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レシピ公開しても絶対に真似できない スイス・グリュイエールチーズのブランド力

窓際にたたずむフィリップ・バルデ氏
グリュイエールチーズ生産者組合(Interprofession du Gruyère AOP)代表を30年近く務めたフィリップ・バルデ氏 Vera Leysinger / Swi Swissinfo.ch

チーズフォンデュにも使われることで世界中に知られるスイスのグリュイエールチーズ。生産者組合代表を30年近く務めたフィリップ・バルデ氏は、作り方の詳細を記した「仕様書」を公開してもブランド力が落ちることはないと断言する。ただ米国の関税や原産地表示規制の緩和など、逆風は絶えない。

※本インタビューは米国のスイスに対する関税率39%が発表される前に行われ、原文(仏語)は5月末に配信されました。

スイスインフォは、グリュイエールAOP(英語略称はPDO、原産地呼称保護)生産者組合の初代代表を務めたフィリップ・バルデ氏を訪ね、グリュイエールのチーズセンター「メゾン・ド・グリュイエール」で話を聞いた。5月末の退任を控え、同氏は業界が直面するリスクとブランドの課題について語った。

スイスインフォ:ドナルド・トランプ米大統領は、米国への全ての輸入品に対し追加関税を課す可能性があると脅しています。グリュイエールチーズ関連業界にはどのような影響があるでしょうか。

フィリップ・バルデ:私たちは輸出市場の多様化を戦略にしています。とは言え、米国は広大な国であり、スイスフランの高騰や、米国人が生乳製品の衛生面に苦手意識を持っているというマイナス要素にもかかわらず、グリュイエールチーズの年間輸出量は過去20年間で2000トンから4000トン超に増えました。

グリュイエールAOPに課される関税はこれまで10%でしたが、近い将来、10~31%が追加される可能性があります。一番の問題は現状が不安定で先行きが不透明なことです。米国の輸入業者は慎重に静観せざるを得ません。

米国内でグリュイエールAOPの値段が上がった場合、売上げにどう影響するかはまだ分かりません。高級食材として購入されることが多いですが、消費量は少ないのでダメージは限定的なものになるでしょう。ただ、米国の失業手当は少ないので、多くの人が失業した場合は別です。グリュイエールAOPは米国で1キロ平均50フラン(約9000円)で、スイスの2倍以上だということも忘れてはなりません。

フィリップ・バルデ氏
「輸出市場を多様化することが私たちの戦略だ」と話すフィリップ・バルデ氏 Vera Leysinger / Swi Swissinfo.ch

米国では2023年から「グリュイエール」という名称が普通名称とみなされ、産地に関係なく使えるようになったとは言え、「グリュイエールAOP」には強いブランド力と独特の風味があります。それでもやはり問題ですか?

とんでもなく大きな問題です。グリュイエールAOPだけではなく、パルメザンチーズ、パルマハム、コニャックなど、似た状況にある欧州のAOP食品全てに関わりかねない問題です。この米国裁判所の判決は、私たちのチーズの唯一無二の特徴を軽んじ、長期的にはスイスのエメンタールチーズのような厳しい状況になるかもしれません。しかも米国は、自由貿易という名目で中南米やカナダ、そして恐らくオーストラリアまで米国に追随させようとしています。

輸出市場の多様化を目指していますが、今後国際的に大きく成長するチャンスが見込めるのはどこでしょうか?中国やロシアについては?

年間3万トンが生産されるグリュイエールチーズのうち、半分以上が国内で消費され、約7000トンが欧州連合(EU)、4000トンが米国に輸出されています。私たちの戦略は、新たに市場を開拓するよりも、すでに一定の存在感を確保している海外市場での地位を強化することです。欧州市場における私たちのシェアは数量ベースでわずか0.2%に留まっており、特に北欧諸国を中心に大きな成長があると見込んでいます。

中国市場には何度も進出を試みてきましたが、グリュイエールAOPは同国の食文化に十分に馴染まず、期待した成果は上がりませんでした。一方ロシア市場には大規模な投資をし、有望な結果も出ていましたが、ウクライナとの戦争の影響により現在は展開が非常に厳しい状況にあります。

スイスにある約700種のチーズのうち、AOP認証を受けているのはおよそ10外部リンクです。その中でもグリュイエールAOPの知名度、消費量、輸出量が突出しているのはなぜでしょうか?

