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サイトを丸ごとダウンロード スイス製ソフトが検閲下のロシアで利用爆発

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ウクライナ戦争が始まって以来、多くのロシアのネットユーザーがスイスのソフトウェア「キウィックス(Kiwix)」を使ってウィキペディア全文をダウンロードしている。今後、ウィキペディアの閲覧が禁止される可能性があるためだ © Keystone / Christian Beutler

スイスの「キウィックス(Kiwix)」は、ウェブサイト全体をダウンロードしてオフラインで閲覧可能にするソフトウェアだ。ウクライナ戦争に関するページを巡ってロシアから警告を受けたウィキペディアが、キウィックスを介して記録的な量でダウンロードされている。

参加型のインターネット百科事典ウィキペディアは、ロシアでまだ停止されずにウクライナ戦争のコンテンツを提供する数少ない情報源の1つだ。だが今、ロシア大統領府の標的になっている。同国の連邦通信情報技術マスコミ監督庁(ロスコムナゾール)は、同サイトの「ロシアのウクライナ侵攻」に関するページは政府が公式に認める「特別軍事作戦」以外の呼称を使っており違法だと批判している。

同監督庁は4月5日、ウィキペディアに対し「間違った情報を含むコンテンツ」の削除を再要請し、応じない場合には最高400万ルーブル(約600万円)の罰金を科すと警告した。現時点でウィキペディアは命令に一切応じていない。だが、ツイッターやフェイスブック、インスタグラムのようにいずれはアクセスが遮断されるのではと危惧する声も多い。

ダウンロード数は50倍

こうした情報戦が繰り広げられる中、キウィックスの利用が爆発的に伸びている。ウェブサイト全体をコピーして圧縮し、パソコンやスマートフォン、USBメモリなどに保存してオフラインで閲覧を可能にするこの無料ソフトは、これまでにいくつものイノベーション賞を受賞した。教育目的に特化し約8千件のサイトをライブラリにまとめて提供する。その中で最も需要が高いのがウィキペディアだ。

ローザンヌに拠点を置くキウィックスのステファン・コワレ・マティヨン社長は、ロシア当局の警告を受けて「ロシア語版ウィキペディアにサイト停止の可能性を告げる警告と、代替手段としてキウィックスを紹介するバナーが掲載され、一夜にして爆発的にダウンロード数が増えた」と話す。

Le directeur de Kiwix, Stephane Coillet-Matillon.
キウィックスのステファン・コワレ・マティヨン社長 Kiwix

ウクライナ戦争が始まって以来、キウィックスを経由したダウンロードは全体で3倍に増え、年初はわずか2%だったロシアからのアクセスが今では約40%を占める。ロシア語版ウィキペディアのダウンロード数は50倍になり、「まさにパラダイムシフト」だという。

キウィックスの飛躍

キウィックスの始まりは07年。当時は、今もキウィックスチームの一員である情報処理技術者のルノー・ゴーダン氏とエマニュエル・エンゲルハート氏による、1つのサイドプロジェクトに過ぎなかった。転機は16年、当時ウィキメディアのスイス支部長だったコワレ・マティヨン氏に金銭支援を求めた時だ。マティヨン氏はこの時すでに年間ダウンロード数が100万回を超えるソフトのポテンシャルを見逃さなかった。「もはや片手間にやるような小さなプロジェクトで終わらせるわけにはいかないと思った」と振り返る。

それから1年も経たないうちに、さらなる飛躍を目指してキウィックス協会が設立された。コワレ・マティヨン氏がトップに就任し、ウィキメディアとの強いつながりを維持した。親会社である米国のウィキメディア財団が協会の年間予算の約4割を出資し、ガバナンスに関する助言も行っている。

「こうしてキウィックスはフルタイムの仕事になり、自分たちで資金を調達しデベロッパーの募集を始めた」(コワレ・マティヨン氏)。現在、フルタイムで働く従業員は5人未満だが、世界中のボランティアデベロッパー100~200人が常時運営に参加している。

17年に100万人だったユーザー数は、今では南極を含む200カ国で約600万人に広がった。「しかもこれは見える人だけをカウントしたもの。多くの人はオフラインで利用するため、サーバー上で把握できない」(コワレ・マティヨン氏)。今後5年以内にユーザー数1億人の獲得を目指しているという。

utilisation de Kiwix en Equateur
キウィックスの当初の目的は、ネット環境のない世界の遠隔地で教育へのアクセスを支援することだった Kiwix

北朝鮮の検閲回避にも

通常はキウィックスへのアクセスの約8割は開発途上国からだ。ネット環境が整わない遠隔地で教育アクセスをサポートすることがソフト開発の当初の目的だった。キウィックスによると、世界では約40億人がインターネットに接続する手段がない。

キウィックスは国家によるプロパガンダから免れるためにも利用されているという。その分かりやすい例が北朝鮮だ。反体制派はキウィックスを使って外界の暮らしぶりを映すコンテンツをダウンロードし、それを保存したUSBメモリを街頭で「紛失」している。

先進的で接続環境が整っていながら、インターネットのアクセスが制限されている国でもキウィックスは利用されている。17~20年にトルコでウィキペディアが禁止された際にもダウンロード数が増加した。ウクライナ戦争前もロシアやイラン、特に中国で利用されており、昨年ダウンロード数が最も多かった国は中国(全体の約2割)だった。

「活動家」にはならない

だがコワレ・マティヨン氏によると、この数週間ほどのアクセスの多さは前例がない。それは良いことばかりではない。「私たちの役割はモスクワに正面から対峙することではない。情報への自由なアクセスが私たちの使命。そのために闘うのが私たちなりの『活動』だ」と話す。

キウィックスが拠点を置くスイスの中立性は同社のイメージアップにプラスだ。キウィックスは使用を奨励・推進されるべきなのか?コワレ・マティヨン氏は、「もし私たちが反検閲団体として振る舞うようになれば、キウィックスに出資する財団に政治的リスクが生じる」と答える。

同社が決断を迫られるのもこの点だ。当初はウクライナ戦争に関するロシア語記事集のダウンロードサービスを検討していたが、「それでは明らかに『活動家』だと判断されかねない」と判断し、企画を断念した。その代わりに、軍事医療を中心に医療関連資料をまとめ、3月にウクライナ版グーグルでプロモーションを行った。プロモーションをするのはこれが初めてだった。

コワレ・マティヨン氏はキウィックスが抱えるリスクはそう大きくないとみる。技術的には、特定の国がキウィックスの機能を制限することも「完全に不可能ではない」が、非常に難しいと考えている。サーバーは世界中に散らばっており、複数の国に約20のミラーサイトがある。

キウィックスがサイバー攻撃などのターゲットになる可能性も否定する。「私たちは『獲物』ではない。教育を支援するソフトウェアであり、私たちには使命がある。それを遂行するだけだ。世界の救世主になろうとは思っていない」

(仏語からの翻訳・由比かおり)

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