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IV アルプス -3-

グリンデルヴァルトとアイガーを描いた当時の絵葉書

(swissinfo.ch)

グリンデルヴァルト

 私はベルンを後にしてグリンデルヴァルトへ向った。スイスのアルプス登山に二つの中心地がある。その一つがグリンデルヴァルトであり、他の一つはツェルマットである。グリンデルヴァルトを選んだのは、前にも言ったウェストン師の勧めによったものである。ベルンからは電車で三時間位の距離であるが、トゥン湖を過ぎ、インターラーケンで乗り換えると電車は谷間いを登る。唐檜の森の間に、切り立って立つ崖の褶曲が美しい。アルプスは地殻の隆起によってできたものであるが、幾億年の昔、海底にできた岩石の層が美しい曲線を描いて目前に現れているのが珍しく思われた。電車がツワイルッチネンの小駅を過ぎる。この駅で線路は二股になって真直ぐに進むと、ラウターブルンネンタールに入る。この渓谷は氷河によって抉られた見事なU字形渓谷である。他の一線が左折してグリンデルヴァルトの谷を登る。狭い谷が急に開けて、右方、眼前にアイガーが急峻な北壁を晒して立つ。
 グリンデルヴァルトの駅には、予め連絡しておいた宿アドラーの主人ボス老人が出迎えてくれ、馬車に乗ってゆるい坂道を村はずれの宿に着いた。カスタニヤの茂る庭をもった小じんまりしたシャレー風の建物である。主人は、二階の端の独り室に案内し、ストーブのターフに火を入れてくれた。スイスは石炭を産しないので、この頃は家庭でも宿屋でもみなこのターフを焚いていた。
 十一月ともなれば観光客もない季節で、村にある二、三の大きなホテルはクリスマスまで戸を下ろして休業している。ボス氏は肥満した巨大漢で絵で見るビスマークのようであった。夫人も肥った人で、実に親切な人々であった。私はアイガーの全容の見える室が気に入って宿のたったひとりの客人として気楽な日々を迎えることになった。私にとって、アルプスの懐に入って眺める峰々や氷河の姿はただ驚異であった。それまでは書物や写真を通してしか知らなかったものが目の当りに現実となったのである。
 今日わが国では雪線以上の高山についての知識や経験は豊富になっているが、五十年前はそうでなかった。急峻な岩稜や岩壁と、氷河に囲まれている山々は、私にとって全くの未知の世界であった。それは一見して容易な相手でないことを知って、私は初歩から技術を学び、山に適応する訓練をしようと考えた。

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