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WHOの新構想 グローバル健康危機への対応を迅速化

2020年は新型コロナウイルスの影響に特徴づけられた年だった。ウイルスは中国で始まり、恐ろしい勢いでグローバル化した世界中に広がった。2021年にはワクチンに期待が集まるが、今回および今後のパンデミックに対応する助けとなる研究と、利益の国際的な共有ルールは存在していない Copyright 2020 The Associated Press. All Rights Reserved.

ジュネーブに拠点を置く世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルスとの戦いのため、科学的な研究検体を共有する新構想を開始する計画だ。その仕組みと、乗り越えなければならない障害について説明する。

このコンテンツは 2021/01/13 08:30

「ウイルスは、配列の解析・分類能力に限界がある国で出現することがある」と話すのは、WHOのグローバル感染危険準備部門Global Infectious Hazards Preparedness Departmentのシルヴィ・ブリアン部長だ。「そのような国が、最新技術と研究能力を有する国へウイルスを送ることができれば、研究のスピードが上がるため、世界にとってプラスとなる」

例えば、病気を引き起こす感染性の生物因子である病原体に対するワクチンの開発スピードも上がるかもしれない。

新しい共有構想は11月に初めて発表された。WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は、「病原体物質と臨床検体を共有する世界規模で合意されたシステムがあれば、世界的な公共財としての医療的対抗手段の開発を迅速化できるだろう」と言う。

テドロス事務局長は、これが「新たなアプローチで、その一環としてWHOがスイスの安全な施設内部に検体保管庫を設ける。この保管庫で検体を共有するかどうかの合意は任意だ。WHOは検体の輸送と利用を円滑化できる。またWHOが検体を分配する基準も策定される」と話した。

WHOの専門家のブリアン氏によると、WHO内ではすでにこのプロジェクトに取り組むスタッフのチームが編成されている。最初はコロナウイルスに焦点を絞るが、ゆくゆくは「新しく発現する病原体」まで範囲を広げることを目指すという。WHOにはこの分野で実績がある。特に2009年のインフルエンザの大流行を受けて導入された天然痘ウイルスとインフルエンザウイルスの保管庫は、それを用いて研究所のネットワークがウイルス検体を交換し、研究に役立てることができるシステムだ。

スイス政府は、スイスがこの計画を支援するために安全な研究所の提供を申し出たというテドロス事務局長の声明に対し、この「極めて早い段階」でコメントをすることを避けた。しかし情報筋によると協議は進行中で、スイスは原則的にそのような場所を提供する用意があるという。「スイス側としては用意はできているが、それに何が伴うのか、どのようなものになるのかを話し合っているところだ」と、この情報筋はスイスインフォに語った。

ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)のグローバルヘルスセンター他のサイトへの最近の研究他のサイトへによると、新システムが「次の大規模なパンデミックが発生する前に、病原体検体が迅速かつ公平に国際的に共有される」ようにするためには、新しいガバナンスの取り決めも必要になるという。

基準の欠如

「さまざまな国が検体を入手できるようにすることは、病原体を理解し、それをコントロールするための薬品やワクチンの開発にあたって極めて重要だ。しかし、発生源国との公平な利益共有が難しいことがわかっている」と研究の著者たちは述べた。「この問題は近年の病気の大流行(エボラ、ジカ、中東呼吸器症候群、コロナウイルス)によって注目と関心を集めているが、それに対応する国際的なシステムはまったく不十分だ」

グローバルヘルスセンターの共同ディレクターでこの研究の共同コーディネーターを務めたスエリー・ムーン氏は、今回のWHOの構想は重要な役割を果たしうると考えている。「ルール不在の現時点では、そのようなバイオバンクが国際的な枠組みに向けた一歩となりうる」という。「外交官たちが集まって協力する必要があるため、この構想だけで十分とは言えない。しかし、触媒にはなりうる」

