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電気ショック療法の復活 精神疾患の治療に光?

電気ショック療法
1985年に開発された経頭蓋磁気刺激(TMS)は磁場を使って脳神経にピンポイントで電気刺激を施す。患者の頭の横の黒いラケット状の装置から磁場が発生する Dung Vo Trung / Look At Sciences

うつなど精神疾患の決定的な治療方法が見つからないなか、スイスでは脳神経を電気で刺激する電気ショック療法が再評価されている。精神科医や患者たちに、電気療法にかける期待を聞いた。

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2年前、スイス北西部のヌーシャテル州に住むイザベルさん(49歳、仮名)は、食事も睡眠も入浴も自分でできなかった。重度のうつ病と診断され、毎日15種類の薬を服用していた。精神病院への入退院を繰り返し、2回の自殺未遂を経験した。

だが現在のイザベルさんはまるで別人だ。身なりはきちんと整い、語り口も穏やかだ。いずれ仕事に戻りたいと思っているが、しばらくの間は、闘病生活を支えてくれた子どもたちやパートナーのために時間を使いたいと話す。

「心が安らぐ日がまた来るとは、ましてや以前の自分に戻れる日が来るとは思っていなかった。この治療のおかげで再び自分自身を慈しみ、周囲とのコミュニケーションもとれるようになった」と話す。

イザベルさんを「救った」のは、経頭蓋磁気刺激(TMS)療法と呼ばれる、脳神経に電気刺激を施す治療方法の1つだ。より古いものとして、電気けいれん療法(ECT)と呼ばれるものもある。これらの治療方法はうつ病、双極性障害のそう状態、統合失調症など様々な精神疾患の治療に効果があるとされる。

抗うつ薬を投与しても3割程度の患者には効果がないとされており、イザベルさんもその1人だ。このように薬物療法が功を奏さず、代替の電気療法を試す患者の数は最近増えている。

電気けいれん療法(ECT)

ECTは1939年、精神疾患のショック療法の1つとしてイタリアで開発された。てんかん発作後に精神症状が安定するという経験則に基づいた治療方法で、電気刺激によって人工的にけいれんを誘発する。ECTは1950年代後半に薬物療法が登場するまで精神疾患治療の中心だった。

一方、電気ショック療法には、拷問や懲罰に利用されてきた歴史や様々なメディアの描写により暴力的な身体拘束のネガティブなイメージが色濃くあり、社会的には根強い反発がある。例えば「カッコーの巣の上で(原題:One Flew Over the Cuckoo’s Nest)」(小説は1963年、映画は1975年発表)では患者視点でECTが懲罰的に描かれた。日本では1970年代から一部の病院で懲罰目的に使用されていたことが明るみになり、1980〜90年代にはオウム真理教団で記憶破壊を目的にECTが悪用されていたことが同教団の元構成員の手記外部リンクに残されている。

薬物療法の時代

うつ病を適応症とする世界初の市販薬は1957年、スイスの製薬企業ガイギー(ノバルティスの前身企業の1つ)から発売された。同社が抗ヒスタミン薬として開発した化合物の中に抗うつ作用を持つものがあることがチューリヒの精神科医クー氏によって偶然発見されたのがきっかけだった。この薬(イミプラミン。商品名はトラフニール)は現在も抗うつ薬として使われている。

同じく1957年、米国のシービュー結核病院のグループが、抗結核薬イプロニアジドに抗うつ作用があることを発見したと発表し、同年に多くのうつ病患者への投与が開始された。だが副作用が強いことから、後に多くの国で使用が中止されている。

その後も様々な向精神薬が開発されるとともに、精神疾患の治療の中心は薬物療法へと移行していった。

だが依然としてうつ病の原因は解明されておらず、創薬研究は同じ枠組みの仮説・原理に基づいて行われており、1960年代以降は概念を覆すような新薬は登場していない。米ハーバード大学のアン・ハリントン教授(科学史)は「メンタルヘルスに関する治療の歴史において最も驚くべきことは、医薬品に関しては、1960年代以降、真に革新的な進歩はないということだ」と話す。

2010年代には同分野の創薬研究は徐々に停滞し、利用頻度の高い抗うつ薬は特許切れを迎えた。製薬企業は「より収益性の高い方向」を求めて神経科学・メンタルヘルス分野から撤退外部リンクし始めたとハリントン氏は言う。

英グラクソ・スミスクラインは2009年、うつ病・不安症の研究開発部門を縮小。2011年には米ファイザーも神経科学研究部門の大幅な縮小を発表した。ノバルティスは2012年、バーゼルの神経科学研究部門を閉鎖した。

ECTの再評価

薬物療法の登場により電気療法は下火になっていたが、安全性の向上など技術的改良・開発は進められてきた。医薬品開発の失速と薬物療法が効かないケースがあることも後押しし、電気療法に再び光が当たり始めた。

過去10年の間に、スイスの5つの大学病院のうち4つでECTが再開された。治療を受けられる施設が増えただけでなく、実際にECTを受けた患者の数(以下、ECT患者数)も2023年には398人と、2019年の228人から約1.7倍に増加した。

