厳しい財政事情のスイス、観光業の活性化を狙う
低迷中の観光部門に新たな息吹を与えようとする計画はこれまで必要な動きとして歓迎されてきたが、現在、この政府の計画は財政難に直面している。
スイス経済の総生産高の3%と労働力の4.2%を担うスイスの観光業は、昨年、宿泊客と観光収入が減少し、厳しい状況に立たされている。
世界不況とフラン高
昨年、経済危機とスイスフラン高の影響を受け、スイスのホテル利用者は5%近く落ち込んだ。また、スイスを訪れた外国人客の財布のひもは固く締まり、好況だった2008年と比べると観光収入は3.8%減少した。
経済研究所「BAKバーゼル ( BAK Basel ) 」の予測では、この状況はさらに悪化するという。この夏の宿泊客数は0.7%減少し、ユーロ圏からは5%の減少が見込まれ、来年はさらに0.4%落ち込むという。2012年までは観光業に回復の見込みはないというのがBAKバーゼルの予測だ。5月にBAKバーゼルのレポートが発表されてから、ユーロはスイスフランに対してさらに大きく下げ、ほとんどのヨーロッパ諸国からの観光客にとってスイスはこれまで以上に高い国になっている。
このような状況に対し連邦経済省経済管轄局 ( SECO ) は先日、観光業に携わるさまざまな団体をまとめ、より統一された「産業クラスター」を形成することを提案をした。また、観光シンクタンク「イノツアー ( Innotour ) 」への委任をさらに5年間延期する計画だ。政府関連機関、観光局、学者、民間セクターがより緊密に連携することで、協力して観光業により大きなインパクトを与える狙いだ。「スイス政府観光局 ( Swiss Tourism ) 」はこの計画に「大変満足している」とコメントした。
資金の問題
「産業クラスター」という発想にはメリットがあるとザンクトガレン大学の観光・サービスマネージメントの教授クリスチャン・レッサー氏は言う。
「観光業というのは古典的なネットワーク産業で、本来持っている潜在能力を発揮するには共同で取り組む必要がある。個人が単独で運動をしても、そのアイデアが市場で実現されることは、極めて難しい」
さらに
「国によっては観光大臣を置くところもあるぐらいなので、スイスの動きは正しい方向への第一歩だ」
とレッサー氏は評価する。
この新たな戦略は2012年から2015年までの期間を対象にし、来年1月の国会に提出される前に諮問段階をクリアしなければならない。新戦略の実現で一番大きなハードルの一つは財源だろう。昨年、観光部門は経済刺激策の一環として1200万フラン ( 約10億円 ) の追加予算が立てられた。
ところが、この新戦略は厄介な財政上の問題を抱えている。イノツアーの活動期限は延長されても、このシンクタンクに対する年間500万フラン ( 約4億2000万円 ) の助成金は、これまでのようにSECOが別立てで資金提供を行うのではなく、スイス観光局の予算4700万フラン ( 約39億円 ) から差し引かれることになるかもしれない。これは政府の財政削減によるところが大きく、スイスの観光業の活性化はあまりお金をかけずに実行されなければならないだろう。
求められる革新
こうした状況に必ずしも全員が満足しているわけではない。中道右派のキリスト教民主党 ( CVP/PDC ) のリーダー、クリストフ・ダーベライ氏は今年の早い時期から連邦議会に動議を提出し、苦境に立つ観光業界への助成金の増額を要求している。
資金があればアイデアは形になりやすくなるものだし、スイスの観光業界は公共部門でも民間部門でもアイデアがないわけではない。イノツアーによる最近の報告では、ユングフラウのふもとで開かれるマラソン大会のような多くの新しい取り組みが評価されている。
また、フラン高の問題に関して、スイス観光局は対ユーロでの固定相場制の導入を提案している。政府によるビジネス振興局「スイスビジネス・ネットワーク ( Osec ) 」は何年間にもわたり外国で特別イベントを行ってスイスの観光業をサポートしてきた。しかし、なによりも、スイスはヨーロッパ市場への依存度を減らさなければならないと、レッサー氏は言い
「スイスの観光業はもっと国際的になるべきで、ユーロ圏への依存を少なくしなければならない。実際、ユーロ圏諸国が域内旅行の増加で収入を上げている間に、スイスはアジア市場に参入し競争力を身につけるチャンスだ」
とスイス観光業の可能性を語る。
マシュー・アレン、swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、中村友紀 )
経済研究所「BAKバーゼル」は世界不況とスイスフラン高の圧力を受けているスイスの観光業界と共同で、5月にレポートを発表した。
BAKバーゼルの予測では、観光業界は今後苦境に立たされるが、2012年には暗いトンネルを通り抜け、光が見えてくるという。しかし、5月以降、対ユーロでのスイスフラン高が進んだ。
また、今夏のホテル利用者は0.7%減少する見込みだ。一番の落ち込みはヨーロッパから ( 5% ) だが、アメリカからの宿泊客は増える見込みだ。
BAKバーゼルによれば、2011年は宿泊客数は0.4%減少するが、2012年には1.8%の回復を予測している。
今年はまだ大型ホテルの利用者が1.1%増加することから、都市部では短期的なマイナス影響は実感しにくいだろう。
世界不況とフラン高の中でも、中央スイスのアルプスは好況が見込まれる。しかし、BAKによれば、ティチーノ州、ヴァレー/ヴァリス州、グラウビュンデン州のようなほかの有名な観光スポットは芳しくないという。
これらの予測は今年から2012年までの為替レートが1ユーロ1.44フランという予測レートを前提に算出された。
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