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スイス、アングロサクソン系信託機関への資産流出を危惧

アングロサクソン系信託は、13世紀に始まったとされる akg images

スイスが守秘してきた銀行顧客の情報は、脱税を取り締まる外国からの圧力で開示を余儀なくされている。スイスは、信託機関やオフショア市場がプライベートバンクと同等の情報を開示するまでは、これ以上の妥協を拒否する方針だ。

 税制改革支持者は、信託機関は銀行などの金融機関に比べ、規制強化の波を比較的容易に乗り越えたと認める。「アングロサクソン系の信託機関が持つ秘密の種類は、一般の銀行のそれより多い」と、金融市場の透明化を目指す英国のNGO「タックス・ジャスティス・ネットワーク(TJN)」のディレクター、ジョン・クリステンセン氏は語る。

 スイスが恐れているのは、もし他国と租税情報を自動的に交換することになれば、国内に置かれた資産がオフショア(海外委託)市場へと流れてしまうことだ。

 スイスの銀行守秘義務は、不安定な政局、元配偶者、競合相手、貪欲な親族、さらに税当局から財産を守る制度として、多くの富裕層から高く評価されてきた。

上っ面をなでる

 各国からの取り締まりを受けているのは、アングロサクソン系の信託会社やペーパーカンパニーなども同じだ。一連の新規制で、富裕層向け金融サービスの暗い部分にますます光が当たろうとしている。

 米国の外国口座税務コンプライアンス法(FATCA)と、欧州連合(EU)が提案するEU貯蓄課税指令の改正もそうした新規制の一つだ。信託の発祥地である英国も、同国の租税回避地(タックスヘイブン)のジャージーとヴァージン諸島に透明化を迫っている。

 クリステンセン氏は、こうした改正は正しい方向へ進むための一歩だと評価。だが、問題の上っ面をなでているだけだとも指摘する。

 「当局の目を逃れるにはどうすればよいかと尋ねられたら、私は現状としては、顧客にオフショア信託を利用するよう勧めるだろう」

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最初に動くのは誰か

 TJNでドイツ語圏を担当するマルクス・マインツァー氏は、「銀行顧客情報の透明化を目的にした新規制を確実に実施するには、信託の受益者の身元が書かれた登記簿の作成が必要だ」と訴える。「公的な登記簿がなければ、新規制は単に紙に書かれたルールとなり、実施は不可能だ」

 EU貯蓄課税指令の改正に関する議論は2008年から続いており、施行はまだされていない。しかし、この改正でオフショア制度の透明性が高められ、プライベートバンクと信託会社が公平な競争の場に立てるようになると、マインツァー氏とクリステンセン氏は考える。

 また両者は、スイスはアングロサクソン系の信託機関を理由に何も対策を講じないのではなく、各国との租税情報の交換をさらに強化し、世界中の金融市場を浄化すべきだと説く。

 しかし、スイスは現在、独自に対策に乗り出すことには消極的だ。まずは、すべての司法および金融機関を包括する情報交換制度において、最低限の国際基準を策定すべきだとスイスは主張している。

 スイスのエヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ財務相は、信託会社やペーパーカンパニーなど国から資産を隠している組織に対し、規制を強化すべきだと繰り返し主張してきた。

 また、今年4月にワシントンで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議では、「オフショア金融地はアングロサクソンの法律に準じている」と話し、「多くの国で、信託の受益者の身元が明らかにされなければならない」と語った。

アングロサクソン系信託は、英国の騎士たちが13世紀に十字軍の遠征に参加する際、帰還出来ない場合に備え、家族のために自分の財産を第三者に託したことが始まりとされる。

とりわけ、裕福な貴族が各国に分散された財産を管理したり、大家族に遺産を分割したりする際に利用された。

20世紀に入ると信託は別の意味を持ち始めた。資産と個人を法的に分けることにより、富裕層は急速な相続税増税から資産を守ることができた。

信託そのものには法人格はない。信託とは、財産を預ける委託者と、その財産を管理する受託者との法的関係のことをいう。

イメージへの傷

 今年上半期に世界中のメディアを賑わせたオフショア・リークス(租税回避地に資産を置く富裕層や企業情報などの暴露)では、信託会社やペーパーカンパニーの仕組みが判明しただけでなく、こうした組織に銀行、資産運用担当者、弁護士が緊密に関わっていたことが明らかになった。

 スイス信託会社協会(SATC)のアレクサンドル・フォン・ヘーレン会長は、スイスには規制が欠けているため、悪質な企業が倫理に反した活動を行っていると批判する。「信託機関が資産を隠す組織だと世間に思われていることは残念だ。信託機関と秘密性は全く別物なのだが」

 信託機関を傍観席から非難するのではなく、スイスはこの分野を両手を広げて受け入れた方がいいと、フォン・ヘーレン氏は考える。同様の意見なのは、中道右派のキリスト教民主党だ。同党は他の政党と共に、信託機関がスイスで何の問題もなく活動できるようにする法律制定を議会で求めている。

 しかし、政府は、そのような法律はスイスの金融部門に対する不信感と疑惑をさらに深めるとして否定的な立場を取っている。フォン・ヘーレン氏は言う。「信託機関の問題は、触れると火傷するテーマだと考えられているため、政府は手を付けたがらない。信託機関が単にどこかに移転すればいいと政府は考えているが、現実はそうはいかない」

(英語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)

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