水素で走る自動車が未来を駆ける
スイスの若き技術者たちが開発した水素燃料電池自動車PAC-CarII が、世界新記録を出した。
米石油大手シェルがフランスで開催したエコ自動車レースで、PAC-CarIIが栄えある一位となった。レースの距離は25km。これを走破するのに使われた水素は、なんとたったの1g。
この水素1gを石油の1リットルに直せば5134kmに値する。つまり、水素燃料電池自動車PAC-CarIIは、地球を一周するのにたった8リットルしか使わないことになる。これはエコ・エネルギー(太陽電池や水力などを使ったエネルギー)消費としては世界新記録だ。この自動車レースには25台のエコ自動車が参加した。最低速度は時速30km。
最高の省エネルギーを証明したPAC−CarIIを開発したのは、チューリヒ工科大学(ETHZ)機械技術学部の生徒20人だ。チームリーダーを務めたリノ・グッツェラさんが優勝の秘訣を語る。「軽量化を可能にしたデザイン、空気力学、電力電子工学、操作技術、化学、そして何よりがむしゃらに働く技術スタッフの存在が大きかったと思います」
グッツェラさんは、世界の強豪を負かして本大会で一位を取ったことは、ETHZにとって意味のあることだと胸を張る。「この勝利のおかげで私たちの学部はより有名になり、今後優秀な学生が沢山入ってくることでしょう」
蒸し風呂自動車
PAC-CarIIは大きくない。長さは3m足らずで、競技用ボブスレーに四輪をつけたような細い姿をしている。これを運転する人も、巨漢では困る。優勝車を運転したのはファニー・フライさん、体重は45kgだ。
彼女はこの車の「コックピット」に横になって入り、頭をほんの少しあげてパネルを操作する。このパネルを使って、エネルギーを最も効果的に消費するスピードに保ちながら運転するのだ。手に握られた器械にはアクセルと自転車と同じようなブレーキがついている。
「レース自体はとっても楽しかったのですが、中が暑くて参りました」とフライさん。「外の気温は30度ほどでしたから、自動車の中の温度は50度ぐらいだったと思います」
最新技術がつまった小部屋
「勝負の決め手となったのは空気力学です」とチームの一員、ニコラス・ヴァイドマンさんは言う。彼はPACの最初のモデルを現在の形に変えた責任者だ。「最初のモデルと比べて、今回優勝したPAC-CarIIは空気に対する抵抗力が25%も少なくなりました」
水力と風力を使って自動車の運転に必要なエネルギーを生み出す。車の後方に水の入ったカートリッジ(機械的振動を電気的振動に変換する部品)が2つ着いていて、運ぶ水の量は自在に変えられる。
国をあげて未来へ投資
このプロジェクトの大口スポンサーはスイス連邦エネルギー局だ。政府にとって、クリーン・エネルギーや再使用が可能なエネルギーシステムの開発は、将来への重要な投資だ。
「PAC車の開発は、学生にとって理想的な研究を追及する場です。そしてこれを機会に、省エネルギ
ーを使ったシステムの重要性が世論に広まることを期待しています」と連邦エネルギー局のマルティン・プルファー氏は語る。
一方、専門家の意見はあまり楽観的ではない。専門家によると、水素は工業的に生産されるものではなく、保管方法も簡単ではないので、PAC車を商業化するのはこれから10年以上もかかるという。
来年1月から、石油とディーゼルの輸入に「地球温暖化防止税」が導入される。これは京都議定書の目標である二酸化炭素削減努力にのっとったものだ(2010年までに各国が、二酸化炭素の排出量を1990年のレベルより10%低い量にまで下げる)。
この課税により国庫に1億フラン(88億円)が入る見込みである。「この資金を、省エネの乗り物の研究開発に使うことにしています」とエネルギー局のプルファー氏は今後の政府の取り組みについて語った。
swissinfo、ジュリー・ハント(チューリヒにて) 遊佐弘美(ゆさひろみ)意訳
PAC-CarIIは胴体3m、横幅50cm、高さ61cm、重量10kg。
最高時速は35km。
JTI基準に準拠
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