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人道支援従事者への攻撃を「安上がり」にするな

クリストファー・ロックイヤー(国境なき医師団インターナショナル事務局長)

去る5月3日、私たち国境なき医師団(Médecins Sans Frontières: MSF)のメンバーは目を覚ますなり、衝撃と悲しみ、そして激しい怒りに包まれた。

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南スーダンのオールド・ファンガクという町にある、国境なき医師団が運営する病院が攻撃を受けたのだ。武装ヘリコプターによる空爆で医薬品保管庫が全焼、爆撃はその後も続き、近隣の市場もドローン攻撃を受けた。病院内では炸裂した爆弾の破片や金属片が飛び散り、患者もスタッフも逃げ惑うことになった。凶悪としか言いようがなく、明らかな国際人道法違反である。

その数週間前にも、一般の人々を標的とした残忍な攻撃により複数の医療従事者が命を奪われたことを告げるニュースが2件立て続けに届き、暗い気持ちに襲われたところだった。

パレスチナのガザ地区で3月23日、人道支援活動を展開するパレスチナ赤新月社(PRCS)のスタッフ8人を含む15人がイスラエル軍により殺害された。彼らの遺体と破砕された車両が集団埋葬地で発見されたのは、その8日後のことだ。残された動画からは、対象が医療従事者と救急車両であることがはっきりと認識できたにもかかわらず故意に攻撃したことが見てとれる。

4月11日には、スーダンの北ダルフール州ザムザム避難民キャンプを準軍事組織である即応支援部隊(RSF)が襲撃、キャンプで唯一運営が続けられていた診療所に侵入し、人道支援団体リリーフ・インターナショナルの医療従事者9名を容赦なく殺害した。

以上の事例は、世界各地で見られる医療従事者や人道支援従事者に対する数々の攻撃の、比較的最近かつ特に衝撃的なものを挙げたに過ぎない。ウクライナ、ハイチ、コンゴ民主共和国をはじめ、他の地域でも残忍な攻撃が後を絶たない。これらの攻撃が、国境なき医師団外部リンクあるいは他の人道組織のスタッフや医療施設を直接的な標的にしたものであろうとなかろうと、私たち人道支援要員は、自分たちが狙われていると感じている。そして私たちは、同様の切迫感をもって病人や負傷者のケアにあたっている医療および人道支援分野のすべての仲間たちと苦悩を共有している。

人道支援関係者および医療従事者に対するここ最近の攻撃は、その残虐性と被害の規模だけでなく、その後の著しい関心の薄さという観点からも極めて憂慮すべき状況にある。国連の声明や、一部の国による個別の呼びかけ(ガザでの攻撃に関する調査を求める英国の要請外部リンク、オールド・ファンガクの病院への攻撃をうけてのフランスの対応外部リンクなど)を除けば、国際社会に強い憤りが共有されているようには思えない。断固とした政治的な動きもなければ、加害側の責任を問う具体的な措置ももちろん見られない。実際の行動と結果をともなわない言葉だけの批判は、うつろに響くばかりである。

こう問うこと自体、無意味なように感じられるが、明日にもまた同じことが繰り返されるのを防ぐには、どうすればいいのだろうか?

このような攻撃は、例外なく、強い言葉で明確に批判されなければならない。人々の感情を揺さぶり、団結を促し、力強い反応が起こってしかるべきだ。責任の所在を特定するための独立した調査が当然のように開始されなければならない。既存の法律と国際条約が適用されなければならないし、その執行に際して交渉や妥協の余地があってはならない。

被害者の家族や同僚のために、正義が実現されなければならない。そしてこのような攻撃を容認あるいは助長、さらには積極的に煽動するような政治関係者には、目に見える形で圧力をかけていく必要がある。エチオピアのティグレ州で国境なき医師団の3名のスタッフが無残に殺害されてから約4年が経過しようとしているが、エチオピア当局は今に至るまで、信頼に足り、透明性があり、公平かつ適切なタイミングでの調査を実施できていない。

国際社会が有効な手を打てずにいる間、このような攻撃の遂行は、加害側にとって安上がりな選択肢になりつつあるように思われる。彼らは、政治的、法的、経済的、社会的、倫理的に何らかの代償を払っているだろうか?加害側に対して責任を問う意志を持ち、実際に責任の追及に取り組んでいる国、機関、もしくは組織があるだろうか?

