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「エシカルな金」を求めて

液体状の金を流し込む作業
溶かした金を長方形の鋳型に流し込む Vera Leysinger/SWI swissinfo.ch

国際的な金取引の中心地スイスには、世界の7大貴金属精錬所のうち4社が拠点を置く。収益性の高い業界だが、原料調達を通じた環境破壊や人権侵害への対応は不十分だ。世界大手メタロー(Metalor)の最高経営責任者(CEO)にこれらの問題への取り組みを聞いた。

メタローの精錬所は、スイス西部ヌーシャテル州のマランにある。波形の金属壁で囲まれた、灰色の巨大な格納庫を思わせる地味なたたずまいだ。だが、外の駐車場に並ぶ高級車の数々や入り口に設置された最先端の保安検査装置は敷地内の莫大な富の存在をうかがわせる。精錬室や研究室へ向かうには、精錬所の入り口で空港や刑務所のようなセキュリティー・チェックを受けなければならない。宝飾品と携帯電話のチェックやボディスキャン、所持品の検査がある。

アントワーヌ・ドモンモラン最高経営責任者(CEO)がまず、メタローの歴史を紹介してくれた。同社は1852年創業。現在は、貴金属溶解の高い技術を持つ田中貴金属工業(本社・東京)の子会社だ。不純物の混じった金や銀が、複雑な精錬工程を経て、純度99.999%まで高められた金地金(きんじがね)や、銀行や時計メーカー向けの金属リングになる。同社の精錬能力は年間800トンに及ぶ。

メタラー本社の外観
スイス西部ヌーシャテル州マランにあるメタロー・テクノロジーズ株式会社の本社 Vera Leysinger/SWI swissinfo.ch

swissinfo.ch:原料調達先の合法性はどのように確認していますか。

アントワーヌ・ドモンモラン:わが社には確固たる厳格なデュー・ディリジェンス(査定)体制があります。金のサプライヤーを出来るだけよく知り、原産地の合法性を確認しています。「KYC(顧客を知る)」と呼ばれる本人確認手続きが非常に重要です。鉱山と直接取引することで、原産地が申告どおりだと確認できます。

私たちは妥協しません。サプライヤーに少しでも疑問があれば、取引を中止します。

ブラジル・アマゾン産の金は取り扱っていません。ロシアとの取引も止めました。生産履歴を追跡できない場合は購入しません。一例として、ドバイ産の金は決して購入しないでしょう。小規模採掘の金を扱う仲介業者も、追跡できないので避けます。

また、ローザンヌ大学と共同で金の原産地を特定する独自のトレーサビリティー(生産履歴の追跡)ツールを開発しました。

さらに、わが社は毎年4団体の監査を受けています。ロンドン地金市場協会(LBMA)、責任あるジュエリー協議会(RJC)、ロンドン・プラチナ・パラジウム・マーケット(LPPM)、スイス当局によるものです。監査では原則として、最低30~40社のサプライヤーが選ばれ、必要書類が全て揃っているか検査されます。取引記録も確認されます。

swissinfo.ch:世界に取引のある鉱山はいくつありますか。取引先の労働条件や環境、人権に問題がないことをどのように確認していますか。

ドモンモラン:アフリカを中心に約20~25の鉱山と取引があります。全て金メジャー傘下の鉱山会社です。いずれも上場しているのでイメージが重要ですし、非常に厳格なポリシーをもっています。ですから、私たちは取引先を信頼し、緊密に連携しています。少なくとも年1回は取引先を訪問し、問題がないか話し合います。鉱山会社から金を調達する、わが社の全サプライヤーが環境と人権を尊重していると確信しています。

アントワーヌ・ドモンモラン最高経営責任者(CEO)
アントワーヌ・ドモンモラン最高経営責任者(CEO)はswissinfo.ch取材班に精錬所を案内した Vera Leysinger/SWI swissinfo.ch

wissinfo.ch:メタローは「人力小規模採掘(ASM)」(イ小欄参照)に関し、アフリカと南米から撤退しましたが、ペルーでは取引を再開しました。課題は何でしょうか。

ドモンモラン:大きな課題があります。わが社だけで、ASMのトレーサビリティーとサプライチェーン(供給網)を全て管理することはできません。NGO(非政府組織)か地元当局の支援が必要です。これが、ASMの状況改善という目標を達成する唯一の方法です。

メタローは2014年、サプライチェーンを管理しきれずアフリカから撤退しました。2019年に南米でASMを止めたのも同じ理由からです。わが社は現在、ペルーのスイス・ベター・ゴールド協会外部リンクと共同プロジェクトを行っています。NGOや地元の団体、地元当局との密な連携こそ今後の取り組み方だと考えています。

「人力小規模採掘(ASM)」には、貧困層の非正規の採掘人や認可された小規模な採掘団体など、さまざまな活動が含まれる。世界銀行によると、ASMに従事する労働者は世界に4千万人。そのうち1千万人はサハラ以南のアフリカにいる。国によっては、純粋に手作業で行われる零細な「職人による採掘」と、それよりは規模が大きくある程度機械化された「小規模採掘」を区別している。ASMでは、鉱石から金を抽出するために使われた水銀が引き起こす環境汚染や健康被害、森林破壊や人権・労働権の侵害が問題となっているため、ASMを制度化しようとする国もある。スイスは、ペルーやボリビア、コロンビア、ブラジルの零細・小規模鉱山で責任ある金採掘を促進する官民連携プログラム「スイス・ベター・ゴールド・イニシアチブ」を通して、このような取り組みを支援している。

swissinfo.ch:しかし、ペルーのプロジェクトは5月、鉱山の火災で死者27人を出しました。何が起きたのですか。プロジェクトの今後にどのような影響を及ぼすでしょうか。