それは何世紀にもわたって築かれてきた評価に加え、近年は全てのグリュイエールAOP生産者が厳密に遵守すべき厳格な仕様書があることで、品質と職人技を促進しようという強い意欲があるからです。こうした厳しい枠組みがあるからこそグリュイエール独特の風味が保証されます。最終消費者だけではなく、流通業者、輸入業者、卸売業者などの中間購買層からも高く評価されています。

私たちのチーズが生産地域に深いつながりがあることも、消費者から支持される理由の1つです。仕様書には「審査システム」も組み込まれており、一定の基準点に達したチーズだけが「グリュイエールAOP」として販売を許可されます。

チーズ型の置物など
インタビューが行われた会議室にはグリュイエールAOPの販促品も飾られていた Vera Leysinger / Swi Swissinfo.ch

その審査システムですが、2024年は査定委員会に対し31件の異議申し立てがあったとのことですが。

私たちは年間およそ2000件の審査を実施しており、中立で独立した委員会が厳格に品質審査を行っています。チーズは20点満点で評価され、グリュイエールAOPとして自由に販売するには18点以上を獲得する必要があります。全体の約95%が基準に達しています。

16.5点から18点未満のチーズは、例えばフォンデュ用などのすりおろしチーズとして販売できます。16.5点未満の場合は、無名の一般的なチーズとしてしか販売できません。この3つのカテゴリーには最大で2倍近い価格差があるため、生産者にとってどのカテゴリーに分類されるかは非常に重要です。審査結果に異議申し立てがあるのも理解できます。申し立てがあれば別の委員会が再審査します。審査の結果に基づいてランキングも作成しており、チーズ職人たちの競争心を掻き立てています。

グリュイエールAOPには、AOP、AOPレゼルヴ、AOPビオ、AOPアルパージュの4種類がありますが、店頭では「mi-salé(中塩)」などの追加表記も見られます。

この追加表記の問題については、仕様書の策定時にも多くの議論が交わされましたが、最終的な合意には至りませんでした。個人的には、「salé(強塩)」「mi-salé(中塩)」といった表現は実際の特性を反映しておらず理想的ではないと思いますが、販売当事者にある程度の自由を認めることも必要だと考えています。それに、塩分の含有量についてはデリケートな問題です。

栄養価に基づいて食品を5段階の色で評価する栄養スコア表示制度、「ニュートリ・スコア(Nutoriscore)」に反対する理由は?

自動車のCO₂排出量ラベルのように色分けで評価するこのシステムでは、一般的に緑色は「良い」、赤色は「悪い」と認識されます。自動車メーカーなら電気自動車を生産すれば緑色のラベルを獲得できますが、私たちチーズ製造者は厳格な仕様書に従う必要がある。その結果グリュイエールAOPはこの評価システムでは常にオレンジ、あるいは赤に分類されてしまいます。それに、ニュートリ・スコアの評価の仕方は単純過ぎます。

むしろ、各個人に適した1日の塩分や脂肪の摂取量を設定することの方が理想的です。ほとんどの消費者は、一般的な量(スイスの年間平均は約3kg)のグリュイエールAOPを食べても何の問題もありません。一方で、グリュイエールAOPが乳糖を含まない(ラクトースフリー)点は評価に反映されていません。

フィリップ・バルデ氏
「たとえ経済的、産業的な理由であっても、グリュイエールAOPの生産指定地域が見直されることはない」 Vera Leysinger / Swi Swissinfo.ch

現在、グリュイエールAOPはグリュイエール地方に限らず、スイス西部の厳密に定められた他の地域でも生産されています。今後、この指定地域が見直される可能性は?

絶対にあり得ません。たとえ供給量の増減や調整といった経済的あるいは産業的な理由があったとしてもです。生産地域に根ざした伝統こそが、グリュイエールAOPの品質とブランドイメージを保証する上で重要なカギであり、少しでもそれを損なうようなことがあってはなりません。この原則はスイス連邦裁判所によっても正式に認められています。

グリュイエールAOP関連産業には、1700軒の酪農家、160のチーズ製造所、61のアルパージュ(山岳放牧地)のチーズ工房、そして11の熟成所が関わっています。そこにスイス内外の大手企業を含め、新規参入者を受け入れる可能性はありますか?

