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OPCW初の女性トップにスイス外交官 化学兵器廃絶に課題

スイス人外交官のサブリナ・ダラフィオールが、2026年7月にOPCW事務局長に就任する。
スイスの外交官サブリナ・ダラフィオール氏が、化学兵器禁止機関(OPCW)の事務局長に就任する Illustration: Kai Reusser Images: OPCW/Freepik

スイスの外交官サブリナ・ダラフィオール氏が、スイス人としても女性としても初めて、化学兵器禁止機関(OPCW)の事務局長に就任する。国家間対立の激化や技術革新を背景に化学兵器をめぐる情勢が変化するなか、同機関は化学兵器廃絶という難題とどう向き合っているのか。

2026年7月、スイス外交官として25年のキャリアを持つサブリナ・ダラフィオール氏が、OPCW事務局長に就任する。今回の人事の背景には、近年シリアやウクライナ、イギリス、マレーシアなどにおいて、年齢や性別を問わず、市民が毒性化学物質による無差別攻撃の標的となる事例が相次いできたことがある。

同氏は、一部の国家やテロ組織がドローンや人工知能(AI)などの技術を活用し、化学兵器を無秩序に拡散させるリスクへの対応を迫られる。さらに、米中ロが国際的な影響力を競うなかで、第二次世界大戦後に国家間の対立を調整してきた国際機関への支持も弱まりつつある。

スイス連邦政府は、同氏が国連と密接な関係を持つジュネーブ軍縮会議で常駐代表を3年間務めた経験が、新たな職務に必要な資質を培ったと評価している。

中国の廃棄化学兵器(ACW)専門家チームが化学爆弾の発掘・撤去作業を行う様子、2006年7月5日撮影
中国の廃棄化学兵器(ACW)専門家チームが化学爆弾の発掘・撤去作業を行う様子、2006年7月5日撮影 AFP

スイス連邦外務省の報道官ジョナス・モンターニ氏はスイスインフォに対し、「多くの有力候補の中から選ばれたことは、ダラフィオール外交官個人の優れた実績を示している。同時に、軍備制限や軍縮、不拡散といった分野で、その専門性が高く評価されていることを改めて印象づけた」と語った。

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OPCWとは

OPCWは、1993年にパリで署名された化学兵器禁止条約(CWC)の履行を監視するため、1997年に設立された。同条約は、化学兵器の開発、生産、貯蔵、移譲、使用を全面的に禁止している。締約国は193カ国に上り、未締約国は北朝鮮、エジプト、南スーダンの3カ国のみ。イスラエルは署名のみで批准しておらず、条約の法的拘束を受けていない。

同機関は国連の下部組織ではないものの、国連と緊密に連携して活動している。化学兵器廃棄施設の24時間体制での査察や、使用疑惑に関する調査、加盟国への査察団や専門家の派遣などを担う。

同機関は2013年、化学兵器廃絶に向けた取り組みが評価され、ノーベル平和賞を受賞した。シリア内戦において、シリア当局や過激派組織による度重なる攻撃で多数の市民が犠牲となった事態への対応も、受賞理由の1つとされる。

同機関は裁判機関や検察機関ではない。責任を負うべき主体は特定するが、司法判断を下す権限は持たない。その報告書は国際連合安全保障理事会に提出され外部リンク、決議や調査、外交措置の根拠となる可能性がある。 また、各国が制裁措置の検討材料としてその内容を参照する場合もある。

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新事務局長の経歴

ダラフィオール氏はスイス北部バーゼル生まれ。大学では東欧史とロシア学を専攻し、2000年に外交官としてのキャリアを開始した。

ブリュッセルでは欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)を担当するスイス代表部で勤務し、ベルンでは多国間の安全保障政策を担当する要職を歴任した。直近ではフィンランド駐在スイス大使を務めている。

任命に際したあいさつ外部リンクで同氏は、「化学兵器に関する規範の遵守を最優先課題とする」と表明。また、信頼性のあるすべての申し立てを調査することが、規範の「長期的な持続可能性」を確保するうえで不可欠だと強調した。

主要な国際組織であるOPCWのトップに同氏が就任することは、スイス外交の成功を示すものといえる。連邦外務省は、国際機関で要職を担うスイス人材の輩出を戦略目標に掲げ、国益の保護と国際政策形成への関与強化を目指している。また、スイスには、OPCWの指定研究所ネットワークに属する世界有数の専門機関、シュピーツ研究所も所在している。