自らの命を危険にさらしながら人命救助や治療にあたる人道支援者や医療従事者を殺害して、ほとんどまたはまったく代償を払わずに済むなど、「あってはならないこと」であるべきだ。私たちの任務の実行可能性を守るためだけに言っているのではない。これは、連帯や共感といった、根本的な価値観を擁護することに他ならない。

明確にしておこう。医療スタッフや支援組織の職員に対する攻撃は、今に始まったことではない。支援活動があまねく尊重されていた、さもなくば安全が保証されていた、あったかどうかも定かではない「黄金時代」を懐かしんでいるわけではないのだ。それどころか国境なき医師団はこれまでも終始このような攻撃を非難し、変革を求めてきた。

2016年には、アフガニスタン北部クンドゥーズでの米軍による病院の爆撃を含む、国境なき医師団のメンバーに対する相次ぐ攻撃と、シリアとイエメンの病院を狙った組織的な暴力行動をうけて、私たちは、紛争下での負傷者や病人、医療および人道支援従事者の保護を目的とした国連安保理決議第2286号の採択を支持した。しかしそれ以来、決議の効果は絶望的なほど限られている。

だが、この問題と闘っているのは私たちだけではない。国際赤十字委員会(ICRC)は継続して「危機に立つ医療(Healthcare in Danger)外部リンク」キャンペーンを展開している。2024年には、国連安保理が決議第2730号を採択外部リンクした。同決議はスイスが提唱したもので、各国に人道支援要員の尊重と保護を求めている。同年、オーストラリア、ブラジル、コロンビア、インドネシア、日本、ヨルダン、シエラレオネ、スイス、および英国の省庁間グループが、人道支援要員の保護に関する新たな宣言の策定へ向けた取り組みを約束する共同声明を発表外部リンクしている。

しかしながら、この共同での取り組みは、これまでのところ成果をあげられていない。透明性もなければ、説明責任も果たされず、期待された変革も見られない。加害側から最低限の同意を得られることすらめったにない。

医療および人道支援従事者の死亡や負傷は、彼らが支援活動を展開するコミュニティに対して行われる無差別で、時に意図的でさえある暴力の、より広範におよぶ、同様に衝撃的かつ容認し得ない形態の一部であることが多い。たとえばガザでは、現地当局の発表によると2023年10月7日以降、5万2000人以上が命を落としている。スーダンでは、民間人の死亡者数について現実的な数字を算出することさえままならないが、複数の調査外部リンクから、数十万人に上る可能性が示唆されている。

昨今、多国間組織、国連、そして司法機関が前例のない批判にさらされているが(国際刑事裁判所=ICCに反対の立場を取る国が増えていることがその典型だ)、この意味するところは、政治的圧力や正義の欠如だけでなく、責任の追及や変革のための仕組みの意図的な解体である。

私たちは、人道と連帯を今なお信じるすべての人々に、このような国際的な枠組みに対する攻撃を、強く非難するよう求める。世界のどこであろうと、団結し、法的および政治的責任追及の新たな呼びかけのもとに集結することを求める。それぞれの国の市民は国際条約や協定を遵守していると主張する国家に対し、具体的な政治的措置を講ずるよう、また、ガザ、スーダン、南スーダン、そして世界各地における医療従事者や人道支援従事者を標的とした攻撃が常態化したり隠蔽されたりするの防ぐために政治的圧力をかけるよう要求していかなければならない。

紛争当事者と彼らを政治、経済、軍事的に支援する国家に、人道支援従事者を攻撃、殺害することは、彼らが掲げる価値観そのものへの攻撃であることを認識させる必要性が今これまで以上に高まっている。

人道支援従事者の命を奪うことは、単に大きな代償を払うだけで済むべきではない。手の届かないほど大きな代償を伴う行為であるべきだ。

編集:vm/ts、英語からの翻訳:鈴木ファストアーベント理恵、校正:ムートゥ朋子

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