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欧州全体では文化・経済的な違いを背景に、ECT実施率にばらつきがみられる。ECT患者数は英国外部リンクドイツ外部リンク、スペインでは微増したが、東欧では依然として低く外部リンク、人口10万人当たり1人未満の国もある。スロベニアでは1994年以降禁止されたままだ。1970年代に精神科医のフランコ・バザーリア氏の先導で精神病院の閉鎖運動が起こったイタリア外部リンクでは、2017年時点でECTを実施している精神病院は、145施設中わずか9施設(約6%)だった。

日本では過去35年間、比較的高めのECT実施率が続いていることが複数のアンケート調査で示されている。全国の精神科医を対象とした1991年の調査では、237人中98人(41%)がECTを実施していると回答した。1997〜99年の調査では、全国の病院の86施設のうち56施設(65%)がECTを実施していると回答。2009、2016年の調査では、それぞれ875施設中356施設(41%)、629施設中204施設(32%)が過去1年間にECT実施実績があるとした。

スイスのバーゼル大学病院精神科クリニック(UPK)主任医師のアネッテ・ブリュール氏は「ECTは万能ではないが、うつ病、(双極性障害の)躁状態、統合失調症など、幅広い症状に効果がある点が優れている」と話す。

ブリュール氏がECTの復権を肌で感じ始めたのは2016年頃からだ。当時はチューリヒ大学病院附属精神科病院(PUK)のうつ病センターに勤務していた。患者は地域全体から訪れ、予約待ちは半年以上に及んだ。2020年にバーゼル大学病院精神科クリニックに異動したブリュール氏は、そこでECTを再開する取り組みを先導した。同クリニックのECTは1970年代以降、使用頻度が低いことと、薬物療法への移行が見込まれることを理由に停止されていた。

現在のECTは懲罰的ではなく、より穏やかに安全に実施される。患者は額に電極を装着され電気ショックを4〜8秒間受ける。発作は電気刺激が循環する1〜2分間続く。酸素、筋弛緩剤、約10分間の全身麻酔により管理され、副作用は最小限に抑えられる。

「脳へのダメージはヘディングより小さい」

ブリュール氏は、現在のECTの「脳へのダメージは、サッカーのヘディングより小さい」と言う。だが反対派は、特に脳組織や記憶への長期的な影響を懸念し、安全性に異論を唱える。同氏はこの疑問に対して「記憶機能が正常に働かない時期があるのは確かだが、一時的なもので、永久に続くわけではない」と答える。一方、「長期的な副作用がどの程度起こるかについてはまだ議論の余地がある」とし、これまでの研究では、一般的な副作用として錯乱、頭痛、吐き気、記憶喪失が知られていると説明した。錯乱と頭痛は高齢者に多く、記憶喪失は女性に多く見られるという。

チューリヒ州のベッティーナさん(仮名)は2014〜2015年に、標準治療を一定期間行なっても治らない治療抵抗性のうつ病を治すためにチューリヒ大学病院附属精神科病院で17回に渡りECTを受けた。現在は、主に双極性障害の治療に使われる気分安定薬(炭酸リチウム)の服用と心理療法を続けており、健康状態はよいと感じている。だがECTを受けていた約4カ月間の記憶はあやふやだと言う。

「その期間の記憶喪失はとてもひどく、治療中に誰に会ったかも思い出せないことがある。いずれにしても悲しい時期だった」とベッティーナさんは語る。「だが私にとっては、今も仕事をし、ピアノを弾き、3カ国語を流暢に話せることが何より重要だ」

ベッティーナさんは仕事の傍ら、医学部の学生向けに講演を行うなど、ECT理解増進のための活動にも取り組んでいる。「およそ1年間、泣くことも笑うことも、何も感じることもできず、自分がゾンビになったような気がしていた。だが1回目のECTセッションの後、やっと感情が戻ってきたことを感じた」と治療を振り返り、こう締め括った。「ECTに出会えて幸運だった。この治療を受けたことで失ったものは何もないのだから」

一方、冒頭のイザベルさんのECT体験はあまり嬉しいものではなかった。ECTが重度のうつ病を治療できるかもしれない最後の選択肢だと医師から説明され、治療を受けた。1年間75回のECTセッションを勧められ、病気の改善を期待して治療を続けたが、良くならないばかりか複数の副作用に見舞われた。記憶は所々抜け落ち、椎間板ヘルニアを発症し、歯のぐらつきが残った。

経頭蓋磁気刺激(TMS)療法

それでもイザベルさんはECTを受けてよかったと思っている。それがTMS療法に出会うきっかけになったからだ。TMSはまだあまりよく知られていないが、磁場を使ってピンポイントで電気刺激を施し、脳の神経活動を整える新しい非侵襲型の治療方法だ。

TMS装置
TMS装置。右側の黒いラケット状の装置から磁場が発生する。これを患者の頭の近くにかざして施術を行う。実施プロセスは患者により異なる Aylin Elci / Swissinfo

TMSは1985年に開発された。患者の頭の近くに磁場を発生させるラケット状の装置を設置して施術を行う。所要時間は条件によるが、およそ1時間以下で、1回の照射時間は約4秒間。これを一定間隔で繰り返す。

