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スイスの「クリプト・バレー」 市場の寒風、どこ吹く風

中央スイスの都市ツークは世界金融の最前線に立つ
スイスの仮想通貨系スタートアップ企業433社のほぼ半分が、ツークに本社を構える Keystone / Alessandro Della Bella

ちっぽけなツーク州は昔、パンを焼く修道女、ハーフティンバー様式の民家、オードリー・ヘプバーンが愛したキルシュトルテで知られる素朴な土地だった。

ツーク州はその後、低税率のパラダイス、そして法人拠点を引きつける磁石になった。スイスの資源大手グレンコアを始め、不釣り合いなほど巨大な企業も本拠地を構える。そして今では、小さい旧市街の中心部から緩やかに広がる地味なビジネスパークや低層のオフィスビルが、欧州の仮想通貨王国を形成する。

あるいは、地元の如才ない業者が好んでこう呼ぶ――「クリプト・バレー(暗号の谷)」と。スイスの投資コンソーシアム「クリプト・バレー・ベンチャー・キャピタル(CV VC)が最近発表した報告書外部リンクによると、国内の暗号資産スタートアップ企業は今や960社、従業員は5千人超。約半数の433社がツーク州に本社を構える。

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これらは今や誰もが知る事実だ。スイスを訪れる人の中には広告映像を見て、分散型台帳技術(DLT)がチョコレートと高級腕時計に次ぎスイスが世界に貢献する第3の産業と考える人もいるかもしれない。フィンテックの業界人は、チューリヒの超高級バーの常連になりつつある。チューリヒ・パラーデ広場(スイス屈指の金融街)のバンカーをしのぐほどだ。

だがブロックチェーン業界と同様、クリプト・バレーにも寒風が吹いている。米連邦準備制度理事会(FRB)の金利引き上げを受け、スイスの銀行最大手UBSは今週、「仮想通貨の冬」が迫っていると警告した。最近のビットコイン価格の下落は、お祭り騒ぎの終焉(しゅうえん)を示す最初の兆候だと同行のアナリストたちはみる。

長期的な計画

こうして静かなツークはグローバルファイナンスの最前線に立つことになった。スイスは少なくとも、暗号資産が長期的に存続すると考えているようだ。諸外国の政府が暗号資産ビジネスを抑制しようとする中で、スイス連邦政府は過去数カ月間、熱心にこのビジネスを促進してきた。政府は昨年2月、通称「ブロックチェーン法」を新たに導入。所有権やカストディ(保管管理)の証明といった暗号資産特有の問題に関して、裁判所がデジタル資産をどう扱うべきかを成文化した。

また、連邦金融市場監督機構(FINMA)も極めて積極的に、暗号資産という新たな世界に関わり、理解しようとしている。FINMAは国内の仮想通貨銀行2行(SEBAとSygnum)に銀行免許を与えた。FINMAの姿勢からは、スイスが仮想通貨を使ったフィンテックで先行者利益を得ようとしていることがうかがえる。

驚くことではないが、業界の有力者も仮想通貨にスイスの豊かな未来を見ている。Sygnumの共同創業者で最高経営責任者(CEO)のマティアス・イムバッハ氏は最近、オフィスを訪問した私にこう語った。多くの慎重な投資家が不安定さや熱狂と仮想通貨とを結び付けてきたが、中身のない泡に過ぎない。その下に真剣なビジネスの提案や投資機会が隠れている、と。

仮想通貨に対するスイスの関心、そして暗号資産業界がスイスに抱く熱狂を支えるのは、もちろん共通の価値観だ。例えば、テクノロジーの力への信頼、さらに重要なこととして、政治的・制度的自由を好む自由主義的な傾向だ。

誰も触れようとしない重要な問題

だが、誰も触れようとしない重要な問題がある。ここ数カ月で起きた仮想通貨の暴落よりも大きな問題かもしれない。そして、1年後に仮想通貨の価格がどうなっていようと、暗号資産業界がどれほど制度化されていようとも、スイスにはこの問題に対する長期的な対策がまだ無いようだ。

暗号資産の技術とビジネスは以前にも増して、世界的な不正資金の流れや犯罪行為の中心になってきている。以前取材したときの古い情報筋が最近、私に語ったところによると、欧米の情報機関は、暗号資産の技術によって不正な金融・政治活動が可能になっていることを非常に懸念している。

数週間前の極寒の朝、私はツークで1人の暗号資産マネージャーと会い、彼のオフィスでコーヒーを飲みながら話を聞いた。そこで、スイスが抱える問題について、拍子抜けするほど率直な評価を得ることができた。マネージャーはクリプト・バレーには確かに悪質なグループがいくつかある、と言った。そして恐らく、さらに悪いことに、現金と顧客に熱心な傍ら、主流の金融に対する規制に自分たちは縛られないと考える非常に認識の甘い起業家はもっと多いという。

マネージャーはさらに、暗号資産管理はコンプライアンス(法令順守)を嫌うファイナンシャルアドバイザー(FA)の行き着く先になっていると指摘した。近年不祥事が相次いだスイスのプライベート・バンクから追い出された人々だ。そして、クリプト・バレーの顧客の多くは、金融犯罪によるイメージダウンを恐れ、銀行の帳簿から「外された」政治的露出度の高い人たちのようだ、という。

それだけにツークでは、市場の支配的な景況が「冬」か「夏」かにかかわらず、暗号資産の輝かしい未来はスイス金融の不透明な過去の繰り返しになる危険性がありそうだ。

(英語からの翻訳・江藤真理)

Copyright The Financial Times Limited 2022

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