スイスのスパイ疑惑でまたも文書隠ぺい問題が浮上

軍の核シェルターで保管された文書、消えたり現れたりする書類――スイスの暗号化企業が米独の諜報活動に関わっていた過去が発覚したのを受け、スイスでは公文書の保管が民主主義にとっていかに重要か、再び議論になっている。
クリプトリークスを受けて連邦政府内で始まった調査のなかで、スイスの情報機関が暗号機メーカー・クリプト社の活動に関連する文書を発見した。見つけたのはスイス軍の管理する核シェルターの中だ。
クリプトリークスの概要
スイス中央部ツークに本社のあった暗号機メーカー、クリプト(2018年に解散)はイラン、インド、パキスタン、南米、日本などに暗号製造機器を販売していた。暗号化技術は米中央情報局(CIA)や独連邦情報局(BND)が解読できるように細工されていた、と米ワシントンポスト紙やスイス公共放送(SRF)、ドイツ公共放送(ZDF)が今月報じた。
見つかった文書で、カスパー・フィリガー元国防相は米独のスパイ活動の存在を知っていたことが確定したと報じられている。フィリガー氏はすぐに否定したが、文書が発見されたことはいくつかの疑問点を投げかけている。なぜ文書は軍の核シェルターにあったのか?そこにしまったのは誰なのか?そして、法律の義務付け通りに連邦公文書館外部リンクになかったのはなぜなのか?
今月11日にスパイ疑惑が暴露された後まもなく、クリプトに関連する文書が連邦公文書館に収蔵されたはずだが見つからなかった、という噂が広がっていた。
関係書類が発見されたのはその後だった。連邦公文書館によると、文書はある連邦官庁が借り出した後2014年に返却されたが、誤って別の場所に戻してしまった。文書はまだ一般公開されていない。
常習犯
スイス政府は「文書紛失」の常習犯だ。02年にはアパルトヘイト時代にスイス・南アフリカ両国の情報機関が築いていた関係について国防省が調査。報告書でスイス連邦情報機関(NDB)が多くの書面記録を定期的に破棄していたと批判した。
国防省は、文書が破棄されたのは連邦政府内で公文書の保管に関する議論が高まっていた1999~2000年だった可能性が「極めて高い」とも結論付けた。報告書で名指しで批判された連邦情報機関のペーター・レグリ元局長は、軍の諜報機関では古い文書を破棄するが当たり前の慣行だったとswissinfo.chに語った。
また冷戦時のスイス軍秘密組織「P26」に関する文書を国防省が紛失した問題で、連邦議会の調査委員会は昨年1月、文書の存在は特定できなかったと結論付けた。中立であるはずのスイスが、北大西洋条約機構(NATO)や外国のスパイ機関と秘密裏に接近していた事実を隠すために文書を破棄または隠ぺいしたとの批判が起こった。
監査権限の強化を
スイスの公文書管理には総じて問題が多いのか?歴史家でスイス歴史協会会長のサシャ・ザラ氏はこれを否定するが、いくつかの問題点を指摘する。
「これまでの経験から、軍や検察庁、情報機関など連邦の治安機関は、自分たちには公文書管理法を無視する権限があると考えていることが分かる」(ザラ氏)
このため、P26文書問題の発覚後、スイス歴史協会は連邦公文書館や研究者の権利を強化するよう求めている。
ザラ氏は「連邦公文書館は連邦監査事務所と同じくらい、つまり監査を実行するための権限が必要だ」と話す。「また諮問を受けた研究者の権利を守るために、調停機関を設置するべきだ」
連邦公文書管理法
1998年に施行されたスイス連邦公文書管理法外部リンクは、連邦政府・議会や連邦官庁の作成した文書の保管と保管文書の閲覧について定めている。各機関は不要になった全ての文書を首都ベルンにある連邦公文書館に収蔵することが義務付けられている。関係ファイルは最後に文書が追加された日から10年以内に公文書館に収めなければならない。
収蔵から30年は非公開だが、その後は一般人が無料で閲覧できる。ただし文書が「機密にすべき個人を特定する情報」を含む場合は、本人の同意が無い限り非公開期間は50年になる。
さらに政府は、「特定のカテゴリに属する保管文書について、第三者による閲覧を禁止する最重要かつ正当な公的または私的利益がある」場合、非公開期間を一定の間延長できる。
(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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