私たちの生産者組合は閉ざされたクラブではないので、仕様書と「優良実践ガイド」を厳密に守りさえすればこの業界に加わることができます。厳格であることは極めて重要です。この厳格さをおろそかにすれば、スイスのエメンタールチーズのように、独特の風味が薄れ、より安価な外国産との差別化が困難になるという事態になりかねません。

スイス産エメンタールの生産量は、2000年代初頭の4万5000トンから今では1万3000トンにまで減っています。実際に私たちの生産地域でも、多くのチーズ製造者がエメンタールからグリュイエールAOPの製造に切り替えています。私たち生産者組合は、参入希望者があれば設備面を中心に生産体制をチェックし、生産量が段階的に増加するよう管理しています。

熟成所の中には、乳製品加工大手のエミ(Emmi)や小売大手ミグロ(Migros)といったスイスの主要企業の傘下にあるものもあります。理論上はこれが外資系グループであることも可能ですが、現時点でその例はありません。グリュイエールAOPが地域に根差したチーズであるという特性を保証するには、望ましいことだと思います。それに、外資系の大手グループにとっては、自社生産に乗り出すよりも、すでに熟成された製品を流通・販売するほうが好都合でしょう。生産には多くのリスクや困難が伴いますから。

グリュイエールAOPの海外販売において重要な役割を担っているのは?

スイスチーズマーケティング外部リンクが非営利団体としてスイス産チーズの国際的なプロモーションを担当していますが、販売そのものには関わっていません。私たちの組合はグリュイエールAOPの販売促進を行っており、連邦政府から補助金を受けることもあります。実際の販売は主に熟成業者が行っていて、輸入業者や卸売り業者、または大手流通チェーンと直接取引しています。

棚にずらりと並んだチーズ
チーズ工場「メゾン・ド・グリュイエール」のエントランスホールの窓から見えるチーズ Vera Leysinger / Swi Swissinfo.ch

在外スイス人は非公式な親善大使の役割を果たしていると思いますか?

ある意味そうですね。外国の友人に私たちの製品を紹介する機会もあるでしょうから。より広く言えば、私たちの製品を気に入ってくれた全ての人たちが、海外での「非公式な親善大使」と言えるでしょう。

グリュイエールAOPの仕様書と「優良実践ガイド」は極めて詳細に記述されている上、誰でも閲覧できます。国外の潜在的な競合相手に有利に働く可能性があるのでは?

そうは思いません。グリュイエールAOPの製造には、仕様書には書ききれない手作業の職人技が不可欠です。たとえ外国の起業家がスイスの専門家を雇ったとしても、私たちが歴史ある生産地に根差して築いてきたのと同じ強みを持ったブランドを作ることはできません。スイス発祥のチョコレート、トブラローネが製造拠点をスロバキアに移転させようとして失敗した例からも分かるように、消費者には伝統的な生産地で作られた製品かどうかも重要なのです。

スイス国内では、スイスの法律、特にAOP及びIGP(地理的表示保護)に関する条例外部リンクが適用されます。では国外ではどのように保護されていますか?

EU及び英国とは協定を結んでおり、相互にAOP認証を認める体制があります。その他の国々とは、自由貿易協定などの枠内で個別に合意があります。その一方で、全く協定のない国もあり、そうした国では状況が厳しくなります。

トレーサビリティ(追跡可能性)を確保し模造品に対抗するため、エメンタールやアッペンツェラーなどのチーズは、10年ほど前から「トレーサブル培養菌」と呼ばれる、原産地を証明する乳酸菌マーカーを活用しています。グリュイエールAOPはどうですか?

私たちもずいぶん前から検討してきました。ただ、グリュイエールAOPは添加物を一切使わない自然食品なので、技術的な面で複雑なのです。それでも計画は進行していて、2027年か28年からトレーサブル培養菌の使用を開始する予定です。

編集:Virginie Mangin 仏語からの翻訳:由比かおり 校正:ムートゥ朋子

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