スイスの視点を10言語で

建築が語るスイスの歴史 ( スイスめぐり -11- )

美しいコー・パラスも見所の一つ swissinfo.ch

レマン湖を望む景勝地、モントルー ( Montreux )と ヴヴェイ ( Vevey )。この地域は有名高級リゾートとして200年以上も多くの観光客を魅了してきた。世界的なジャズ・フェスティバルが開かれることでもよく知られている。

当然、歴史的建築物も多い。「建築の巨匠」が年老いた両親のために建てた小さな家から、戦時中にユダヤ人難民に提供された高級ホテルまで、選ばれた21の建築物を巡りながら、この土地の新たな魅力を発見してはいかがだろうか。

 レマン湖畔に点在する歴史的建築物を廻った。豪華絢爛なものあり、ちょっと地味なものあり、美しく修復されているものあり、結構おざなりなものもあり。

さあ、ツアーに出発

 しかしこれらの建築物は間違いなく、観光名所として発展したこの地域の動かぬ証拠たちだ。古くから、ここは各国のセレブたちでにぎわった。

 スイス遺産協会は、ミューレン ( Murren ) とアローザ ( Arosa ) などのアルプス・リゾートに続いて、3番目にモントルーとヴヴェイのガイドブックを製作した。

 「このようなガイドブックの出版が、この地域にある建築物がどれほど重要なものであるか、多くの人々に理解して頂ける手助けになると期待しています」と語るのは、ガイドブックの製作に参加した歴史家、パトリック・モーザーさん。

 毎週水曜日の午後、モーザーさんはヴィラ・ル・ラックを一般に公開している。いつものように手早く中をチェックして、レースの上のほこりなどをはらってから、建築的・歴史的背景の説明を始めた。

両親への小さくて大きなプレゼント

 ヴィラ・ル・ラックの面積は、たった64平方メートル。18坪だ。今回の建築物ツアーの中で、間違いなく1番小さい。しかし、設計したのは20世紀を代表する建築家、ル・コルビュジェだ。

 彼がレマン湖のほとりにこのヴィラを建築したのは1922年から1923年にかけてのこと。定年退職した両親のために、心をこめて仕上げた一品だ。ヴヴェイを一望できる一階建て、箱型の住居だ。華美なものや無駄なものは一切排除した、ミニマリズムの典型でもある。

 長い形の窓は湖水に向かって開け放たれ、スライド式のドアと埋め込み式のベッドは、部屋を広く見せる効果があり、また来客があった時には仕切りにもなる。

ネスレ本社

 また、この建物抜きにヴヴェイは語れない。大手食品メーカー、ネスレの本社だ。1960年代の建物で、観光ガイドによると、「スイスのフランス語圏では珍しい、国際的な建築形式の1つ」

 この会社を創設したアンリ・ネスレは、レマン湖畔で最初のベビーフードを開発した。彼は1930年代の建物に「ネスレ乳児施設」を開設した。ここに何十人もの乳児がベビーフードの研究のために集められたらしい。

 今度はロシア正教の教会周辺を歩いてみよう。19世紀中旬、ここには巨匠、ドストエフスキーなど、ロシアのブルジョワたちが散策していたところだ。まさにスラブ建築の代表ともいえる建物だ。

 同じように、モントルーにある英国国教会の教会も、イギリス建築を代表するデザインだ。1877年、ここはイギリスからの移住者や観光客でにぎわっていた。それは今でも変わらない。

 インテリアはネオ・ゴシック、素晴らしい木の細工の屋根が特徴的だ。「この屋根の作りは、イギリスの田舎の教会で全く同じものが見られます」とモーザー氏は言う。残念なことに、その屋根は雨漏りするらしい。このため教会の壁はかなり傷んでしまった。

オークションで得たお金で壁を修復

 修復にかかるお金は莫大だ。このため教会は、最も貴重な宝をニューヨークの有名オークション、サザビーに出すことを決心した。イタリア・ルネッサンスのアンドレア・プレビターリ作、『聖母と子供』だ。これが修復費用のほとんどをまかなった。その甲斐あって、絵がかかっていた教会本堂の壁は、奇跡的にダメージから回復した。

 この英国国教会の教会は、19世紀から20世紀にかけて、近くにある2つのグランド・ホテル ( 現在はアパートになっている ) に滞在していたイギリスからの観光客の出資によって建てられた。設計は、地元の建築家、オイゲン・ヨースト。

 彼は他にもモントルー・パレスをはじめ、モントルー名物となる他の有名な建物をいくつか設計している。モントルー・パレスは今でもスイスで最も高級なホテルの1つだ。

 モントルー・パレスをちょっと下ったところにあるのは、かつてのホテル・ナショナルだ。悲しいことに、長い年月の間に朽ち果ててしまったこの建物の窓やドアは、板で打ちつけられて立ち入り禁止になっている。

 しかし、次にやってきた所ではもう少し明るい気分になれる。コー・パラスだ。

ホテルから難民収容所へ

 これこそ、オイゲン・ヨーストの最高傑作。モントルーの街を王様のように見下ろすコー・パラスは、スイスのベル・エポックの建物の中でも指折りのものだろう。

 沢山の美しい塔がそそり立つこの建物の中には、いくつかの会議場やシャンデリアが吊るされたロビーがある。フランス側のアルプスが雄大に眼下に広がる。この風景こそ、時代を超えて、ここがそんじょそこらのホテルではないことを証明するものだ。

 コー・パラスは1902年にオープンし、1930年代後半までホテルとして世界中からお金持ちが泊まりに来ていた。しかし、第2次世界大戦中には、ユダヤ人難民を受け入れる施設として使われた。

 戦争が終わると、平和団体の「再武装のモラル」( 現在は「変化へのイニシアチブ」と改名 )に売却された。現在でもこの団体が経営者だ。

 驚くべきことに、この歴史的建築物は、何十年もの間、大規模な改築を免れてきた。今でも、オリジナルの備品である豪華な木のテーブルや椅子が使われている。

swissinfo、デイル・ベヒテル 遊佐弘美 ( ゆさ ひろみ ) 意訳

「私たちの遺産」のパンフレット ( 英語、無料 ) はモントルーとヴヴェイの観光局で手に入る。
リストにある21の建築物は全てが一般公開されているわけではない。また、見学には事前予約が必要な所もあるので、観光局に相談してみることをお勧めする。
建築物は、湖畔の広い地域に及んでいるので、バスや路面電車、自家用車などで廻らなければならない。

グランド・ホテル ( 現在はアパート ) 、セント・ジョン教会 ( 英国国教会 )
コー・パラス
ホテル・ナショナル・ギャラリー( 閉鎖中 )
19世紀のカトリック教会
22階の象牙の塔 ( アパート )
モントルー・パレス・ホテル
クラーレンス寺院
デ・クルト・ヴィラ、ドゥボシェ、カルマ

住宅:ヴィラ・ケンヴァン、ラ・ドガ ( 要予約 )、ル・コルビュジェのル・ラック ( 4月から10月まで、毎週水曜日の午後に一般公開 )
ノートルダム寺院、ロシア正教会の教会 ( 水曜日の午後のみ公開 )
ネスレ本社
シャトー・ドゥ・ライユ、グルネット、ギャルソ・ドュ・リヴァージュ
ホテル・トロワ・クロンヌ ( 2003年、スイス歴史的ホテルアワードを受賞 )

1887年、スイス生まれの建築家。本名はシャルル・エドゥアール・ジャンヌレ。フランスを中心に活躍したモダン建築の大家。

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部