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地産・持続可能な地域農業の促進に国の援助を 「食料主権を求めるイニシアチブ」とは?

農家
「食料主権を求めるイニシアチブ」は、地域農業が社会的で環境に優しく、持続可能であるべきだとしている Keystone

持続可能な方法で生産された地産食材を地域住民に優先的に提供する-。スイスで農業政策の抜本的な改革を求めるイニシアチブ(国民発議)が来月、国民投票で是非を問われる。イニシアチブの発起人らは「農業は第一に、環境を考慮した持続可能な食料を地域の住民に供給するべきだ」と支持を訴えるが、反対派は国が過度に農業分野に介入することになり、農作物の価格が高騰すると懸念する。

 イニシアチブの正式名称は「食料主権を求めるイニシアチブ(国民発議) – 農業は全ての人に関わる問題」。農業労働者組合ユニテールとロートレサンディカが立ち上げた。 

 イニシアチブの説明文では(スイスの直接民主制の歴史の中で最も長い文書の一つ)、多様で持続可能な地域農業のための10個のプログラムを提案。遺伝子組み換え生物(GVO)を使わず、給与条件の良い雇用の場にすることを目指す。

 イニシアチブは小規模農業者・農業従事者の国際組織「ヴィア・カンペシーナ」の理念をベースにしている。ユニテール、ロートレサンディカも所属する同組織は、政府の農業政策や1990年代中頃に始まった農業構造の変化に対抗する形で生まれた。

 同組織の支持者は、とりわけ農家が年々減少していることを批判。農作物の価格変動、国際競争が農家に与えるプレッシャー、大手食品コンツェルンの絶大な権力や、現代の農業が人と環境に与える影響に反発している。

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イニシアチブに盛り込まれた改革案とは?

 イニシアチブが可決された場合、スイス連邦憲法に食料主権に関する条項が新しく加わることになる。これはイニシアチブに憲法の改正を求める内容が盛り込まれているためだ。そうなると政府には「実益があり多種多様で、健康な食品を生産し、国民の社会的期待に応えるエコロジカルなスイス土着の農業」を促進する義務が生じる。また、食品と家畜の飼料はおおむねスイス国産とし、その製造過程も自然資源を損なわない方法を取らなければならないとしている。 

 これらの目標を達成するための具体的な提案も明記した。農業従事者の数を増やし、農地を保持し、農家が種子を使用・増加・交換する権利を保障するのは政府の任務だとし、遺伝子組み換え生物の使用を固く禁ずるよう求めている。

 さらに、国内市場の透明化を図り、公正な価格設定を促進し、地元の加工施設や倉庫設備を強化するのも国の責務だとした。特に農業従事者の労働条件に焦点を当て、スイス国内で統一化するよう求めている。

 これらの目標を達成するためには、スイスの社会的・環境的基準を全ての農産物に当てはめ、基準を満たさない農産物は輸入税を課すか、輸入禁止にして国産品を保護する必要があるとしている。その他の保護対策として、輸出補助金の廃止も狙っている。

 更に政府は、国産・輸入食品がどのような条件下で生産・加工されているのか詳細な情報を開示し、国民の注意を喚起すべきだとしている。

農業に関する多数のイニシアチブ(国民発議)

農業と食品はスイス国民にとって特に興味のあるテーマのようだ。

昨年9月24日の国民投票の結果、圧倒的多数の賛成で、食料安全保障に関する新条項を憲法に盛り込む案が可決された。

今年、新たに「公正な食品を求めるイニシアチブ」と「食料主権を求めるイニシアチブ」という二つの案が国民投票に掛けられる。両方とも憲法の同じ条項を変更し拡張することが目的。

