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スイスの武器 紛争当事国で使われているのはなぜ?

スイスの武器輸出
スイスでは武器輸出が議論の的になっている Keystone

最近の複数の報道で、スイス製の武器が紛争当事国のイエメンやサウジアラビアで使われていたケースが判明した。人道主義の伝統と人権の尊重を重んじる中立国スイスの武器が、なぜそれらの国に渡っているのか。

連邦経済省によると、スイス企業は2018年、政府が承認した5億1千万フラン(561億円)相当の軍需品を計64カ国に輸出した。輸出全体のわずか0.17%だが、軍需産業はスイスでは伝統的に需要な部門だ。スイスは欧州連合(EU)やNATO加盟国ではないが、健康な成人男性全員に兵役義務を課す。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、スイスは2018年、主要な通常兵器の輸出において世界13位にランクインした。

どんな規制がある?

スイスの武器輸出は、軍需品法(WMA)、これに関連する軍需品法令(WMO)によって規制されている。軍需品法の主な目的は「スイスの国際的義務の履行、外交政策原則の尊重」、「国防要件に即したスイスの産業の維持」が含まれる。これは、デリケートで物議をかもす事柄を両天秤にかけた内容だ。

WMOは、企業に対し、いかなる戦争資材の輸出も連邦経済省経済管轄局(SECO)から発行されたライセンスが必要と定める。ライセンスの申請は、場合に応じて外務省など他の省庁によって審査される。外務省はこれに対し「スイスが国際的な義務を果たしているか、また外交政策の原則や国際法にのっとっているかを確実にするため」と説明する。省庁間で意見の相違が生じた場合、SECOは最終決定権を持つスイス連邦政府に報告する。

WMO第5条が規定する、輸出ライセンスが発行されるべきではない場合は次の通り。▽相手国が国内・国際的な武力紛争に関与している▽「体系的かつ深刻な方法」で人権侵害が行われている▽輸出された武器が民間人に対して使用されるリスクがある▽「輸出された武器が望ましくない相手に渡るリスクが高い」

はっきりしない部分

ところが連邦内閣は2014年後半、人権侵害にかかる規制を緩和し、「輸出された戦争資材が深刻な人権侵害のために使われるというリスクが低いと判断されれば、許可が下りることもある」とした。第5条の解釈も、議論の対象となっている。

SECOは、武器製造企業の現地監査、国外購入者の検査(出荷後の検証)を実施する権限を持つ。しかし、連邦監査事務所(FAO)は2016年時調査で、武器の輸出規制は乱用されやすく、軍需品の輸出申請はほぼすべて許可されたと指摘した。

この調査報告書は報道機関によって事前検閲されていないものが暴露された。その報告書には、戦車がカタールに輸入されたケースのほか、ピストル部品が米国を経由してサウジアラビアに渡った事例などが含まれていた。民間人使用のためと主張すれば、武器製造企業が厳しい規制を回避できる現状も浮き彫りになった。

スイスの武器の輸出先は?

SECOによると、2018年のスイス製武器の輸出相手国の上位3カ国は、ドイツ、デンマーク、米国だった。輸出認可済みの武器はパキスタン、イスラエルのほか、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などイエメン内戦に関与する中東諸国にも渡っている。国内・国際紛争の当事国にスイスの武器が以前にも増して輸出されているという懸念は確かに存在する。また、本来は禁止されているはずのシリア、リビア、イエメンなどの国にスイスの武器が渡っているという報告もある。

スイスにとって、中東の重要なパートナー国であるサウジアラビアは特に問題視されている。 2015年にイエメン内戦に介入するため、サウジアラビアなどが9カ国連合を立ち上げた際、スイスは同国への武器輸出を停止した。だが2016年、サウジアラビアがまだ同内戦に関与していたにもかかわらず、停止措置が一部解除された。スイス当局は対空システムの代替部品については例外措置を設け、サウジアラビアは1980年以降、それらの部品をスイスから調達している。昨年、サウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏が殺害された事件を受け、スイスは再び一時輸出禁止措置を講じたが、それも7月には解除した。

ドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーは、サウジアラビアが2019年9月、イエメンの反政府組織フーシ派のドローンによる油田攻撃を防ぐため、スイスの対空砲を使用したと報じた。ただこれに関しては、イエメンではなくサウジアラビアの領土で武器が使用されたため、合法だという意見もある。

世間の圧力

SECOによると、スイスの武器輸出は、2011年のピーク時(8億7370万フラン)を境に減少している。企業は、厳格な規制のため欧州諸国よりも不利な立場に置かれているとして、規制緩和を求め政界に働きかけを行っている。連邦政府は2018年、紛争国への武器輸出規制を緩和する方針を決めたが、中道左派政党と市民社会がこれに強く反発。政府はその後、方針を撤回した。

また市民運動家らが最近、武器輸出の規則強化を求めるイニシアチブ(国民発議)を立ち上げ、必要な署名を集めて国民投票に持ち込んだ。武器輸出に適正な規制を設け、それを憲法でも保障するという内容だ。議会・政府での審議や対案提出などにかかる時間を考慮すると、国民投票は2021年以降となりそうだ。

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