに見える

(swissinfo.ch)

 今年のスイスは初夏からそのまま秋に移行してしまったようだ。普段なら晴天続きとなる7月と8月に雨が多く、青空と樹々の緑の美しいコントラストを楽しめた日はあまりなかったように思う。その異常気象は、私の住む地域で痛ましい事故を引き起こした。

 8月13日に私の自宅から車で15分ほど走った所にあるティーフェンカステル(Tiefencastel)でレーティッシュ鉄道(RhB)の普通列車が脱線した。集中豪雨で土砂崩れが起こり、線路に横たわった倒木に衝突した車両が斜面から滑り落ちたこの事故で、男性一人が亡くなり、日本人を含む5人の重傷者が出た。亡くなられた方のご冥福と、怪我をなさった方が一日も早く元の生活に戻れるようになることをお祈りしたい。

事故の翌々日、運転を再開したばかりのレーティッシュ鉄道

事故の翌々日、運転を再開したばかりのレーティッシュ鉄道

(swissinfo.ch)

 この事故が報じられた時に「土砂崩れが予想できなかったのか」という話題になった。それに対する鉄道会社の答えは、「難しい」というものだった。可能性としてはゼロではないが、いつどこで起きるか正確に知ることはできないということだ。この件については、Swissinfoでも取り上げられている。

 どこで土砂崩れが起きるかという予測は難しいと私も思う。この地域に移住して13年になるが、夏に土砂崩れが起きたことはそれまでなかった。とはいえ、あの日、電車にしろ車にしろあの地域を通る事を地元の人間は好まなかったと思う。夏にこの地域でこれまで土砂崩れによる列車事故がなかったのは、夏に集中豪雨が続くようなことがほとんどなかっただが、その一方で、板状にはがれやすい粘板岩が多いこの地方では、雪解けの頃の山岳地帯の一般自動車道での落石は珍しくない。

 だから早春には、どうしても必要でない限りは、谷間などの落石の可能性のある道は通らないようにする。また、冬に凍結でスリップしやすい場所、滝のような大きな氷柱が必ずできるポイントなど、事故の起きやすい場所があり、地元の人間は事前にスピードを落とし細心の注意を払って通行している。 

氷の滝のできる道路。運転は慎重に

氷の滝のできる道路。運転は慎重に

(swissinfo.ch)

 さて、落石や雪崩などの局地的な自然災害はあるものの、地震や火山の噴火、それに台風や津波など破壊的な自然の驚異に脅かされることのあまりないスイスは、日本と比較して穏やかで暮らしやすく思える。けれど、東京に住んでいた時には意識したこともないことが、人びとの生活に大きな影響を持っていることを、ここに住むようになって知った。気象が人間に与える影響である。

 気象病(Wetterfühligkeit)というのだが、天候の変化に伴っておこる体調不良である。世界中のどこにいても気象の変化はあるが、私の住む地域では気候の変化で苦しむ人がとても多い。もちろんこれには個人差があり、日常生活が営めなくなるほど苦痛を感じる人もいる一方で、全く感じない人もいる。

 例えば、私は雪の降る前と雷雨が始まる前に、頭に強い圧迫感を感じるが、仕事ができなくなるほどの頭痛になることはない。ドイツ人の同僚は頭痛のために早退せざるを得ないこともある。彼は元来頭痛持ちではなく、ドイツではこのような体調不良になったことはなかったと言っている。私も東京に住んでいた時には雷雨や雪を予知できなかったので、この地域は東京よりも体に感じる気象の変化が強いのだと思う。

 私の住むグラウビュンデン州では余りない現象だが、チューリヒに近い地域では、冬に濃霧に覆われることが多いと聞いている。日照時間が短く湿った季節に関節炎などが悪化する人もいるし、精神的に落ち込む人も増えると聞く。

 アルプス山脈に近い地域はフェーン現象(Föhn)も多い。フェーンは、アルプスから吹いてくる暖かい風のことだ。湿った空気が山の斜面にぶつかることで雨が降り、残った乾いた空気が下降する時に気温が上がる現象である。よく日本の方に「フェーンって、春にものすごく暑い風が吹くことなんでしょう」と言われる。「アルプス地方に春をもたらす風」という形で紹介されることが多いための誤解だと思うが、フェーンは一年中いつでも吹く。

ドロゲリー・シュナイダーの店長シュナイダーさん

(swissinfo.ch)

 このフェーンが吹く時に、体調不良を訴える人がとても多い。具体的には、頭の圧迫感や頭痛、筋肉や関節の痛み、不眠症、めまい、体が重く感じられる、注意力が落ちる、気分が落ち込むなどである。フェーンが吹く時は空気が乾燥しているので、火事には注意ともいうが、この地域だと車を運転する時に「今日は慎重に運転した方がいいよ」とアドバイスされることも多い。発作的に自殺をした人の話題で「あの日は強いフェーンが吹いていたから」と語られることもある。

 こうした体調不良に苦しむ人が、医者や薬局やドラッグストアに相談に行くことも多い。この記事を書くのにあたって、いつもお世話になっているドロゲリー・シュナイダー(Drogerie Schneider)他のサイトへのマヌエル・シュナイダーさんにお話を伺った。

「確かに、この一帯では、とくにフェーンによる不調を訴える方が多いです。アルプスからクール(Chur)まで、村々は南北に走る谷に沿って点在しています。標高の高いアルプスを越えてきた風は、東西に走る谷では遮られて影響を弱めますが、南北に走った地形では、気圧の変化をさらに大きくするのです」

 耐えられないほどのつよい頭痛の場合は、鎮痛剤など血管を拡げ血流を促す薬も役に立つが、原因は体の内部にではなく気象の変化にあるので、多用することは副作用の観点からも奨めないということだった。

「ヨガやストレッチのようなエクササイズで体を弛緩させることや、リフレクソロジーのようなマッサージを受けることで苦痛を緩和する場合もあります。また、ホメオパシーにもこうした不調のためのレメディ(錠剤)があります」

気象病の時に助けとなる薬

気象病の時に助けとなる薬

(swissinfo.ch)

 長く居るうちに自然に感じなくなるようなものではないらしく、感じる人はずっと感じ続けるらしい。また、以前は何も感じなかった私の友人も、交通事故でむち打ち症になって以来、気象の変化を激しく感じるようになったと語ってくれたことがある。

 この土地で暮らしていくためには、気象の変化による不調とは縁が切れないらしい。そうであるならば、よく理解してつき合って行くのが一番なのだなと思った。

ソリーヴァ江口葵

ソリーヴァ江口葵

東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。

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