今年11月25日には他にも、「雌牛の角イニシアチブ」の国民投票が行われる。

また、農薬に関する2つのイニシアチブ「クリーンな水を全ての人へ」と「化学合成農薬のないスイスのために」は国民投票に必要とされる10万筆の署名が集まった。

また今年6月、動物の福祉に反する大規模な工場式畜産廃止を求めたイニシアチブ(国民発議)の署名活動がスタートした。

政府は反対を表明

 政府は昨年2月15日の声明で、連邦議会に対し、イニシアチブを否決するよう提案した。イニシアチブの内容は過去25年間に達成した農業の進歩を危険にさらすだけでなく、スイスの食料品サプライチェーンの競争力やイノベーションの精神を害し、スイス外交政策上の交渉の余地が過分に制限されるというのがその理由だ。 

 まず、地域農業における多様性や持続可能性の促進に関しては、昨年9月の国民投票で類似のイニシアチブが可決されたことにより、食料安全保障に関するスイス憲法第104条a項で既に保障されていると政府は主張。

 また、農地や価格を保護し、地域レベルでの農作物の加工・保管・商品化を促進する手段は既に存在する上、輸出補助金も世界貿易機関(WTO)との合意により2020年までには廃止されることにも触れた。

 そして政府は、25年もかけて推進してきた農業市場の開放にイニシアチブは逆行していると訴える。国の市場介入が強まれば農産物の価格が上がり、スイス農業の国際競争力が失われる。また観光業や飲食業にも影響が出ると予測される。

 更に、遺伝子組み換え生物や同様の技術を総じて禁止すれば、スイスのイノベーションの芽を摘んでしまうと強調。また、労働条件をスイス全体で画一化することは労働契約を結ぶ上で州の権限を侵害するとしている。

 結局、政府はスイス経済に生じるリスクを懸念しているのだ。イニシアチブは国際的な義務の枠組みを超えた関税の強化を求めている。そうなると政府は、スイスの社会的・環境的基準が外国でも遵守されているか監視するという、事実上不可能な責任を負わされることになる。また、一方的に関税保護対策を取れば、スイスの貿易関係に悪影響が出かねない。

連邦議会の見解

 「食料主権を求めるイニシアチブ」は連邦議会でも過半数の支持を得られなかった。特に国民議会(下院)では大多数がイニシアチブの要求に理解と共感を示すも、激しい議論が交わされた。

 とりわけ国民党とキリスト教民主党は、この議論を利用して政府の農業政策を槍玉に挙げた。政府は2022年以降、自由貿易と関税による保護の撤廃を進める予定だ。

 緑の党だけが、多様性に富んだ持続可能な農業を保護するにはイニシアチブの内容は適切だという立場を取った。「大地から離れた工業型農業に対抗する明確な姿勢を示さなくてはならない。元来、スイス国民はこういった農業を避けてきたはずだ」とヴォー州のアデル・トランス・グマ議員は言う。

 政府も含めその他の政党は、イニシアチブの提案は既に法的なベースが整っている上、それ以外の項目は過大な要求だとしている。グラウビュンデン州のドゥーリ・カンペル議員(市民民主党)は、連邦議会の議論で「イニシアチブがスイスの農業を思ってくれるのはよく分かるが、細かい決まりを作り過ぎだ」と発言。また、チューリヒのレギーネ・ザウター議員(急進民主党)は「食料主権を求めるイニシアチブは国家支配の計画経済に直結する」と批判した。

 左派は、関税を上げれば食料品の価格が上昇し消費者にしわ寄せがくると批判。イニシアチブの制限的な要素だけを削除する譲歩案も左派の一部少数派から出たが、否決された。

 国民議会の投票結果は反対146票、賛成23票、棄権24票。国民投票でイニシアチブに反対するよう提案することで決着がついた。賛成したのは緑の党、社会民主党の約3分の1、国民党の議員2人のみ。社会民主主義党の3分の1以上は棄権した。

 全州議会(上院)の議論にはあまり活気がなかった。ただ一人、ジュネーブのロベルト・クラーマー議員(緑の党)が毎日2、3件の農家が廃業に追い込まれている現状をふまえ、新しい農業政策の必要性を訴えた。投票は反対27票、賛成1票、棄権4票でイニシアチブ反対を決めた。

(独語からの翻訳・シュミット一恵)

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