TMS治療は、うつ病、重度の強迫性障害、統合失調症、双極性障害、依存症など、治療抵抗性の精神疾患に効果があるとされる。2003年にスイスで初めてTMS治療を導入したジュネーブ大学病院の精神科に勤めるインドリット・ベーグ助教は、TMS治療は、慢性の神経障害性疼痛、脳卒中後のリハビリ、パーキンソン病、片頭痛の治療方法として承認されていると説明する。

医療品
TMS治療で患者が着用する青いニット帽。照射する場所に目印が付けられている。これで狙った部位に的確に磁場を照射し、脳神経にピンポイントで刺激を与える Aylin Elci / Swissinfo

TMSの効果はECTと同様に「シナプス可塑かそ性に基づいている。これは、繰り返される刺激に応じて(ニューロンの)接続を修正する脳の仕組みだ」とベーグ氏は解説する。連邦統計局(BFS/OFS)のデータによれば、2020年にスイスでTMS治療を受けた患者の数は60人だったが、2023年には398人に増加した。

高額な治療費

だが電気療法の費用は決して安くはない。バーゼル大学病院精神科クリニックでは1回のECTセッションの費用は600フラン(約10万3800円)で、効果を得るには約10回のセッションが必要だ。ECTはスイス、ドイツ、スペイン、英国などで保険適用されている。日本でもECTには健康保険が適用され、高額療養費制度の対象にもなる。1回の患者負担額は1万円前後(3割負担の場合。入院費・検査費を除く)で、スイスより安い。

TMS治療については、英国では保険が適用されるが、欧州全体では保険適用としている国は少ない。スイスでは一部保険でカバーされるが、大部分を患者が負担する。1回の患者負担額は350フランで、推奨される週5回×4〜6週間の施術にかかる患者負担総額は7千〜1万500フランに上る。日本では2019年に保険適用になったが、対象疾患や施設の適用条件が厳しく、実際には自由診療となるケースが多い。自由診療の標準費用は1回2万円(30回で60万円)、保険が適用されると6千円(3割負担の場合。30回で18万円)で、ECTと同様にスイスよりも負担が少ない。ただし自由診療の実際の費用は1回4千〜2万5千円(30回で12万〜75万円)と、施設や条件により幅がある。

ベーグ氏は「スイスは米国、オーストラリア、オランダなどの欧州諸国と比べて(TMSの導入が)遅れている。保険が部分的にしか適用されないことが一番の原因だ。そのため治療を受ける機会が限られ、標準治療への統合が遅れている」と指摘する。

イザベルさんは現在、ジュネーブ中心部にあるファディ・ラシッド医師の診療所でTMS治療を週2回受けている。「経済的に余裕のある人たちだけがこの治療を受けられるということは納得し難い。とても幸運なことに私は治療を受けられているが、治療を受ける権利は全ての人が持っている」と話す。

ラシッド氏は、神経刺激療法に携わる精神科医の組織であるスイス介入精神医学会(SGIP-SSPI)の会長を務める。同学会は昨年、連邦内務省保健庁(BAG/OFSP)に対し、TMS治療の保険適用を要請した。結果は数カ月後にわかるという。

進む技術開発

ラシッド氏は「この分野では活発な技術開発が続いている」と言い、重要な例としてSAINT(Stanford Accelerated Intelligent Neuromodulation Therapy)と呼ばれる治療方法を紹介した。より集中的なTMSプロトコルによって、うつ病の寛解の迅速化と治療効果の改善を目指すものだ。

現在の標準的なTMSの1回(1日)の治療では、4秒間の刺激+26秒間の休憩を80サイクル(=1日40分間)繰り返し、これを週5日、4〜6週間行う。これに対しSAINTでは、10分間の刺激+50分間の休憩を10サイクル(=1日10時間)繰り返し、これを5日間続ける。米国食品医薬品局(FDA)の承認の決め手となった論文外部リンクによれば、SAINT治療の寛解率は約9割を示した。

他にも、短時間の治療で同等の効果を出すプロトコルや、患者の症状に合わせて照射部位や刺激の頻度を変える方法、再発防止のためにTMS療法を長期間に渡り持続的に行う維持療法(日本の現在の保険では8週間が上限なため適用外)など、様々な開発が進められている。

ラシッド氏の診療所では、TMS治療を受けた患者の6〜7割に寛解や反応が見られるという。同氏の友人で、ローザンヌの個人診療所でTMSとECTの両方を提供するジャン・フレデリック・モール医師は、うつ病の種類によっては手応えのある患者は9割に上ると話す。

モール氏は「これは代替医療ではなく、実際にはその対極にあるものだ。科学的に検証され、その有効性が証明されている」と強調した。「私たちの治療を受けた患者の中には、担当の精神科医がなぜもっと早く(これらの治療方法を)教えてくれなかったのか、と不満を漏らす人が大勢いる」

編集:Virginie Mangin/dos、英からの翻訳・追加取材:佐藤寛子/vm、校正:ムートゥ朋子

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