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コロナ時代の貿易とは

Ngozi Okonjo-Iweala

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)により、国境が閉鎖され、国外渡航が制限される時代において、パンデミックから抜け出すカギは貿易にある。

新型コロナウイルスほど、多国間主義にとって差し迫った問題はかつてなかった。全人類が共通の敵に直面している。国境を守らず、条約、領土、関税、貿易ルートを完全に無視する病原体だ。そして、医療品や医療従事者を必要な場所に、必要な時すぐに、最も効率的な方法で届け、病原体と戦うためには多国間貿易システムが不可欠だ。

1 年前にパンデミックが始まった頃は、不可欠な医療機器の不足を恐れて、各国が保護主義の波を引き起こし、ウイルスと戦う世界の能力をそいできた。マスク、手袋、手術着などの基本的だが欠かすことのできない製品の需要が前例のないレベルにまで増え、場合によっては数千パーセントも増加した外部リンク国際貿易センターによると外部リンク、これに対し、約100の国と地域が、これらの物資を自国用に確保するため、輸出制限を課した。多くの国が必要以上に物資をため込んだ。

「多くの国が必要以上に物資をため込んだ」

その後、輸出制限を撤廃し、少なくとも一部の医療物資・製品については貿易を自由化した国もあるが、これらの製品の貿易やアクセスを阻害する制限はまだ存在する。世界貿易機関(WTO)の多くの加盟国が、輸出制限の通知、透明性、一時性を義務付ける規則を守らなかった。だが、通知は徐々に改善されている。病院用の設備についても同じことが繰り返された。さらに、サプライチェーンの混乱も制約要因の1つだった。その結果、摩擦のない貿易が経済的に必須なだけではなく、道徳的にも公衆衛生上も必須な時に、貿易が停滞したり減速したりした。

供給制限、保護主義、ワクチン・ナショナリズムもまた新興のワクチン市場の特徴だ。医療物資や医療機器の場合と同様に、自国の利益だけを意識して行動する国家は誰の利益にもならない行動を取る危険がある。結果として、新型コロナへの今後の対応とその後の世界に影響を及ぼすことになる。国際商工会議所が委託した最近の学術研究は、富裕国が今年の半ばまでにワクチンの接種を完了する一方で、ワクチンへのアクセスが限定される貧困国が締め出された場合、世界経済が被る損失は9兆ドル(約942兆円)を超え、ドイツと日本の国内総生産(GDP)を合わせた額よりも大きくなると推測する。そして、富裕国は損失の半分を負担することになるだろう。ただし、発展途上国が今年末までに人口の少なくとも半分にワクチンを接種することができれば、損失は大幅に減少するだろう。

私たちは輸出制限などの一連の行動を繰り返してはならない。そして、タイミングが重要だ。目下の新型コロナのパンデミックと戦い、将来のパンデミックに備え、世界経済の回復を刺激するためには、多国間貿易システムが基本であることを認識することから始まる。

第1に、医療品を完全に自給できる国は無いのだから、医療品の自由な流通を尽力することが不可欠だ。パンデミック下の保護主義的な行動は、(自国の経済状態を改善するために他国の経済状態を悪化させるような)近隣窮乏化政策へと変貌し、隣国だけではなく、保護主義的な国自体も傷つける。貿易障壁は、市場をゆがめ、供給の増加が必要な時に生産を減らしかねない不公平な競争の場を生み出す。他のモノと同様に、ワクチンも複数の国で製造される可能性のある機器や原材料の機能的なサプライチェーンに依存しており、技術移転やノウハウへの依存度はさらに高くなるかもしれない。アクセスの公平性と手の届く価格を国の貧富を問わず確保し、人命を救い、すべての人を守るためには、世界的な公衆衛生上の緊急事態における医療品の貿易管理に関する現行のWTO規則の柔軟性を最大限に活用すべきだ。さらに、医療品や医療サービスを最終受益者まで自由かつ迅速に流通させるためには、各国は関税を撤廃または一時停止し、規制の枠組みを合理化し、すべての貿易プロセスと手続きを迅速化しなければならない。

「WTOは将来のパンデミックに対して、単に対応するのではなく、計画を立て、準備しておく必要がある」

第2に、世界的な危機において、多国間貿易システムが円滑かつ柔軟に機能するためには、WTOがより積極的に推進役を果たすべきだ。世界保健機関(WHO)、新型コロナウイルスのワクチンを国際的に共同購入し、途上国にも公平に分配する国連主導の枠組み「COVAX(コバックス)ファシリティー」、国際金融機関などの関連国際機関と密接に連携して、パンデミックの解決策を提供すべきだ。ところが、これらの国際機関が個別に動き、努力の総和が連携した場合よりも少なくなることが非常に多い。

第3に、WTOは将来のパンデミックに対して、単に対応するのではなく、計画を立て、準備しておく必要がある。新型コロナのパンデミックで起きている検査、治療法、ワクチンの不足といった問題から学んだWTOは、これらの現実的な問題を解決するために加盟国を支援する準備ができているべきだ。ワクチンだけに注目が集まっているが、有望な新しい治療法や診断法にも注目しなければならない。「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」下にある既存の柔軟性を幅広く適用して、利用しやすさを確保し、アクセスと手の届く価格という課題を解決できるようにすべきだ。ワクチンについては、知的財産権の保護が唯一の制約ではない。知識の移転、関税の撤廃や一時停止、関係当局による規制手続きの合理化が無ければ、ワクチンに求められる迅速な展開はできないだろう。研究開発への継続的な投資を阻害することなくアクセスを可能にする「第3の道」を見つけることは可能であるし、見つけなければならない。大手ワクチンメーカーのインド血清研究所と英製薬大手のアストラゼネカおよびオックスフォード大学との合意は、十分な連携と協力があれば、発展途上国の後発医薬品(ジェネリック)メーカーが現行システムの中でこれらの製品にライセンスを与えることができることを示す模範例だ。

最後に、世界経済の回復は貿易に懸かっている。そのためには、変化が必要だ。しかも、早急に。多国間貿易システムは、まだ残っている制限や禁止というマントを脱ぎ捨てなければならない。多国間貿易システムに公平な競争の場を確保し、それによって加盟国間に信頼を取り戻すためには、改革・修復され、完全に機能するWTOを各国が支持すべきだ。

私の母国語であるイボ語には、こんなことわざがある。「Aka nni Kwo aka ekpe, aka ekepe akwo akanni wancha adi ocha(右手で左手を洗い、左手で右手を洗えば、両手がきれいになる)」

国境が閉鎖され、国外渡航が記憶にある限り最も制限されている状況では、一見矛盾しているように思われるかもしれないが、私たちが置かれている状況から抜け出す方法を見つけるのに貿易が役に立つ。私たちがこの危機を乗り切る道を示すためには、片方の手でもう片方の手を洗うように協力するより他に無い。

ワクチン普及に取り組む国際機関「Gaviワクチンアライアンス」の前理事長。世界保健機関(WHO)が主導する新型コロナウイルスの検査や診断、ワクチンの強化に向けた国際的枠組み「ACTアクセラレーター」の特使や、アフリカ連合のCOVID-19特使を歴任。ナイジェリアの財務相を2度、外相を短期間務めた。

この記事は2021年1月28日にウェブサイト「Think Global Health外部リンク」に掲載されたものです。

(英語からの翻訳・江藤真理)

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