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ボディガードがもっとも必要なスイス人

「ICTYの仕事を通じて戦争の恐ろしさを学んだ」とデル・ポンテ氏

旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所 ( ICTY ) で主任検察官を務めるスイス人、カルラ・デル・ポンテ氏がその経験について語る。

このコンテンツは 2007/12/12 13:58

デル・ポンテ氏は今年末で国連のこのポストを退官し、アルゼンチンのスイス大使に就任する。

ティチーノ州の主任検察官時代に組織的犯罪、マネーロンダリング(資金洗浄 )などで妥協のない犯罪捜査を行ったデル・ポンテ氏は、「ボディガードがもっとも必要なスイス人」と言われる。その後1999年にICTY の主任検察官に就任し、旧ユーゴの元大統領スロボダン・ミロシェビッチを拘禁したことで、一躍有名になった。

swissinfo : ICTY 主任検察官を退官されるに当たっての感想はいかがですか?

デル・ポンテ : 職務を変える準備ができています。8年以上主任検察官をやってきましたから、今は新しいチャレンジを求めています。

swissinfo : 旧ユーゴで起こった重大な国際犯罪を起訴するICTYで行われた仕事の結果を、どう自己評価されますか?

デル・ポンテ : 同僚と私は膨大な仕事を成し遂げたと思います。63人が起訴され91人が告訴され拘留されました。最終的に44人に対し、裁判が開かれ判決が下りました。ほかの仕事としては、スレブレニッツァ ( Srebrenica ) でジェノサイド ( 集団殺害 ) が行われたこと、旧ユーゴではレイプは恐怖を与える手段として使われたこと、サラエボで市民に対して行われた犯罪はもっとも重い刑になることなどを証明しました。

また、現職の政府の要人たち、総理大臣、軍部のトップ、高位の政治家などを起訴しました。我々の仕事のお陰で、戦争犯罪が起訴されることはもはや疑いようのない事実となったのです。

ICTYはまた、何千人もの戦争犯罪の犠牲者に正当性を与え、彼らの声に耳を傾けたのです。3500人の犠牲者が証言台に立ちました。ICTYは絶えず旧ユーゴの司法関係者を勇気付け、地方の司法関係者と一緒に仕事を続けるよう勧告しました。こうして、セルビアなど旧ユーゴの国々で司法改正が行われたのです。

国際法の発展と、ルワンダ、シオラレオネ、カンボジアなどを含むほかの国際刑事裁判所の設置にも貢献しました。

swissinfo : あなたの一番の勝利は、旧ユーゴの元大統領スロボダン・ミロシェビッチを拘禁したことでしたが、ボスニアのリーダー、ラドバン・カラジッチ被告や軍のトップ、ラトコ・ムラディッチ被告はまだ捕まっていません。これについてどう思われますか?

デル・ポンテ : 彼らが捕まるだろうという希望は今でも持っています。

swissinfo : なぜこの2人の被告人を捕まえられなかったのでしょうか?

デル・ポンテ : まず第1に、ICTYは被告人を捕まえる警察権を持った機関ではないということです。カラジッチ被告とムラディッチ被告が捕まらないのは、戦争終了後すぐに彼らを捕まえなかった国際社会の失敗が大きい。またセルビア政府もミロシェビッチを捕まえた後ただちに同じことを行わなかったからです。

2007年は、戦後12年、またミロシェビッチが政権を失ってから6年たった年です。しかも、スレブレニッツァでのジェノサイドを防止できなかったのはセルビアの責任だという国際司法裁判所 ( ICJ ) の判定が下されて9カ月もたって、今やっとセルビアにムラディッチを捕まえようという政治的意志が動いているのです。

swissinfo : 欧州連合 ( EU ) やアメリカから十分な支援を受けたと思われますか?

デル・ポンテ : 長年異なるレベルのさまざまな援助を受けました。国際社会の援助なくしては、我々の任務は遂行できなかったと思います。

swissinfo : あなたの日々の仕事は、大虐殺、戦犯などに関わりますが、人間に対する見方が変わるということがありましたか?

デル・ポンテ : 戦争の恐ろしさを学びました。しかし、人間に対する私の考えは変わりません。世界で起こっていることをみれば、人間はどこでも例外なく、恐ろしい暴力を行使することができるものだということが分かります。だからこそ、国と国際レベルで十分機能する司法機関を持つことが大切なのです。

swissinfo : 「自分は外交官にはなり得ない」とこの夏、ブリュセルで言われたあなたが、アルゼンチンのスイス大使になるのは矛盾ではないでしょうか?

デル・ポンテ : 矛盾とは思いません。検査官であった私は、外交官ではなかったというだけのことです。次は外交官としてベストを尽くします。

swissinfo、聞き手 ガビ・オクセンバイン 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 訳

補足情報

<カルラ・デル・ポンテ氏略歴>
1947年、スイスのイタリア語圏ビニャスコ ( Bignasco ) に生まれる。ベルン、ジュネーブ及びイギリスで国際法を学ぶ。

1981年、ティチーノ州の主任検察官に就任。組織的犯罪、マネーロンダリング(資金洗浄 )などでの、妥協のない犯罪捜査で有名になる。

1994~1999年、連邦検察長官として活躍。

1999年、前国連事務総長コフィ・アナン氏によって、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所 ( ICTY ) の主任検察官に任命される。2007年末にこの任務を降り、2008年1月からアルゼンチンのスイス大使に就任予定。

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旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所 ( ICTY )

1993年5月、国連安全保障委員会によって、オランダのハーグに設置され、1994年12月に開廷した。
1991年から旧ユーゴで起こった重大な国際犯罪を起訴することを目的とする。
2002年2月に開始した法廷では、旧ユーゴの元大統領スロボダン・ミロシェビッチを告訴した。
ボスニア・セルビアのリーダー、ラドバン・カラジッチ被告やラトコ・ムラディッチ被告などを含む何人かの戦犯が起訴されている。

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