国会の小さな赤、マティアス・レイナール議員
マティアス・レイナール氏、24歳。スイス連邦議会(国会)の最年少議員。中学校の先生でもあり、出身地ヴァレー/ヴァリス州を心から愛し、「人は、自分の生まれ故郷とその文化を深く理解してこそ精神を外に向けることができる」と語る。
レイナール議員は、中道左派の社会民主党(SP/PS)に属するが「右派の意見にも耳を傾け徹底した議論を尽くした上でのコンセンサスを大切にする」という信念を貫く点で、非常にスイス的だ。
ユネスコの世界文化遺産に指定されたスイスの首都、ベルン。そびえる国会議事堂前の広場で、普通に朝市がたつという、政治が身近に感じられるお国柄だ。また最近、国民投票の投票率自体は低いものの、インターネット上で意見を交わすなど若者の政治参加が目立ってきている。
実際に政治の場で活躍するレイナール議員に、国会議事堂広場横の喫茶店で会い、政治参加する若者の代表の1人としての意見を聞いた。
「議員になってもう6カ月がたつというのに、毎回ヴァレー州からここに来ると、ある種の感動に包まれる」と言う。昨年10月23日の総選挙で、ヴァレー州の社会民主党議員リストから、突如国会議員に選ばれた。さらに、それに続く昨年11月の冬季国会開催の初日には、最年少ということで開会演説を任された。
今年3月の春の会期では、医学部学生の納税義務免除に関する委員会の報告者に選ばれた。「教育にすべての国民がアクセスできること。労働者を擁護すること。この2点が僕の政治家としての課題だ」
コンセンサスが最も大切
建設・産業界の労働組合ユニア(UNIA)に15歳のころから関わり始めたレイナール議員は、社会民主党の中でも左寄りだ。「僕はいつも、普通のサラリーマンや労働者の立場を擁護したいと思っている。そもそも社会民主党は中産階級より上の階級の経済・社会的な問題を解決する党であってはならないのだ」
ところで、今年3月11日の国民投票で別荘を自治体の全戸数の2割以下に抑える法案「無制限の別荘建設に終わりを」がわずかな差で可決された。これはスキー場など観光のハイシーズンだけ人で溢れ、残りの時期は静まり返る地域をこれ以上増やさないため、またエコロジー的観点からも過剰な土地開発にストップをかけるものだ。
ところが、レイナール議員の故郷ヴァレー州はまさにこうした観光地。この法案が承認されれば経済的に打撃を受ける地域だった。こうした中、エコロジーを支持する社会民主党内で、当時この法案に反対意見を述べることは微妙だった。「しかし、僕を支持し選出してくれた人々に反対するわけにはいかない。故郷には、少規模だが建設業界の関連企業がたくさんある。僕の両親もそうした所で働いている。こうした人に、行き過ぎた過去の開発責任を今負わせるのには反対だった」
レイナール議員は国会に入ってから、プレッシャーは党からだけではなく、例えば健康保険法改正案などで保険会社からなど、さまざまなところから受けると実感した。だが、こうした圧力に負けず、自分の意見は主張していくというのがレイナール議員の考え方だ。「国会内の委員会でもまったく動じることがない。なぜなら僕は、異なる意見は大いに結構で、それぞれが自分の意見を出す。そして、その上でのコンセンサスが最も大切だと思っているからだ。問題なのは、(議員の多数がドイツ語圏出身の中でフランス語圏出身の)僕のドイツ語がまだまだ十分でないことぐらいだ」
生まれ故郷とその文化を深く理解
中学校で7割(週の40労働時間中28時間)教え、同時に高等教育専門学校(HEP)の授業も受け、さらに政治活動も行う。だが、この二つのメインの活動以外に、ヴァレー州のサッカーやホッケーチームの熱烈なファンであり、出身地サヴィエーズ(Savièse)の合奏団のトランペット奏者でもある。「ヴァレー州とその伝統に強い愛着を感じている。地元の祭りに参加するのが大好きだ」