ドモンモラン:悲劇的な事故でした。言葉で説明するのは難しいです。今大切なのは原因の解明を待つことです。事故の原因が判明すれば、それを教訓に、再発防止策を講じます。

swissinfo.ch:世界の他の地域でも零細・小規模採掘者との取引を考えていますか。そのようなビジネスケース(事業計画)はありますか。

ドモンモラン:そうですね。良いパートナーと優良なプロジェクトがあれば。

メタローに今、そのようなビジネスケースはありません。ASMから調達した原料は隔離し、別のロットで精錬する必要があります。そうすることで完全なトレーサビリティーを確保し、市場で「この金はこの特定の鉱山で採掘された」と言って販売できます。大変な作業です。毎回、溶炉を洗浄しなくてはなりません。最終的な買い手はプレミアム(割増金)を払う必要があります。その一部は鉱山の労働環境を改善するプロジェクトに還元されます。

プレミアム付きの金を喜んで買ってくれる人を見つけるのは容易ではありません。プレミアムに意味があると考える顧客でない限り、プレミアム付きの金は一般的に人気がありません。

1キロ当たりたった1千フランの話です。金1キロ当たりの価格5万~5万5千フラン(約820万~900万円)を考慮すれば、あと1千フランが何だというのでしょう?

金1グラム当たりのプレミアムが1フランなので、1キロでは1千フランです。その70%(700フラン)は鉱山に還元され、社会・環境プロジェクトへの支援に、15%は技術支援への投資に充てられます。決して大きい額ではありません。(金を使用する)時計メーカーはそのことに気づきはじめているようです。

多少の進展はありますが、ASM由来の金を売るためには毎日が挑戦です。この取り組みに関して、メタローに経済的な利益は全くありません。

swissinfo.ch:「スイス・ベター・ゴールド・イニシアチブ」(インフォボックス参照)をどうみていますか。成功、失敗、期待通りではなかった点を教えてください。

ドモンモラン:発想は素晴らしいです。スイス連邦経済省経済管轄局(SECO)の支援が受けられるのもいいですね。問題は、現地の実態を確認する手段と人材の不足です。例えば、ペルー・ヤナキウア鉱山の採掘人300人について、全てを監視し、問題ないと確認するには多くのリソースが必要です。

同鉱山は通常、年間1~1.5キロの金を生産します。約3年前にプロジェクトを開始した時、これらの金の買い手は見つかりませんでした。当時は全く関心を持たれませんでした。今では完売できます。買い手はスイスの金融大手UBSや高級ブランドです。

swissinfo.ch:「エシカル(倫理的)な金」への需要を高めるには、消費者はどのような役割を果たすべきでしょうか。

ドモンモラン:宝石店や時計店で販売員に尋ねてください。金の原産地を質問した人が何人いますか、と。誰もいないでしょう。消費者はこのような質問をすべきだと思います。消費者の果たすべき重要な役割です。

金は世界で最も需要の高い金属のひとつだ。何千年にもわたり宝飾品として広く使われてきたように、金は価値の蓄えであり、富の象徴だ。また、何世紀にもわたり、国の財政準備金の重要な一翼を担ってきた。金融市場で取引され、インフレへのヘッジ(防衛策)や経済制裁の回避策としても使われる。

金は消費者が思っている以上に身近な金属だ。結婚指輪だけでなく、スマートフォンやノートパソコン、コンピューターなど日常の電子機器にも使われている。医療、自動車、航空宇宙といった産業でも需要が高い。

swissinfo.ch:メタローのウェブサイトで、全ての提携鉱山を示した世界地図を見られるようになりますか。

ドモンモラン:そうなるでしょう。今の世界は透明性を重視します。私は金業界でも透明性を高めていく必要があると考えています。私ひとりの決断なら、世界中の提携鉱山を開示しても全く問題ありません。隠すことは何も無いからです。

問題は、リストアップされる鉱山がわが社の顧客という点です。いわゆる「企業秘密」ですね。金業界の競争は熾烈です。競合他社に鉱山の一覧を渡せば、その企業は嬉々として取引を横取りしようとするでしょう。

swissinfo.ch:メタローの将来をどう考えていますか。

ドモンモラン:金と銀については、マージン(利ざや)が非常に小さいため、経済的にとても厳しい状況です。ですから、戦略としては「PGM」と呼ばれるプラチナ(白金)族の金属にシフトします。この分野では、マージンがより大きく、付加価値の高い製品を提供していきます。わが社は製薬産業に(水素化に用いる)パラジウム触媒を提供しています。さまざまな種類の触媒を開発しています。田中貴金属工業の強みは水素燃料電池です。今は日本で生産していますが、スイスにおける欧州市場向けの水素燃料電池の開発を検討しています。これがメタローの今後の目玉事業です。

英語からの翻訳:江藤真理

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