利益の共有

IHEIDの報告は、実験室検体を科学的研究のために共有するだけでなく、その結果開発されるワクチンや薬品といった「利益」も共有することの重要性を強調している。「公平に利益が分配されるという確信がなければ、科学者たちは自由に(検体を)共有し続けるだろうか?おそらくそうはならない。そしてシステムは崩壊するだろう」(ムーン氏)

ムーン氏は、中国でのコロナウイルス流行の初期段階で、ゲノム配列データをオンラインで共有した中国の科学者たちの例を挙げる。これは特にファイザー・ビオンテックPfizerBioNTechによるワクチン開発の足がかりとなった。このワクチンはすでに承認され、数カ国で接種が始まっている。しかし、もともとのデータを共有した科学者たちが、ワクチンのもたらす莫大な、特に経済的な利益を共有できる可能性は低い。

さらに、特に感染症の大流行の際、開発途上国は損をする傾向がある。例えばIHEIDの報告書には、この調査のためにインタビューを受けたある人物が話した次のような言葉が引用されている。「一般に、開発途上国は二国間交渉において弱い立場にある。そのため、感染症が大流行し、薬品やなんらかの治療法を必要としていて、国民が街で政府に反対する暴動を起こしている、そんな時に『助けてくれ』と言ったとして(中略)、相手が『わかった、助けよう、ただしアクセスはなし、使用料も支払わない』と言えば、『それでいい』と言うしかない」

ムーン氏は、現在のパンデミックの中で、富裕国が製薬会社との二者間取引に奔走する「ワクチン・ナショナリズム」が見られると指摘する。WHOのCOVAXワクチン共有構想は現在、開発途上国が取り残されないようにしようとしている「唯一の試み」だ。ムーン氏は、病原体と利益の公平な共有を推進するにあたってもWHOが良い位置にいると考えている。「WHOは主要な関係者をまとめるのに適した立場にある。前例があるからだ」。それは2011年のパンデミック・インフルエンザ・プリペアードネス(PIP)枠組での経験のことだ。長い交渉を経たこの枠組みに含まれる主要原則の一つは、病原体と利益の共有が対等な立場で行われるべきだというものであり、「誰もが正当な利害関係をもつ」ことだと、ムーン氏は言う。

スイスの安全な研究所

ムーン氏はまた、スイスが新しいWHOのバイオバンクに安全な場所を提供するのに適した国だと考えている。中立国で、「信頼を得ている中堅国家」で、非常に進んだ研究・科学的インフラを有し、またWHOが拠点とする国でもあるからだ。

しかし、スイスインフォの有する情報によれば、そのような病原体を保管できるレベル4の(安全性が高い)研究所はスイスに数えるほどしかない。これらの検体の大半は危険なので、レベル4の研究所が必要だ。

スイスにおけるそのような場所としては、もともとエボラウイルスのために準備されたジュネーブ大学病院(HUG)内の研究所や、中央スイスに位置するシュピーツの研究所、さらにチューリヒの研究所がある。シュピーツの研究所は最大の保管能力を有し、核検体、化学検体、生体検体を含む、最も幅広い検体を扱う権限を付与されている。

情報筋によれば、このWHO構想へのスイスの協力体制には、これらのうち1カ所または複数カ所の研究所が関わってくる可能性がある。それは必要性と、協議の結果による。

WHOのブリアン氏によると、WHOのアプローチは現実的で、たとえ小さくとも具体的なものから始め、そこから拡大していくことを目指すと言う。物理的な保管場所の確保が最優先で、そのためスイスとの協議が行われている。技術、輸送、また法的な要素も関わってくるため複雑な協議となり、どのくらいの時間がかかるかが問題だ。

テドロス事務局長はこの構想を発表した際、そのようなシステムの整備を急がねばならないと強調した。「数カ月以内を希望している」とブリアン氏は言う。

グローバルヘルスセンターの共同ディレクター、スエリー・ムーン氏も、緊急性を強調する。「現在、病原体と利益の共有に関する信頼できるシステムはまったくない。そのため、次のパンデミックに対して世界はより脆弱になっている」

(英語からの翻訳・西田英恵)

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