サヴィエーズの方言を擁護するレイナール議員は、地元を守り育んでいくという点においては保守的だとはっきり言う。「人は、自分の生まれ故郷とその文化を深く理解してこそ精神を外に向けることができる。だからといって、右派の国民党(SVP/UDC)の手に自分の故郷を委ねるわけにはいかない」とも言う。
実は、政治の道に入ったのは、国民党の友人が進めてくれたからだ。「だが、自分の価値観は彼のものとは全く違うと、後でよく分かった」
メディアはしばしば、同じサヴィエーズ出身で同じく教師の国民党のオスカー・フライジンガー議員とレイナール議員を比較する。「僕は、彼の意見を論理に裏打ちされた方法で打ち負かすように努力している。確かに、ベルンに向かう電車の中でばったり出会うこともある。しかし、政治の話を避ける限り、我々は非常に紳士的な関係だ」
サヴィエーズの「小さな赤」
レイナール議員にも、スーツを身に着けるけることがたまにあるという。「しかし、ネクタイは絶対にしないし、眉のピアスを取ることは考えられない」。レイナール議員には、どこか革命家的な反抗心が潜んでいる。そこで周囲の人は、彼を親愛の情を込めて「サヴィエーズの小さな赤」と呼ぶ。
「そう呼ばれるのも当然。なぜなら僕は今のスイスのシステムを問題だと思っているからだ。搾取される側が昔とは大きく変わったにもかかわらず、搾取する側からの関係は全く変わっていない。それは南北問題の中だけではなく、スイスという一つの国の中でも見られる」
レイナール議員に、政治家として誰が理想の人物かと聞くと、躊躇(ちゅうちょ)せず「ボリビアのエボ・モラレス大統領だ。南米へ旅行した2006年に、幸運にも出会う機会に恵まれた」との答えが返ってきた。
こんなレイナール議員の政治的な次の挑戦は、最低賃金を保障する二つのイニシアチブ提案だ。「これが、国民投票で承認される見込みは非常に低い。しかし、この主張を今行うことは、もっと後での勝利に繋がる」
このイニチアチブのすみやかな成功が難しいように、4年後の総選挙で再び議員に選出される見込みも「正直な所」、あまり大きくはないとコメントするレイナール議員。そしてこう語る。「いずれにせよ、友人や家族、教師としての仕事がまずは自分にとって一番大切だ。政治のためにすべてを犠牲にすることは考えられない」
1989年、ヴァレー/ヴァリス州のシオン(Sion)のごく普通の家庭に生まれる。
2003年、ヴァレー州社会民主党(SP/PS)青年部に参加。
2009年、ヴァレー州議会の議員に選出される。ヴァレー州での主な政治的課題は以下の通り。スイスポスト(SwissPost)の支援、労働者の労働環境改善、ヴァレー州の経済発展、エコロジー、若者の失業問題、学生の奨学金、方言の保護。
2011年10月、スイス連邦議会の国民議会(下院)議員に選出される。地元サヴィエーズ(Savièse)では、最も知られた国民党のオスカー・フライジンガー議員を500票上回る、2175票で当選した。
連邦議会内では、科学、文化、教育の委員会に所属している。
ローザンヌ大学の文学部の修士号を取得。現在サヴィエーズの中学校で教えている。
連邦議会議員の選挙は4年ごとに行われる。
スイスの選挙システムは比例代表制に基礎を置く。
連邦議会は200議席の国民議会(下院)と州を代表する46議席の全州議会(上院)から成る。
現在、内閣の7人の閣僚は以下の五つの政党から選出されている。急進民主党(FDP/PLR)と社会民主党(SP/PS)からそれぞれ2人。国民党(SVP/UDC)、キリスト教民主党(CVP/PDC)、市民民主党(BDP/PBD)からそれぞれ1人。
(仏語からの翻訳・編集 里信邦子)
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