相次ぐ使用疑惑とOPCWの功績

シリアは2010年代、化学兵器の使用により高い注目を集めた地域だ。中東や北アフリカに広がった「アラブの春」と呼ばれる反政府運動を背景に、ロシアの支援を受けた当時の大統領バッシャール・アル・アサド氏が政権維持を図るなか、化学兵器の使用疑惑が繰り返し浮上した。OPCWの昨年の報告外部リンクによれば、2024年の大統領亡命後も、国内には当初の推計をはるかに上回る100カ所以上の化学兵器関連施設が存在するとされる。

2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、ロシア政府とウクライナ政府は化学兵器の使用をめぐり、互いへの非難を繰り返してきた。OPCWはウクライナの要請に基づき、技術面および防衛面での支援を実施。2024年と2025年に発表した報告書では、使用が禁止されている化学物質が戦場で用いられたと結論づけた。

同機関はまた、大きな関心を集めた政治的背景を持つ毒殺未遂事件の分析にも関与してきた。2020年にロシアの野党政治家アレクセイ・ナワリヌイ氏が、2018年に元ロシア情報員セルゲイ・スクリパリ氏外部リンクとその娘が、いずれも神経剤ノビチョクによる毒殺未遂の被害に遭った事件だ。これらをめぐり、イギリス当局と独立調査機関はロシアの諜報機関の関与を示す証拠を提示したが、ロシア当局はこれを否定している。

スクリパリ氏の事件を受け、OPCW加盟国はロシアの反対意見があるなかで同機関の権限拡大外部リンクに合意し、化学兵器を使用した責任のある主体を特定できる権限を付与した。それ以前は、化学兵器の使用が疑われる事案の調査や物質の特定までは可能だったが、その責任主体を特定する権限はなかった。

同機関のこれまでの最大の功績は、加盟国が「申告した」、すなわち保有を認めた化学兵器の全廃を確認する2023年の報告外部リンクとなるだろう。

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禁止規範の弱体化と新たな課題

こうした功績にもかかわらず、一部の国は禁止されている化学物質を国外の敵対勢力だけでなく、自国民に対しても使用し続けているとの疑惑は後を絶たない。

英BBCは2025年12月、査読付き学術誌Toxicology Reportsに掲載された論文を引用し、ジョージア政府が首都トビリシで第一次世界大戦期の毒性化学物質を反政府デモ参加者に使用した可能性があると報じた外部リンク

OPCWと連携して外部リンクCWCの履行を支援するNGOネットワークChemical Weapons Convention Coalitionは2025年の報告書外部リンクで、毒性物質の使用が疑われる政府の1つとしてイランを挙げた。同政府はここ数カ月のあいだに、反政府勢力に対して化学弾を使用したとされる。国営テレビは死者数を3000人以上と伝えたが、実際の数はその10倍以上に上るとの推計外部リンクもある。

ダラフィオール氏は、化学兵器の使用に対抗する規範を守ることが最優先事項だと強調してきた。一方で、イギリス国防省外部リンクインターポール外部リンク(国際刑事警察機構)などの組織は、こうした規範が徐々に弱体化していると警鐘を鳴らしている。

米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のシニアアソシエイト、ナターシャ・ホール氏は2024年10月の研究外部リンク報告で、アメリカや同盟国の政府関係者、OPCW職員、専門家へのインタビューを踏まえ、次のように指摘した。「化学兵器の使用を禁じる規範は、ここ十数年間でその地位を低下させてきた。各主体は、どこまでが国際的批判を招く一線かを見極めながら、段階的なアプローチをとる可能性が高い。米ロ間の緊張の高まりは国際社会の分断と相まって、化学兵器の規制や管理責任を支える既存の枠組みを脅かしている」

さらに、高度なコンピューティング技術やドローン技術、軍民両用の化学物質であるデュアルユース・ケミカルの普及も、新たなリスクを生み出している。

OPCWの現事務局長フェルナンド・アリアス氏は2025年11月、同機関が技術革新への対応に一層力を入れていると述べた外部リンク。技術革新を、条約に基づく査察や監視体制の弱体化ではなく、強化につなげることが課題だとの認識を示した。

前出のモンターニ・スイス外務省報道官は、次のように指摘している。「AIやデュアルユース・ケミカルの進歩などの新たな技術により、化学兵器の捜査や取り締まりは一層複雑になっている。こうした動きは地政学的対立の激化という文脈の中で起きており、国家間の信頼が損なわれるだけでなく、集団安全保障の仕組みそのものが試練に直面している」

編集:Tony Barrett/vm/ts、英語からの翻訳:本田未喜、校正:大野瑠衣子

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